2:ヤバいみたい

 雅に危険を知らせなければいけなかったのに出来なかった。

 ボクは檻に戻りながら反省モードに入っていた。

 黒板を使える状況じゃなかったし、時間もなかったから仕方がないとはいえ、何かできなかったのか。いつ何をしてくるのかわからない。こんな時に帰還と同時に第2王子が迎えに来るというのも不安でしかない。


「ほら、入れ」


 飼育人が刺叉で首を抑えながら檻へとボクを誘導しようとする。わかってるよ。

 とにかく初めての実戦で長距離を飛んできたので腹が減っている。檻に入らないと食事も取れない。仕方なく檻に入ろうとした時、声が飛んできた。


「入らなくてもいいわ」


 聞き覚えのある声に首を巡らせる。

 あんまり会いたくない相手がそこにいた。アレクシア王女だ。


「さあ、迎えに来たわよ、私のドラゴンちゃん」


 アレクシア王女がにこやかにささやいた。


「勇者の召喚にはドラゴンの力が必要なの。それもできるだけ強いドラゴン」


「最初はちょっと変わったドラゴンと思ったけど、私の命令に歯向かったでしょう? だから思ったのよ。この子は強いって。そう思ったらどうしても次はあなたで召喚をしたくなったわ。だから、お父様にお願いしたの。もっと強い勇者が欲しいお父様が拒絶するわけはないから。でも、体面も気にされるから、1度口に出したことは取り消せない。だから、龍騎兵試験のために練習する時間を与えないようにしたのに、合格しちゃうんだもん。ありえないわ。でもいいの。こうやって私の物にできるから」


 アレクシアはクスクス笑う。言ってる内容はクズなのに笑顔は美少女。ホラーだ。

 ボクは行く気なんかない。雅に危険が迫っている。まず雅を助けて、それからこの城を出よう。無視して龍舎から出ようとすると、アレクシアがムッとした顔でボクをにらんだ。


「行かせないわ。ひざまずきなさい、獣!」


 アレクシアは赤い宝玉の入ったペンダントを突きつけて声を上げた。

 動き出していた脚がピタリと止まった。ボクの意思とは関係なく。そして、膝を折って頭を垂れようとする。唸りを漏らし、顔を上げる。


「抵抗するのね。やっぱり強いわ。ますます心臓を取り出したくなったわ」


 心臓? なにこの猟奇的な王女?


「この宝玉は勇者召喚に使ったドラゴンの心臓が結晶化した物。代々のドラゴンの力が宿っているの。たかが1頭のドラゴンとは違うのよ。さあ、ひざまずくのよ!」


 アレクシアはボクに向かって一歩踏み出し、宝玉を突きつけた。

 全身に重りがつけられたように重く、思ったように動けない。それでも、ボクは顔を上げてアレクシアをにらみ返した。


「しぶといわね。でも、動けないんだから無意味よ。連れていく手段なんて幾らでもあるんだから。さあ、手をお貸し」


 誰に言ってるんだ?

 そう思った途端、背後で動きがあった。振り返るより早く、ボクは首根っこを抑えつけられていた。同時に翼を左右からつかまれ、踏みつけられる。

 いつの間に檻から出ていたのか、《青白き爪》、《二股の長き尾》、《翠の広き翼》3頭がボクを抑えつけていた。


「冗談はやめろよ!」


 叫んでも3頭はやめない。というか、聞こえてもいないようだ。

 意志を奪い、使用者の命令に従わせる。これがあの宝玉――ドラゴンの心臓の力なのか。


「目を覚ませって!」


 もう一度叫ぶが、3頭は焦点の合わない目でボクを見るだけ。抑えつける力はまったく緩まない。

 アレクシアは不様なボクを見下ろし、勝ち誇った様子で告げる。


「あなたの勇者様のことなら安心しなさい。戻ってくる時にはあなたのことなんか忘れているから。お兄様が上手くやってくださるわ。身も心もお兄様の物にしてね」


 やっぱり、龍騎兵たちの話は本当だったのか!

 つまり、これは二重の契約で縛り、こき使おうって腹だ。ボクは宝玉の契約で雅に縛りつけ、雅は召喚の契約で王家に縛りつける。勇者は召喚による力とドラゴンの力を得るから、戦力としてはかなりの価値がある。

 それだけでなくて、雅にボクの力が移った後はボクの心臓でさらに召喚をして戦力を増す。どれだけ力が欲しいんだ、こいつらは!?


「その様子じゃやっぱり言葉がわかるのね。ますます面白いわ。勇者召喚なんかに使うのがもったいないくらい」


 アレクシアはくすくすと笑う。


「でも、私はあなたなんて趣味じゃないの。もっと堂々として力強いドラゴンじゃないと気持ちよくないの。だから、さっさと契約して心臓を取り出すわ。そして、余った血で、私のドレスを染めるの。いい色になってきたのよ」


 頭がおかしいよ、この王女!

 ボクは抑えつけられたまま悲鳴を上げた。ヤンデレじゃない。本当に病んでる。


「飼育人、このドラゴンの動きを封じて上層に運ぶのよ。丁寧にね」


 王女の命令に反対することなんか出来ない。飼育人たちはロープや拘束具をつかんで急いで駆けつけた。まず口に拘束具をつけようとする。


「やめろって!」


 叫んでも通じるはずもない。首を左右に振って手こずらせるのが精一杯の抵抗だ。

 翼と胴体は3頭にがっしりとつかまれているから動かない。ボクよりも体格がいいんだからどうしようもない。

 しかも、ドラゴンの心臓の力は確実にボクの抵抗力を奪っていた。次第に動くのがつらくなってきた。


「何を手こずっているの? さっさとやってしまいなさい」


 キレ気味のアレクシアに促され、飼育人ふたりがかりでボクの口に拘束具をはめた。ベルトで固定しようとしたところで思いっきり頭を振る。拘束具が外れて落ちたけど、単なる時間稼ぎにしかならない。なんとかして雅のところに行かないと。


「仕方ないわね。翼くらいなくなってもいいわ。引きちぎってしまいなさい」


 ボクに馬乗りになっていた2頭にアレクシアが命じる。

《青白き爪》が翼の根本に手をかけた。

 ドラゴンの前肢は人間のように物を握るのには向いていない。だから、ボクの翼を引きちぎろうとしてもなかなか上手く行かない。それに抵抗して力を入れているから簡単じゃない。でも、強靱なアゴで食いちぎられたら別だ。


「はあ……。往生際が悪いわね、あなた。もう翼をへし折ってもいいわ」


 のしかかったドラゴンたちが翼に体重をかける。ミシッと骨が悲鳴を上げる。


「やめろーっ!」


 もう反射的だった。

 ガッと翼に力がかかった時、生理的な恐怖感が襲ってきた。殴られるとか蹴られるとか以上に大事な物を奪われるという恐怖感。翼がなくなるだけじゃない。雅にも会えなくなるという絶望感。

 その時、ボクの喉は膨れ上がり、これまで出したことのない咆哮となって迸り出た。


「すまねぇ! なにやってんだ、俺は?」


《青白き爪》が慌てふためいてボクの背中から降り、《二股の長き尾》と《翠の広き翼》も夢から覚めたようにふらつきながらボクから離れる。


「どういうこと……?」


 アレクシアが茫然とした表情でボクを見る。


「あなた、何をしたの!?」


 アレクシアが自由になったボクから数歩下がる。それより早く、ボクはアレクシアに向かって踏み出した。

 その時、どこかで鐘が激しく鳴り響いた。

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