3:勇者、奪取
「陛下の元に向かうのでは?」
「ああ、謁見の間ではないんです。儀式の間で待っているとのことです」
雅の問いに先を行くシャルートは振り返ることもなく、ごく自然にそう答えた。
儀式の間とは雅が最初にこの世界に召喚された時に現れた部屋だ。
「どうして王子が使いっ走りを?」
「ははは、第2王子など兄に事故でも起こらない限りは、おまけみたいな存在ですから、出来ることは何でもしますよ。生き残るためにね」
シャルートは足を止め、振り返りざまに雅に手を伸ばしてきた。その手には何か瓶のような物。
「何でもね」
雅は不意を突かれて反応が遅れた。が、シャルートの手が止まる。脇の通路から誰かが近づいてきたのだ。
「シャルート、どこへ行く?」
「おや、兄さん、どうしました?」
「どうしたじゃない。おまえこそどうした? 勇者殿をどこへ連れていくんだ?」
クリフォードは弟に対するとは思えない緊張した様子だ。長剣の柄にこそ手をかけていないが、いつでも抜ける体勢になっている。
「父上に呼ばれておりますので、失礼」
シャルートはそう言って雅の左側に並んだ。クリフォードが剣を抜いた場合、盾になる位置だ。そのままお辞儀をして雅を先に促そうとする。
「陛下は謁見の間におられるぞ。ここからどうやって謁見の間に行くつもりだ?」
「兄上の勘違いではないでしょうか?」
「俺はついさっきお会いしてきた。幾ら陛下が強くても一瞬で5階層も離れた場所には行けない」
シャルートはわざとらしいため息をついた。
「なんでわからないかなぁ。王国のために勇者様の契約を早めようとしただけなのに」
「王国のためだと? そうじゃないだろう。おまえが帝国とつながっているのはわかっているんだ」
兄の追究にシャルートはこらえきれずに笑い出す。
「これは意外だ。脳筋王子だとばかり思っていたら少しは頭が働くんですね」
「認めたな」
長剣を抜き放ったクリフォード。だが、シャルートは雅の腕をつかんで引き寄せた。
「1度真剣で手合わせしてみたいと思っていたんですよ。ですが、残念ながら今じゃない。シュレッサー、来い!」
叫びと同時にクリフォードとシャルートの間の壁が爆発したように破壊された。瓦礫が転がり、外の景色が見える。そこに何かが突っ込んできた。
「赤いワイバーン!?」
雅はホコリの中に見えた姿に思わず歓声を上げた。今まで見たことのないタイプだった。
「やっぱりワイバーンは翼竜っぽいね」
床に突っ伏しながら、しげしげと眺める雅。
シュレッサーは後脚で床と破壊された壁をつかみ、クリフォードに向かって首を巡らせた。頭を天に向け、喉を鳴らしたかと思うと一気に首を伸ばす。
チッと石をこすったような音がした次の瞬間、ワイバーの口から炎が放たれる。
「前言撤回。やっぱりドラゴンの一種」
雅は炎から逃れて転がり、片膝を突いて起き上がる。
クリフォードはシュレッサーが何をするのか見抜き、通路の奥に身を隠し、窓から身を乗り出して叫ぶ。
「ドルヴェール!」
叫んだと同時に黒い巨体がシュレッサーの背後から襲いかかった。炎を出し切るより早く、シュレッサーは垂直に舞い上がる。ドルヴェールは勢いを殺しきれずに破壊された通路に突っ込んだ。
「こっちも待機させておいたんでな」
「脳筋のくせに無理して頭を使うとはね」
シャルートは雅をつかもうとして伸ばした腕を引っ込めた。その判断は正しい。雅は腕をつかんだ瞬間、腕をからめ取ろうと身構えていたのだ。
「諦めるしかないようですね」
勇者の力を思い出して舌打ちをすると、シャルートは雅に使うつもりだったガラス瓶の中身をクリフォードに向かって投げつけた。飛び散った飛沫がクリフォードの顔面ではなく、とっさに庇った腕に大半がつく。気化した液体を吸い込み、クリフォードは呻く。
「くっ……、睡眠薬か?」
クリフォードは一瞬ふらついたが、すぐに歯を食いしばって睡魔を振り払う。
「筋肉王子を連れていくつもりはないので失礼しますよ」
シャルートは突き崩された壁の穴から身を躍らせると、赤いワイバーンの背に飛び乗った。
クリフォードは崩れた壁から身を乗り出して外を見る。
その時、鐘の音が打ち鳴らされた。
雅は音の方向を見る。鐘は幾つかある見張り台のふたつから鳴っていた。
ひとつは森林地帯に向かう崖を望む場所。
もうひとつはもっと内側にある高い見張り台。
「これは……リザードマンだけじゃないのか?」
クリフォードは森林の方角と城の内部を交互に見て異変に気づいた。リザードマンの襲撃なら森と崖側だけのはずだ。それが城の内部を見渡す見張り台から鐘が鳴っている。つまり、城内に敵が侵入しているのだ。
「わかったかい? 王国終焉を知らせる音だよ!」
シャルートは高らかに笑ってワイバーンの首元を軽く叩いた。シュレッサーが首をのけ反らせ、シュウーッと息を吸い込む。次の瞬間、クリフォードに向かって炎を吹き出した。
クリフォードは準備動作が何を意味するかわかっていた。しかし、睡眠薬の影響か動きにキレがない。
と、そこに横合いから飛び込んできた雅がクリフォードを突き飛ばした。雅自身は転がって炎をかわす。炎は床や壁に飛び散ると、可燃物などないにもかかわらず、そこで燃え続ける。どうやらドラゴンは可燃性の液体を吐き出しているようだ。
「なぜかばった?」
「目の前で人が火まみれになるのは見たくない」
雅は素っ気なく応えると立ち上がる。背後で翼の羽ばたき。
「後ろだ!」
クリフォードの叫びは一瞬遅かった。
雅は背後から両肩をがっしりとつかまれる。上腕に爪が食い込み、痛みが走る。同時に体が後方に引きずられ、崩れた壁から中空に引きずり出された。
「これで予定どおりだ。勇者殿はいただいたよ」
シャルートが勝ち誇った笑い声を発し、シュレッサーを舞い上がらせる。雅はシュレッサーにつかまれて空を飛んでいた。
「逃がすかよっ! ドルヴェール!」
クリフォードは自分のドラゴンを呼ぶと、黒い巨体は壁面をさらに崩して舞い降りてきた。着地するより早く飛び乗ると、手綱をつかんで合図を送る。ドラゴンは翼を広げてバッと舞い上がった。
「これは……」
高く舞い上がったクリフォードは城の状況を目の当たりにして絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます