2:勇者に謝罪

 正式に龍騎兵になったことで、雅には少しだけ行動に自由が増えた。

 相変わらず授業はあるが、主なところは終わっていた。その上、龍騎兵の試験に間に合わせるために無理して本を読んだため、これからの龍騎兵訓練に必要な知識は粗方詰め込み終わっていたのだ。

 おかげで龍騎兵の訓練は実戦的な部分のみになり、しかも、訓練に割ける時間には限りがあるため、時間が余ることになった。といっても1時間くらいだが。

 その時間は自らのドラゴンに会うために使える。ドラゴンは筋トレに励んでいるため、直接会う必要はない。しかし、雅は毎日でも会いたかった。

 今日も昼食が終わって、龍舎に向かうところだった。

 自然と体が弾んで足取りが軽くなり、鼻歌さえ出てくる。

 自分の乗騎となるドラゴンだけでなく、龍舎にいる他のドラゴンを見るのも好きだった。それを考えただけでも気分がよくなる。異世界に召喚された甲斐があったというものだ。

 そんな浮かれた気分も目の前に王子の姿が見えるまでだった。

 第1王子クリフォードはこれまでのような廊下の中央ではなく、少し端に寄って雅を待っていた。

 視線をあわせず通り過ぎようとした雅に、クリフォードは静かに声をかけた。


「待ってくれ。勇者、いや、ミヤビ殿に謝罪したい」


 口調がこれまでと違うことに気づいて、雅は足を止める。


「謝罪?」

「そうだ。この間の私の友人が剣を抜いたことを謝りたい」

「あのせいで私と翔、ドラゴンが謹慎食らって練習も出来ずに飛ぶことになったんだけど、わかってる?」

「すまなかった。あれだけの訓練時間で試験などおかしいと父には延期を進言したのだが、聞いてもらえなかった」

「延期を進言? ホント?」

「女神に誓って本当だ」


 クリフォードの表情は嘘を言っているようには見えない。ということは、王女可愛さに無茶振りした国王のせいということか。


「わかった。その件については受け入れる。それでいい?」

「感謝する」

「でも、友人は選んだ方がいい」

「それも言わなければならない。ふたりともいつもはあんなに簡単に剣を抜くことはない。しかも、あの後、どうして抜いたのか分からないと言い出す始末で。貴族としての覚悟がないと、叱責を受けて2人は謹慎しているのだ」


  ああ、怪しい。

 雅はそう感じた。この世界に魔法や魔術の類があるのかわからない。催眠術でもいい。そういう力で操られたのかもしれない。クリフォードもさすがに何かおかしいと気づいたのだろう。だから、素直に謝罪する気になったのかもしれない。


「わかった。あなたも気をつけて。話は終わり?」

「あ、ああ。すまなかった」


 冷たく会話を打ち切ろうとした雅だが、クリフォードが頭を下げるのを見て思い直した。

 なんだ、頭を下げられるんじゃない。だったら、最初の頃のあの態度は何だったんだろう?

 雅は興味を抱いて問いかけた。


「突っかかってきたのは何だったの?」

「あれは……召喚された時の態度に腹を立てていたのだ。これも自分の勝手な思いだった」

「ああ、あの時……。そういえば何か私に言ってたって聞いたけど?」

「あれは……貴女の美しさに胸を打たれたというのは、本気です。私と――」

「ごめん。それはない」


 雅は最後まで言わせずに言葉を断ち切った。


「私は一途だから。今は翔……ドラゴンしか見えてないの。それじゃ」


 楽しげにハミングしながら歩き去る雅を、クリフォードは茫然と見送った。


「完全に振られたな、この俺が……。告白すらさせてもらえなかったのは、ミヤビの優しさ故か」


 ついさっきのやりとりを思い返し、クリフォードはギリッと歯を噛みしめる。


「ますます欲しくなったぞ、おまえが」


 クリフォードは雅の背に向かって声を上げた。


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「ふうん……。兄貴が振られるなんてね」


 廊下の角でふたりの様子を窺っていた第2王子シャルートは意外そうに笑った。


「でも、立ち直りも早いね。我が兄ながらクロゴミムシ並みの精神力だ。称賛に値するよ」


 ククッと喉の奥で笑うと、シャルートは窓際に歩み寄り、そこから見える龍舎に目を落とす。


「勇者殿の想い人、いや、想いドラゴンにはどんな価値があるのかな。興味深いね」


 シャルートは表情には出さず、口元にだけ小さく笑みを浮かべた。

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