6:ダンジョン探索三日目、リザルト

『グラアアアアアアア!』


 ホブゴブは質量をも感じさせる程の咆哮を上げて、部屋全体を震わせた。


(ヤバいな…!)


 魂にも響く爆音。身体が竦みそうになるが、竦んだ瞬間には俺の死は確定してしまう。死にたくないので必死になって身体を動かす。


 奴は少し跳躍し、そして上から俺を押しつぶさんと腕を振り下ろした。距離を取り、インパクトから逃れる。


「ハアッ!」


 そして、はじけ飛ぶ岩の欠片を飛び越えて、俺は距離を詰めた。その巨腕に刀を振り下ろして…嫌な感触を感じた。ぎちっ、と刃が食い込むだけ食い込み、うんともすんとも言わなくなってしまったのだ。


(不味い!)


 俺は全力でその腕を蹴って刀を引き抜こうとした。だがそんなミスを敵が待ってくれるはずがなく、ホブゴブリンは腕を大きく振る。その風圧に押されて俺は壁まで吹き飛ばされた。


「いってえ…!」


 どがんっ、と音がして、視界に星が飛ぶ。そして背中と頭に鈍痛が響く。痛い、けど動けない程じゃない…のだが。


 嫌な予感がして上を見上げると、いつの間にやら歩いて来ていたホブゴブが、両腕を持ち上げてそれをこちらに叩きつけようとしているのが見えて俺は慌てて真横に転がった。


『グラアアアアア!』


 凄まじい風圧が俺の身体を舞い上げ、地面が揺れた。バウンドしながらも体勢を立て直してそこを見てみると、殴打痕とは思えない程のクレーターが出来上がっていた。


(完全に格上じゃねえか…!)


 一撃必殺の腕力に刃も通らない肌。そして俺の数倍はある巨躯。どれをとっても俺よりも数段優れた生物のように感じられる。


(速さは俺の方が上っぽいけど…)


 受けることも弾くこともできない攻撃に、いつまでも速度だけで対処しきれるとは思えない。その上、今の俺には刀が無い。刀は奴の腕に食い込んだままである。


 壊れないよな、あれ。結構高かったんだけど!そんな現実逃避な思考を振り払い、どうしたもんかと思考する。


 奴は典型的なパワータイプだ。その代償にスピードが遅い。俺に何度も攻撃を避けられているのがその証拠だ。


 ならそこに賭けるしかない。タイミングを見て刀を奪い返して反撃に出る。


 ではアイツに有効な攻撃は?


 ある。魔法だ。魔法は格上の敵にも通用しやすい。魔法は起動条件のややこしさや魔力の消費の多さによって威力は高くなる傾向にある。そのため魔法は理不尽を覆す切り札となりやすい。


 というか、魔法でどうにかしなきゃ死ぬ。


「ふー…っ」


 俺は思いっきり息を吐き出して、前を見据えた。本番直前のアスリートの気分が少しは分かった気がする。失うものが大きいときのプレッシャーというのは、本当に膝を屈したくなる程重い。


 まあ俺の場合、失うというか死んでしまうのでまた別の話かもしれんが。


 ホブゴブが来る。砕けた岩盤から大きめの石を取り出して、手に掴んだまま俺に向かってくる。アホか、鬼に金棒とでも言うつもりか。俺が死ぬわ。


 だが、俺はまだ動かなかった。


 打って出るタイミングは…攻撃の直後の一瞬のみだ。


 頭上で巨腕が岩石を持ち上げて、それが俺目掛けて振り下ろされる。そんな視界を最後に、俺は地面を蹴っていた。


 ドガンッ!!!、と凄まじい爆発音が響き渡った。数度目のインパクト。密室状態の部屋の天井からパラパラと小石が落ちてきて、ギギギギ…と悲鳴を上げている。


 砂ぼこりが巻き起こる中、俺は奴の懐に潜り込んでいた。


『ガアア!』


 空振りになり、岩盤とぶつかり合って粉々になった岩をバキッと指先の力だけで粉砕したホブゴブは、そのまま俺に向けてその手を向けてくる。まるで近くまで来たバッタに手を伸ばす子どもみたいな乱雑さだ。


 当然掠りでもしたらへし折られるのだろう。怖すぎ、ちびるわ。だが、当たらなければどうということは無いのである。


 俺は全力で駆けて、ホブゴブの足と足の間をすり抜けた。そしてすぐさま態勢を立て直し、背後から見て奴の腕に生えている刀目掛けて全力で跳躍した。


「っ、らああああ!」


 だが、奴は後目で俺の姿を認めた瞬間、ぶんっ、と太い腕での薙ぎ払ってきた。俺はソレを気合だけで空中で身を反らして咄嗟に避ける。胸当てが吹き飛んでいったが気にする余裕はない。


 当然ホブゴブの態勢が変わるので、刀の場所が変わる。俺が伸ばした手は空を切る。この後の展開は想像に難くない。地面にはたき落されるか掴んで潰されるか。どちらにしろ即死だ。


 だから、その理不尽を魔法で覆す。


 【風刃】。真空の刃を俺に飛ばした。


「っ!」


 自分で放った魔法は自分には効きにくい。魔力の親和性が高く摩擦が起こらないためだ。


 だが、衝撃は伝わる。当然流石に直撃ともなれば多少とも切り傷が増えるが、死ぬことに比べたら全く問題ない。


 血が飛び散る中、ホブゴブの伸ばされた巨腕は空を掴んだ。魔法により体勢を変えた俺はその腕に刺さっていた刀の柄をつかみ取り、叫び、一気呵成に動いた。


「【風刃】!」


 刀に風の刃が宿った。【風刃】によるもう一つの力、付与。


 魔力がゴリゴリ減っていくのを感じて、俺は即座に刀を引き腕を両断。そしてその場で一回転して、追加の風刃による体勢変更。奴の顔の真ん前で止まった俺は、風を纏った刀を一直線に真横に振り抜いた。


