5:ダンジョン探索三日目

「「うっまああああああい!」」


 その日の夜、爺ちゃんと俺の叫び声が村中に響き渡った。


 イノシシ肉…それもダンジョン産のものともなれば、味に関しては一切想像することができなかった。しかし婆ちゃんが作ってくれたイノシシ肉のステーキはそれはもう絶品だった。


 肉汁が滴り落ちる肉厚の切り身。ナイフを入れればすっと通り、じゅわ、と肉汁があふれ出す。香りは濃厚で、しょうゆとガーリックベースのソースを絡めてそれを口に運べば口中にうまみがあふれ出す。


 味は豚肉がベースであるが、全くの別物だった。癖は想像していたよりもずっと少なく、というかほぼなく、甘くて濃厚。とろとろと口の中で溶ける程に柔らかい肉質は噛めば噛むほど旨味が出てくる。


 更にこれを白米と一緒に掻き込めば、白米と肉の旨味の相性は抜群だ。ガーリックベースもよく合っている。


「夜ですよ、静かに!」

「いてえ!いやしかし、婆ちゃんこれは仕方ない!この溢れる肉汁、柔らかさ、濃厚な旨味!普通のイノシシ肉とは全く別物だぞこりゃあ!」


 頭を叩かれた爺ちゃんだったが、意に介さずステーキを頬張る。昨日今日でガッツリ系が続いているのに、本当に胃腸が強い爺さんだ。


 婆ちゃんも爺ちゃんに注意をしつつも、ステーキの味は良いのかゆっくりと味わって食べている。


「臭み取りに手間をかけたわけじゃないのに、臭みが全くないわね」

「圭太!コレ毎日持ってきてくれ!毎日食うから!」

「はいはい。確実に手に入る訳じゃないから、期待するのも程々にね」


 しかしこれならステーキ以外でも、唐揚げ、肉野菜炒め、豚カツとなんでも行けそうではある。流石に毎日肉三昧は婆ちゃんがきついだろうからアレだけど、是非それらも作ってもらおう。


「そうだ、圭太。これってあのジャムみたいに何か効果はあるのか?」

「ああ、なんか健康になるらしいよ」

「雑だな。でもいい事だ、うわっはっは!」


 《ゴブイノシシのジビエ》の効果はシンプルで、免疫力アップと肉体健康化というものだった。おいしいだけでなくこうした嬉しい効果もあるのがダンジョン産の食材アイテムの良い所だ。


