10:勇者と試験結果

「飛んでる! 飛んでるよ!」


 雅がこの世界に来て初めて高揚した声を上げた。


「翔、私が指示するように飛んで!」


 訓練書と試験内容を思い出して飛行技術と必須パターンを指示する。

 試験は飛行速度・高度の規定、離着陸時のスムーズさや騒音の有無、飛行能力など多岐にわたるポイントをクリアできるかにかかっている。どれかが多少低くても、他で高得点をつければ大丈夫だ。少なくとも過去の実績ではそうだった。後は国王や試験官が公正にジャッジする気があるかどうか。

 しかし、雅が今できるのは叩き込んだ知識を総動員して、高得点をつけるしかない飛行を見せること。


「無茶を承知で指示するから、ついてきて」


 何度か失敗した後、雅はドラゴンの首筋に手を当ててささやいた。

 ドラゴンが短く声を上げ、羽ばたく。


「いい返事だな。じゃあ、次は宙返りいってみようか」


 ドラゴンが『ギャ?』と鳴いた。明らかに疑問形だ。


「これが高得点なんだ。成功した受験者で落ちた人はいない」


 ドラゴンが抗議するような声を何度も上げたが、雅が足で首をキュッと締めると、静かになってスピードを増した。観念したようだ。


「行くよ、翔!」


 雅は足でドラゴンの首根っこを抱え、鞍と腰を繋げた安全ベルトを締め直す。

 ドラゴンはスピードを上げ、体を反らすようにして上昇する。


「体をひねって!」


 叫んだ雅に応じて体をひねって上下を入れ替えようとしたが、そこで失速。急速落下したところで翼を広げて体勢を立て直す。


「よし、もう一回!」


 ドラゴンはまた『ギャッ?』と悲痛な疑問形で呻いた後、さらにスピードを増した。

 急上昇から垂直へ。そして体をひねって背面飛行。垂直に落ちながら翼を広げての急減速。


「やった! ヘリのアクション映画を観た成果が出たよ」


 雅の歓声にドラゴンは反応をする余力もない様子だった。


「さすがにもう限界だよね。頑張ったね、翔。戻ろう」


 雅はドラゴンの首元をさすりながら、そうささやく。


「着陸時はできるだけ静かに」


 ドラゴンは最後に大きく翼を振り降ろし、後脚から順に着地した。風音以外はほとんど音がない。


「上手い。後は頭を下げて動かないで」


 雅はそうささやき、ベルトを外して鞍から滑り降りた。


「翔、やったね! これなら……」


 雅はそこまで口にして、不意によろめいた。ドラゴンが翼で支えたのを見た者がいるかどうか。


「大丈夫。ちょっと酔ったかも」


 ドラゴンの飛行はかなり上下に動く。初めて飛ぶドラゴンなら無理もない。

 雅がドラゴンから離れると飼育人たちが駆け寄ってドラゴンを鎖と刺叉で移動させる。しかし、このドラゴンは疲れているのかノロノロと動き、最後に雅を振り返って檻に戻っていった。

 安全になったのを見計らって、国王や龍騎兵の試験官が雅に声をかけた。


「素晴らしい飛行であった、勇者よ。初めてだと聞いたが、ドラゴンを上手く御していたな」

「まったく……。みっともない飛び方だったわ」


 国王の背後でアレクシアはおもしろくなさそうに吐き捨てる。


「回転飛行はほとんど出来る者がいない至芸だ。あれをみっともないと評しては、我が龍騎軍も黙ってはおらんぞ、アレクシア」


 国王にきつく言われ、王女もそれ以上なにも言えなくなってしまった。憮然とすると、身を翻してその場を去った。


「わがままでいかんな。勇者よ、そのドラゴンはすでにそなたと気脈を通じておるようだ。そのまま乗龍とするがよい。いや、そのドラゴンと共に我が国を守ってくれ」


 国王のお墨付きを得て、雅はようやく安堵して一礼すると、龍舎の方を見た。


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「ねえ、勇者様に術を掛けるのはいつかしら?」


 真っ赤なお茶を飲みながら、アレクシアは楽しそうな声で尋ねる。ついさっきの試験で見せた憮然とした表情からは想像もつかないほど上機嫌だ。

 お茶を入れた侍女が下がると、控えていた執事のセバスが応じる。


「正式に龍騎士の身分を授ける儀式の後となります」

「あら、意外と先ね。龍騎士にはもうなったのではなくて?」

「あれはあくまでも暫定的なものです」

「そう。もっと早くならないの?」

「まだ教育が済んでおりません。術を掛けると自発的に学ぶことがなくなり、知識が不充分なままになります。それでは使い勝手が悪くなります」

「ああ、そうね。命令を待つだけの人形だものね。仕方ないわ。まあいいわ。待ってる時間が長いほど楽しみも大きくなるから」

「それは素晴らしいお考えです」

「終わったら、あのドラゴンを取り返して、生意気な勇者様には他のをあてがえばいいわ。文句は言わないでしょうしね」

「はい」

「ふふっ。待ってなさい、私の新しいドラゴン。あの子はどんな色の血かしら。とても従順だったから、きっと私の思うような色に染まるでしょうね」


 アレクシアはうっとりとした表情をする。


「私のドレスの色がもっと濃く鮮やかになればいいわね」


 奥に飾ってある深紅のドレスを見て、アレクシアは端正な唇を歪めた。

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