 ホブゴブの腕が落ち、首から魔素が噴出する。そして俺は慣性のまま空中を飛び地面に落ちた。


「ぜえ、ぜえ…っ」


 倦怠感が身体を包み込んだ。魔力不足だ。暫く疲労感と戦いながらうずくまり、恐る恐る顔を上げた。


 気が付いた時には、ホブゴブの姿はなくなっていた。部屋の真ん中には宝箱があり、入口はゴゴゴと音を立てながら開いていた。


「…何とかなったか…」


 俺は起き上がり、リュックから《中級回復薬》を取り出してそれを全部飲み干した。本当は少しずつ飲もうかと思っていたが、喉が渇いて仕方なかったのだ。


 そうすると徐々に体の傷が癒えていき、倦怠感も大分収まった。立ち上がり、俺は宝箱に小石を投げた。


 反応なし。近づいて開ける。中からナイフが飛び出してきたので上半身を反らしてそれを避けた。


「最後の最後まで!」


 さて、中身はというと、大きな魔石に謎の果物が一つ、大きなメダルが一つ。さらに良質な魔石鋼が入っていた。


 メダルにはさっきのホブゴブリンの顔が描かれていた。銀色だ。


 さすがに疲れたのと、このメダルの事が気になった俺は一旦家に帰る事にした。リュックを背負い直して部屋を後にする。


「…それにしても、俺もしかしてもうゴブリンリーダーもいけるんじゃないか…?」


 正直自分で調べたり、人から聞いたりした話と、実際の自分の成長速度に物凄く差が感じられる。俺の思っていた以上の差だ。


 【塞翁が馬】がここまで強力なものだとは。経験値もかなり増えてるらしいし、喜んでいいのかそれともこれからも来る困難に嘆けばいいのか。


「…質のいい困難に感謝だな」


 俺はそう強がって、痛む身体を引きずってダンジョンから脱出したのだった。




6:ダンジョン探索三日目、リザルト




 帰ってきて、俺は早速メダルを調べてみた。


【≪討伐モンスター≫の銀のメダル】

・レア度3

・鍛冶素材

・そのモンスターの特性を武器に付与することができる


 俺はソレを見て、ホブゴブの特性?と首をひねった。


 デカい、重い、力強い、硬い。…武器にも防具にもよさそうだが。


 試しにスマートフォンで調べてみるが、メダルは中々手に入る機会がなく、また狙ったモンスターのメダルなどさらに希少だ。つまり、《ホブゴブリンの銀のメダル》に関する情報は一切無い。


 というか、武器と言えば。俺は刀を見てみた。


 黒い刀身がボロボロだ。まだ三日しか使ってないのに…泣きそうである。


 これもスマフォで調べてみると、武器の消耗率は最初の内は非常に高いらしい。なので、丈夫な刀やメイス、魔法で戦う杖などと言った消耗しにくい武器が人気なのだとか。


 初心者は、大体平均一カ月で武器を交換することが多く、それまでにお金を貯めなければならないらしい。


 おかしいな、一カ月って書いてあるんだが。これも困難の所為なのだろうか。きっとそうなんだろうな。はあ…。


「とりあえず一時しのぎで刀を研いでもらって、早急に武器を替えてみるか」


 高い武器はそれだけ丈夫になるので、損耗率が低くなる。値段が武器の性能に直結してくる性質のある冒険者業界において、信用の出来る武器には相応の金を払わなければならないのだ。


 俺の場合、【塞翁が馬】のスキルがあるので、ある程度高い武器を買ってもすぐに取り返せるはず。…筈、だよな?


 次は果物だが、これは桃だった。《迷宮桃》、レア度1。肌がぴちぴちになるらしい。


 ただし、平均値段は…見たくない。豪邸が建つレベルだ。その上これが見つかったダンジョンはこぞって大企業や冒険者たちに踏み荒らされ、草の根一つ残らないレベルで攻略し尽くされるのだとか…美への執着の闇を見た気がする。


 俺はそっと婆ちゃんに「秘密だよ」と言って渡した。小躍りしていた。いつになっても女性は女性らしい。


 何はともあれ今日はもうこれで引き上げだ。刃こぼれした刀と売れそうなアイテムを持って、俺はバス停へと足を運んだ。


 バスに乗ってショッピングモールへ。そして昨日と同じ鈴野鑑定所で見てもらって、買取をしてもらった。


 しめて9万円とちょっと。ミミックの宝箱から落ちた首飾り《ミミックの首飾り》が6万円、そして《良質な魔石鋼》が割と高く売れた。ホクホクだ。


 《ミミックの首飾り》は効果がミミックへの攻撃を若干強化してくれるらしいが、限定的過ぎて使う機会もないだろうという事で売った。


 さて、その後は武器を研ぐ店を探してみた。スマフォで探してみると武器屋もサービスでやってるらしいが、やっぱり一番は本業の人に研いでもらうのが良いという事で、ショッピングモールを探して研屋を見つけ、そこに刀を預けた。


 今は夏休みで研屋も忙しいらしい。明日には出来るという事だったので、今日は自由時間となった。そういう訳で婆ちゃんに連絡を入れた後、久しぶりに外で昼飯を取る事にした。今は金に余裕があるので、なんでも食べれる…こんな幸せな事あるか?


 俺はファミレスに行って、ステーキ定食とポテトとほうれん草のバター焼きをお腹いっぱいになるまで食べ、その後は家に帰ってゆっくり過ごしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る