「でも、どうしましょう。実は三人だけで食べるのも気が引けてお隣さんにおすそ分けで持って行っちゃったのよね…大丈夫かしら」


 婆ちゃんがそう言った瞬間だった。外の遠くから微かに「うっまあああああい…」という声が聞こえてきた。


「婆さん、ヘマしたな。これは独占しておきたかったぞ」

「結果論ですよ、お爺さん」


 そんなこんなで、気が付けばぺろりと全て食べ終わり、その日は満足感に包まれたまま終わる事となった。


 それにしてもスキルの効果があるとは言え、あんな浅い階層であの味の食材アイテムが手に入るのであれば、もっと奥へ進めばどうなるのだろう。


 俺はやる気をみなぎらせた。とっととあのゴブリンリーダーを始末して先に進まなければ。


 だが、まずはこの満足感と共にベッドでぐっすり眠りたい。今日も疲れたからな。


 ベッドに入って、俺は即座に意識を失うように眠りについたのだった。


 次の日。


「…なんか、身体がめっちゃ軽いな」


 目を覚ました俺はまずその変化に気が付いた。


 そりゃ俺はまだ若いが、インドア派の万年運動不足野郎ではある。


 筋肉痛程度は覚悟していたのに、それが全くない。逆に絶好調と言えるくらい身体が軽かった。


「イノシシ肉のお陰か?」


 身体を伸ばして調子を確認した後部屋を出ると、爺ちゃんが庭で体操をしているのが見えた。


「爺ちゃん、何してんの?」

「おお圭太。おはようさん」

「おはよう」

「何してんのって、見りゃ分かるだろ。運動してるんだよ運動!」

「あんま激しく動くと腰が悪くなるよ?」


 俺の注意を聞くと、爺ちゃんはそれを笑い飛ばした。


「実は今日は朝から絶好調でな!身体が軽くて仕方がない!今まであった膝の痛みも腰痛も無くなってくれて最高だ!」

「へえ、爺ちゃんもそうなんだ」

「やっぱお前もか?これってよ、イノシシ肉のお陰だよな!いやぁ凄い効き目だ」


 どうやらイノシシ肉は俺の思った以上の効果を持っていたらしい。


「そう言えば、婆ちゃんも変わったのかな」


 俺は婆ちゃんの姿を探して、すぐに見つけた。婆ちゃんはキッチンで朝ご飯を作ってくれていた。


「婆ちゃん、おはよう」

「おはよう、圭太」

「婆ちゃん、身体に変化ない?」

「あるわね。凄いわ、これって昨日のステーキと、マーマレードのお陰よね。身体が軽いし、老眼もきれいさっぱり無くなったの」


 ニコニコと上機嫌にそういう婆ちゃん。


「マーマレードも効いたのか。いや、俺もゲームして落ちた視力が昨日と比べて上がった気はしてたんだけども」


 変化が少なくて実感が湧きづらかったんだな。


 昨日の昼間に婆ちゃんにマーマレードを渡して、一緒におやつとして食べたのだ。それが昨日の今日で効果を発動したらしい。


 気になってスマートフォンで調べてみると、食材アイテムは最初の一回でガッ!と効いて、それ以降は徐々に上がっていくようになるらしい。また、一定期間ごとに食べる事で効果を継続維持することが可能だという話だ。


 魔力学的に魔力が身体に馴染むからだとか色々と理由はあるが、それ故に食材アイテムは非常に高価で需要がある。金持ちはこぞって食材アイテムを買い求めているようだ。


 レア度1は一般庶民がギリギリ買える程度。レア度2からは一気に価格が跳ね上がり、最高レア度の6ほどにもなると億の価値が付くらしい。


 また、戦闘に使える効果を持つ食材アイテムもあるらしく、プロの冒険者にとっても重要なアイテムなのだとか。


「じゃあ、もっと食材アイテムを集めなきゃだな」


 レア度1であの味だったのだ。それ以上となると一体どうなるのか…ごくり。


「圭太。楽しみだが、無理はすんなよ」

「どんどん男らしくなって…お婆ちゃんは嬉しいですよ」


 ほろりと泣く婆ちゃん。ごめんよ、ばーちゃん。理由の八割は食欲なんだ…。




5:ダンジョン探索三日目




 今日も今日とて元気にダンジョンだ。


 現在時刻は午前9時。朝飯も食ったし宿題も進めたしでコンディションは最高だ。


「今日は剣持ちゴブリンを倒してもっと奥に行ってみようかな」


 あのモンスタールームが氾濫した時が怖いからあまり奥に行くのはアレだが、もっと経験値を得る為にはより高い困難を求めなければならない。


 昨日飽きる程往復した場所でもあるので、サクッと五つ目の部屋まで向かう。


 五つ目の部屋には剣持ちゴブリンが二体いた。


(あーはいはい、こういうパターンね)


 いつもの困難である。勝てればメリットだらけなのだが、その代償に死ぬ確率がアップする。これに対してどう思うかは完全に人それぞれだろう。


 俺はというと、普通に挑むが。そもそも冒険者になった時点で【塞翁が馬】が無くても困難に立ち向かわなければ成長できないのだから、文句を言っている暇があればどう困難を切り抜けるかに思考を割きたいのだ。


 奴らは一体が遺跡を探っていて、もう一体が周囲を警戒しているようだった。部屋の大きさから考えて不意打ちで一撃入れるのは至難の業だろう。


 だが、昨日の俺とは違って今日の俺には魔法がある。これをうまく使えれば…。


(…今だ!)


