3:ドラゴンの猥談みたい
「で、おまえ、あの人間のメスとやったのか?」
今日の雅とのデートが終わった後、他の檻にいるドラゴン《青白き爪》からそんな質問が飛んできた。人間ならブッと飲み物を吹き出すところだ。幸い何も口に入れていなかったため、短く聞き返しただけだった。
「は?」
「だから、おまえのオスを人間のメスにぶち込んだのかって聞いてんだ」
「おいおい、オレたちと人間じゃ無理だろ? 人間とやるなんて変態だな」
「こいつがその変態じゃねぇのか? いつもあのメスと楽しそうにしてるぞ」
「だいたいオレたちと人間じゃ大きさが違うだろ」
「こいつくらいの体なら人間のメスでも大丈夫なんじゃねぇか?」
《翠の広き翼》や伝令で出ていた他のドラゴンも参加して龍舎の中はドラゴンの唸り声が充満する。飼育人たちが飛び出してきたが、何が起こったのかわからずオロオロするばかり。まさか猥談で盛り上がっているとは思わないだろう。
「やめてよ!」
この間の妄想が蘇ってきて慌てて振り払う。
ここまで話に加わっていなかった1番落ち着いたワイバーン《二股の長き尾》が静かに切り出した。
「おまえらな、やるっていうのはガキを作るためだ。人間とやったってガキは出来ないぞ」
「出来ねぇのか? そりゃ、無駄だな」
「方法はあるらしいけどな」
「人間にドラゴンの子供を産ませるのか?」
「いや、そうじゃない。オレたちが人間になる方法だ」
「なにそれ!?」
思わず首をもたげて《二股の長き尾》の方を見てしまった。
《青白き爪》がボクを見て笑う。
「いやに食いつくな。やっぱり、あのメスとやりたいんだろ?」
「じゃなくて、人間になる方法があるの?」
「俺もウワサでしか知らねぇ。人化の法ってのがあるらしい。年を経たドラゴンが使えるらしい」
「へえー、鯉が滝を昇ったら龍になる的なことかな」
「こいとは何だ?」
「あー、魚の名前だよ。それより年取ったって、何歳くらい?」
「オレの知ってる年寄りが150年で、まだそんな力は使えないから、200年とかもっとだろうな」
「よぼよぼじゃねぇか。そのころにゃあのメスは死んでるぜ」
《青白き爪》はゲラゲラ笑うと、思い出したように話題を変える。
「まあ、人間のメスはともかく、本物のメスはそろそろ来てもおかしくないだろ」
「そうだな。先輩からの話によれば、成体になった辺りで最初のメスが来るらしい」
「どういうこと?」
《二股の長き尾》が答えるのを聞いて、思わず尋ねる。
「人間が若いメスを捕まえたら、卵を産ませるためにオレたちみたいな若いオスと一緒にするんだよ。おまえはまだ早いけどな」
「ドラゴンの成体って幾つからなの?」
「種類によって違うが、半年から1年だろうね」
「俺はもう大人だ。おまえはまだ半年もたってねぇだろ?」
「……そうだね」
生まれてから今日までをざっと計算して、まだ3ヶ月ってところだろうか。
「オレにぞっこんの美ドラが来るね、これは」
「美ドラだと? おまえ程度にもったいねぇ」
《翠の広き翼》がはしゃいだ声で笑い出し、《青白き爪》が突っ込む。この辺りはいつものパターンだ。でも、その内容に疑問が浮かぶ。
「えっと、ドラゴンの美しさってどこで見るの?」
ボクの問いにドラゴンたちが静まり返った。
「たてがみだろ、そりゃ」
「はあ? 角の美しさに決まってるだろ」
「まったく、これだからお子様は……。翼のシルエットの美しさが分からないとは」
「アホどもめ、腰を見れば卵がどれだけ産めるかわかるだろうが。そこだよ、そこ」
ドラゴンたちは口々に自説を口にして喧々囂々となった。
あ、これ、振ったらダメなネタだったんだ。おっぱい派かおしり派かでもめるヤツだ。
このままじゃ口論が収まらない。うるさすぎて飼育人が来る。
「えーっと、みんな違うんだったらかぶらなくていいよね」などと当たり障りのないことを言ったら、こっちにお鉢が回ってきた。
「で、おまえはどうなんだ?」
「いや、わかんないから訊いたんだよ。てか、女の子は見たことがないし」
「なるほどな。ま、おまえみたいなお子様を相手にするメスはまだいねぇよ。安心しな」
ドラゴンたちは笑って檻の奥で丸くなった。ようやく騒ぎが収まって、飼育人たちが引き上げていく。
しかし、ボクは興奮してそれどころじゃない。雅とこういう関係も悪くない。黒板もあるし、意思疎通はなんとか出来る。でも、直接話せない物足りなさはどうしてもぬぐえない。
しかし、もし人化の法というものが本当にあるなら、望みはあるんだろうか。
いつか探しに行ける日が来るんだろうか。
そして、ボクがドラゴンと一緒になるなんてことがあるのか。メスのドラゴンを美ドラと思って惚れるなんてことがあるのか。
こればっかりは見てみないとわからない。
この異世界でのボク、そして、雅の未来をぼんやりと考えてしまった。
そんなことをぼんやりと考えていると、龍舎に入ってくる足音に気がついた。掃除をしていた飼育人たちも気がついて手を止める。
「お邪魔しますよ」
「こ、これはシャルート様。何か御用でしょうか?」
名前を聞いて正体が分かった。第2王子だ。
「いえ、勝手に見ているだけですから。距離感は分かっていますから、気にする必要はありません」
無茶を言うなぁ。そう言われても王族に何かあったら自分たちの首が飛ぶ。飼育人たちは少し離れて王子の様子を窺うしかない。
シャルートはボクの方にやって来ると足を止める。
「これが勇者様の選んだドラゴンですか?」
「はい、そうでございます」
シャルートがボクをジロジロと見た。
「おや、これは?」
シャルートが視線を落として檻の外に置かれたままの黒板に気づいた。しまった。まだそのままにしていた。
「黒板……文字のような物が書かれているが。読めないな」
読まれてもマズくないないようだし、日本語だから読めるわけはない。でも、雅がボクのために持ってきてくれた物だ。壊されでもしたらと思うと気が気でない。
「まさか、おまえに読めますか?」
ちらちらと見ていたのに気づいたのか、シャルートはボクに黒板を突きつけた。興味がないフリをするしかない。
「さすがに無理か。となると、このドラゴンに絵文字のような物を覚えさせるつもりかな。おもしろいですね」
シャルートは黒板から視線を上げ、鋭い目をボクに向けた。男にジロジロ見られてもおもしろくないが、居心地だけは悪かった。
「我が妹に渡すまいとした意地といい、何か特別なものがあるのでしょうかね? 多少は珍しい外観ですが……」
記憶に刻もうとでも言うようにボクの姿を見ると、シャルートはそれ以上何も言わずに立ち去った。
なんだか腹に一物ありそうな男だなぁ。さすが、あの王女の血筋だ。
王女みたいに何か企んでなければいいけど。
ボクはなんとなく嫌な感じを覚えたのだった。
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