龍騎兵編
1:ボクはイヌみたい
「ドラゴンはネコ科だと思う」
いきなり雅がそう言った。
あまりいきなりすぎたので、どう反応したらいいのかわからない。
その上、意味が分からない。あえて言うならは虫類か鳥類。ネコ科なら哺乳類になってしまう。ボクは卵から生まれたって事実があるわけで、哺乳類じゃない。カモノハシならともかく。
その前に状況を整理すると、本格的に龍騎士としての訓練が始まって2日目だ。雅がボクと過ごすことも正式に認められたおかげで、ふたりで、いや、1人と1頭で過ごす時間が増えた。
順序が無茶苦茶だけど、基本的なドラゴンの操縦訓練をやって、なんとか合格をもらえたのが今日の午前中。ボクが雅の言葉を理解できるから指示通りに飛ぶという面では問題はないけど、1番の問題はボクの体力、いや翼の周りの筋力か。生まれてえからあまり動かしていなかったので、鍛えられていないのだ。
異世界でドラゴンになって筋トレするなんて考えたこともなかったけど、翼に重りをつけて上下させたりしている。その様子を他のドラゴンたちはゲラゲラ笑いながら見ている。あ、重りをつけてくれたのは雅だ。飼育人は怖がってやらないし、雅のことをドラゴンに愛された女神だとか思っているらしい。まるっきりウソじゃないけど。
で、トレーニングの休憩時間に雅がいきなり振ってきたのが、この話題だった。
わけがわからなくて反応に困っていると、雅が続けた。
「ドラゴンにボールを投げたら取ってくると思う?」
ドラゴンがドシドシとボールを追いかけてくわえて駆け戻ってくる。そんなイメージは浮かばない。ここにいる連中ならボールで遊んで踏み潰して知らんぷりをするだろう。そう思って首を振る。
「でしょ? ネコはそんなことしないし、元々孤高の存在なのよ。だいたい人間を下僕だと思ってるから」
そうなのか。ボクはネコになったことはないし、ネコとしゃべったこともないからわからない。
「でも、翔ってイヌよね。はしゃいでボールを取ってきてくれそう」
うん、よくわかってるね。雅の投げたボールなら喜んで取ってくるぞ。
「だから、がっかりしたよ。こいつ、イヌみたいなドラゴンだって」
ええーっ!?
ショックのあまり思わず声を上げてしまった。おかげで周囲のドラゴンが顔をこっちに向け、飼育人がビクッとする。
ちなみに、勇者のドラゴンとなったので、本来なら上層の龍騎隊専用の龍舎に移されるはずだけど、まだ準備が出来ていないらしく。前のままだ。
「ウソだよ。ドラゴンがじゃれついてくるなら大歓迎」
心臓に悪いウソ言うなよと、爪で地面を叩く。
その音で飼育人たちがぎょっとした顔でこっちを見た。
「勇者様、ドラゴンから離れた方が……」
「どうして?」
「いや、今ドラゴンを刺激するとマズい状態で……」
あ、そうか。爪で地面をコツコツ叩いたり、足を踏みならしたりするのは機嫌が悪い時にやる仕草だった。
「翔、私を襲うつもり?」
まさか。僕は小さく首を振った。
「大丈夫だって言ってるよ」
雅が笑いながら言うが、飼育人たちは緊張したままだ。まさか勇者がドラゴンと意思疎通してるなんて思いもしないから仕方ない。何かあったら飼育人のせいになって処罰されてしまう。
と、その時、龍舎の入り口に人影が見えた。雅の教師役だ。
「ごめん。行かないと、またお小言で責められる」
ボクの喉元に手をふれると、雅は耳元で囁いた。
「襲うなら、ふたりっきりの時にしてね」
取って食うわけないでしょと笑った後、ひょっとして襲うって別の意味なのかと考えてしまう。思い出したのは、ささやき声がいつもは感じないほど艶めかしかったこと。
思わず、走り去る雅の後ろ姿を振り返ると、雅はペロッと舌を出して建物に消えていった。
いやいや、まさか。ボク、ドラゴンだよ? 体だって……雅を抑えつけたら大きすぎだし……。それで、のしかかって……。
まるでR18なコミックのような絵面を想像してしまい、ボクの中の男が首をもたげてしまう。ちなみに、ドラゴンのあの部分は普段はウロコの溝の部分に隠れていて、使う時には出るという仕様になっている。飛ぶ時とか邪魔にならないから便利だ。
それはともかく、雅ってドラゴン好きが高じて、そんな願望でもあるんだろうか? いや、まさかね。
そうは思いながらも、その夜は妄想がはかどって……じゃない、膨らんで、なかなか寝つけなかった。
翌日からも筋トレ。地道な努力が必須とはいいながら、退屈だ。元の世界なら音楽を聴きながらとか配信の映画を観ながらとか出来たんだけどなぁ。娯楽がないのが地味につらい。
雅がいる時は1時間ほどしかないし、その間は情報交換をかねた会話だけにしたいので、その間は筋トレは休み。
と言っても、話してるのは雅で、ボクはたまに地面に文字を書くだけ。檻の隙間から指を出して書くので自由が利かないから数文字が限界だ。スマホといかなくても黒板みたいなのがあればもう少し書けるんだけど。
爪の使い方に慣れてきたので、『雅』とか『襲う』とか画数の多い字も書けるようになったんだけど、地面だと思ったように書けない。なんとか方法を考えないとな。
そう思っていたら、雅も同じことを考えていたようだ。
「翔、これ何だ?」
どう見ても黒板の小さい物にしか見えない30センチほどの板をボクに突きつけた。
なにも言わずに爪先で『黒板』と書いてみる。結構スムーズに書ける。
「さすが、翔、賢いね」
雅は布を張った棒で文字を消し、ボクの頭に手を伸ばしてポンポンと叩いた。
こないだイヌみたいだなんて言ってたけど、中身までイヌレベルだと思ってるんだろうか。
まあ、これで少しはコミュニケーションがマシになるかもしれない。もう一言書いて雅に見せる。
「ゴメンね。さすがにイヌより賢いって思ってるよ?」
ボクは『ワン!』と書いた黒板を置いて、ウーッと唸った。
「冗談だからーっ! 恐いからやめてーっ!」
雅の悲鳴に飼育人たちが刺叉を抱えて血相を変えて飛んでくる。
「大丈夫! 問題ないから!」
必死で黒板を隠す雅。
飼育人たちは訝しげにボクの様子を見ながら戻っていった。
「私が悪いんだけど、翔もやりすぎよ」
頬を膨らませて抗議する雅。こんな可愛い表情をするなんて、学校の皆は知らないだろう。それだけで元が取れた感じ。
「怒ってない?」
雅がボクの顔を覗き込んで尋ねる。うんうんとうなずくと、雅はほっとした顔をして、その場にしゃがみ込んでしまった。
いや、そんなに気にしなくてもいいんだけど……。こっちが心配するじゃないか。
と、雅はいつの間に持っていたのか、黒板をボクに突きつける。
「そろそろじかんだから行くね」
そう言って、雅は身を翻す。
今度 いいものあげるね
残された黒板にはチョークでそう書いてあった。
なんだよ、いいものって。
期待していいのかなと、口元が緩む。
それにしても、雅はネコだ。しかも、かなりでかいから、トラかヒョウに違いない。クールな顔してるのに豹変する。
ボクは確信した。でも、イヌとネコで相性は大丈夫なんだろうか。
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