 見張りのゴブリンが後ろを向いた瞬間に俺は地面を蹴って部屋の中に進入していた。当然気配で気が付いた見張りゴブリンは剣を抜いて俺を迎撃しようとするも、俺の刀の方がわずかに早い。


『ゲギャー!』


 しかし奴は咄嗟に横にステップして俺の斬撃を避けたではないか。


『ギギギ…ギッ?』


 笑みを浮かべるゴブリンだったが、次の瞬間には首から魔素を噴出して大量のエネルギーを失っていた。


『ギッ…ガッ…』


 魔素欠乏によるショックでそいつはその場に倒れ込む。放っておいても死ぬだろう。


『ギギャー!』


 遺跡を探っていた剣ゴブも剣を抜いて襲い掛かってきた。義憤に駆られた…訳でもないらしい。倒れた仲間のゴブリンを足蹴にして一直線に駆けてきて俺に剣をふるう。


 刀を打ち合わせて火花が散る。俺はステータスの強化をさらに引き出すように意識をして、斬撃を繰り出して奴に放つ。剣ゴブも負けじと剣をふるうが、何度目かの打ち合いで火花を散らしたその瞬間、奴の腕が両断され宙に舞っていた。


『…ゲギャ!?』


 目を丸くする剣ゴブ。俺は即座に足を切ってその場に立ち止まらせて、最後に首を切って止めを刺した。


 刀を鞘に戻す頃には、剣ゴブは魔石に変わっており、部屋の真ん中には宝箱が出現していた。


「【風刃】…意外とえげつないな」


 剣戟の間に挟めば回避不可能な不意打ちとなる。その上起動条件が念じるだけで済み、魔力消費も少ない。


 《スキルの宝玉》から手に入るスキルはレベルアップで覚えるスキルよりも強力だと聞いたことはあるが、まさかこれほどとは思わなかった。


 また、刀を振りながらそれにタイミングが合うように風刃を放つと、威力が上がる。


 魔法の威力はイメージで左右される為、斬撃を飛ばすというイメージが風刃とマッチしていて威力を底上げしているのだろう。


 これさえあれば、剣ゴブとも互角以上に立ち回れる。当然魔力消費を考えながら戦わなければならないが、使いこなせれば切り札として使えるかもしれない。


「さて、そろそろ宝箱を回収するか」


 宝箱は毒ガストラップだった。あらかじめ準備していたマッチで火をつけてガスを消し、中身をリュックに詰めて先に行きたい…のだが。


 部屋の出口は、俺が入ってきた入口を除くと三つあった。


 とりあえず右から進んでみる。進むとそこは行き止まり。しかし中央には宝箱が鎮座していた。


「…あからさまにトラップだよな…」


 とりあえず石を宝箱に投げてみる。こつん、と宝箱に当たると、宝箱がぶるぶると震えだしたではないか。


『ピギャアアアア!』


 次の瞬間、宝箱が勢いよく開いたかと思うと、中から肉々しい何かが這い出てきた。先端には目玉が付いていて、それが二つ。そして宝箱のふちには鋭い牙がびっしりと生えそろっているではないか。


(ミミックか!)


 奴は既に俺を捕捉しているようで、その場で上空に跳ねて俺に落下攻撃を仕掛けてきた。


 俺はその場から距離を取る。背後で凄まじい破砕音が鳴り響く。見てみると、岩盤を踏みぬいて粉々に砕いたミミックがいた。


「ハァッ!」


 刀を抜いて一歩踏み出し、地面に足を強く縫い付けて上段から一閃。ギャインッ!と刃が奴の身体に弾かれ滑り、火花を派手に散らした。


「ちっ、硬いな」


 あまりの硬さに舌打ちしてそこから離れようとしたその瞬間だった。


『ピギャアアア!』

「は?オワアアアア!?」


 奴はそれに追撃を放った。唾液に塗れた分厚いベロを出して、それを鞭のようにして攻撃してきたのだ。


 俺は目が飛び出るくらいに驚いて悲鳴を上げていた。だって普通にばっちい。


「って、キモいわボケェ!」

『ピギッ!?』


 反射的に舌を切り払うと、奴は初めて悲鳴を上げた。


 なるほど、そういう事ね…奴を攻撃するには中身にダメージを与えないとダメだってことだ。


「生理的に受け付けない奴だが…攻略法が分かればどうとでもなる、はずだ!」


 自分に言い聞かせ、奴が大きく口を開けた瞬間にそこに斬撃を叩き込む。魔素が飛び散り、甲高い悲鳴が響き渡った。


『ピギャアア!』


 また舌による攻撃を繰り出してきたので、俺はソレに合わせて刀を振り抜いた。


 【風刃】。今回は出来る限り大量に作ってみた。


 無数の風の刃が舌を切り裂き、魔素を噴出させる。ミミックはビクッ、ビクッ、と痙攣して、長い舌を力なく地面に垂らし、そして魔素と化して消えてしまった。


 そこに残ったのは、宝箱にあるものとそん色ない…いや、それ以上に多くのアイテム達だった。


「やっぱり倒したらリターンはデカいんだな…二度と会いたくないけど」


 アイテムをリュックに入れていると、食材アイテムが落ちている事に気が付いて、持ってきていたタッパーを開けて中に入れた。


「初めて見るな」


 ワクワクしながら調べてみた。


《ミミックタン》

・レア度1

・不思議な味わい。胃腸が元気になる


「…」


 俺はそっとタッパーを閉じて、リュックにそれを入れたのだった。


 さて、場所は戻って五つ目の部屋。今度は一番左の道を進んでみる。


 歩いていると何もない部屋があった。そこは行き止まりのようで、それ以上いけそうな場所は無い。


「…入ってみるか?」


 入口近くで様子を見て、明らかなトラップ部屋の様子に苦笑いしか出なかった。


 【塞翁が馬】さんさあ、もうちょっと自然にできませんかね。これじゃあ雑過ぎてどう反応すればいいか分からないよ。


 とはいえ、このダンジョンの管理人は俺だ。中に入ってそこがどういう場所なのか確認する義務が俺にはある。


 足を踏み入れてみると、案の定俺が入ってきた入口に石の扉が降ってきてそこを塞いでしまった。


 そして魔素が地面からあふれ出し、それがみるみる間に形を取ってゴブリン達へと変化していく。やはりトラップ部屋…それも、これは噂に名高い死亡率が高い初心者殺しの罠。


「モンスタールームかよ。畜生、気合入れるか…!」


 刀を抜いた時には、既に俺はモンスターに囲まれていた。





 一戦目。普通のゴブリン四体。瞬殺。


 二戦目。武器持ちゴブリン二体に普通のゴブリン四体。10秒もかからず殲滅。


 三戦目。武器持ちゴブリン四体。攻撃を一回弾いたが特に苦も無く勝利。


 四戦目。剣持ちゴブリン二体。【風刃】を使いつつ優勢のまま殲滅。


 五戦目。ゴブリンライダー二体。剣持ちゴブリン2体。苦戦したものの無傷で勝利。


 そして六戦目。巨大なゴブリン?一体。


「…でっけえ…!?」


 筋骨隆々のゴブリン。確かこいつはホブゴブリンと呼ばれるモンスターだ。ダンジョンでも中層と呼ばれる、かなり深く潜った場所で出るとされる代表的なモンスター。


 決してこんな場所でエンカウントしていい敵ではない。


「っ!?」


 奴は俺を一睨みすると同時に丸太の様な巨腕を振り上げて、叩きつけてきた。全力で横に避ける。


 ドガンッ!とミミックの落下攻撃と優るとも劣らない爆発音が響き渡る。


『グルルルル…』


 重音のうめき声が響き、俺を睨みつけてくるホブゴブ。魔素がたぎっているのか、その目は赤く光っていた。


 これは決死の覚悟で挑まないと死ぬな。そう悟った俺は、刀の持つ手の形を何度も確認して、冷や汗を流したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る