6:勇者と誤解

 5日……。

 雅と翔に与えられた時間はあまりにも短かった。

 教師のアイラに聞いてみたが、ドラゴンを操る龍騎士になるには騎士としての教育を3年間受け、その後、訓練を経て、自分のドラゴンを得る。それからさらにペアになったドラゴンと意思の疎通が出来るようになって初めて龍騎士となるという。

 つまり、5年くらいはかかるところ、5日でやれという無茶振りだった。

 これは国王も無理だと思っているに違いない。手っ取り早く諦めさせる方便ということだ。

 そう言われると、雅は俄然やる気をかき立てられる。障害は乗り越えるためにあるというのが信条だった。

 とはいえ、今回はなかなか勝手が違う。相手があることだし、その相手がまだ飛んだことがないし、翼が思うように動かせないという。雅だけが頑張ってもどうしようもないのだ。


「龍騎士になるのが目的ではないのですから、騎士としての教養などは今は不要でしょう。龍騎士からドラゴンの乗り方や操縦をお聞きになるのがいいかと」


 アイラが言う。

 確かにその通りだ。今は一分一秒が惜しい……のだが――。


「ミヤビ殿、そうではありません。その腕はこう――」

「読了されたら、次はこちらの書物を――」

「59ページを開いて。そこに書かれた文献から読み取れることを――」

「格上の貴族とすれ違った際には右側に体を――」


 次から次へと教師や講師がやってきて、実技やら知識やらを教え込む。

 雅はアイラからは大目に見られて開放されたものの、それどころかさらに様々な教師から授業を受けることになっていた。とてもではないが、ドラゴンライダーの試験に挑むどころではない。

 これは完全に国王にはめられたわ。

 雅は悟った。

 と、同時に自分がいても翔の訓練が出来るわけじゃないというのは理解できた。けど、話くらいさせて欲しい。

 雅の心底からの嘆きだった。



「翔……遅くなってゴメン」


 ようやく雅が龍舎にやって来たのは翌日の昼過ぎだった。

 昼食を駆け足で食べ、教師を振り切るようにしてやって来たのだった。


「まさか昼ご飯を速く終えて街に遊びに出る連中のマネをすることになるとは思わなかったよ」


 雅は息を荒くしながらぼやいた。

 ドラゴンの翔はクアクアッと小さな声を上げた。雅はビクッとしたが、笑い声だと気づいて、鼻面をなでる。


「それで、飛べそう?」


 翔は申し訳なさそうに首を垂れ、低く唸る。


「謝らなくてもいいよ。無茶な話なんだし、それに仕組まれたみたいだ」


 そう言って雅はここまで得た情報と、自分の推測を話して聞かせた。


「というわけで、私の方はガチガチに固められちゃってるみたいなんだよね」


 雅がため息をついて翔を見ると、ドラゴンはうなだれて頭を床に落としていた。

 人間ならガッカリと肩を落としている感じだろうか。


「ショックだった? 私も同じだよ。なんか、権力者ってどこも同じなんだね。自分に従うしかないようにルールを設定して、出来レースをさせてルールに従いなさいって」


 翔はそうだそうだと言いたそうにグルグルと唸る。


「ねえねえ、ちょっとさわってもいい?」


 雅は今までずっと少し距離を置いていた。飼育人が近づかせなかったせいもあるが、なんとなく遠慮していたせいもあった。ドラゴンとはいえ、元は人間だ。ペットでもあるまいし、ベタベタさわるのは失礼なような気がしていた。

 翔はどうぞというように鉄格子の端まで体を近づけた。


「ちょ、ちょっと待て! それ以上近づかないで!」


 飼育人が慌てて駆け寄ってきたが、雅はかまわずに檻の中に手を伸ばした。


「お、おい! 刺叉銛を持ってこ――」


 飼育人が仲間に声を上げ、自身も調教用の刺叉を取ってこようとしたが、すでに雅は檻の中に手を入れていた。しかも、あろうことか鼻面に手を伸ばしている。

 もうダメだ。勇者といえどドラゴンの牙に噛まれたら、筋肉はズタズタで治療も不可能だ。そして、俺は管理責任を問われて首。悪ければ処刑の運命……。

 一瞬で覚悟をした飼育人が見たのは想像もできない光景だった。

 飼育人がこれまで見た勇者は笑みを浮かべず、整った顔はまったく動かず、常に厳しく探るような視線を投げかけているような、そんな印象だった。飼育人も王族も同じように見る人間というのは、ある意味初めてだった。何と言っても、その2つの間には断崖絶壁のような身分差があるのだから。

 しかし、今、勇者はドラゴンにも同じ態度で接していた。普通はそれは死を意味するというのに、勇者の手はドラゴンの喉を長い指でくすぐるようになでていた。

 契約もしていないドラゴンが人間に触れている。しかも、ドラゴンは気持ちよい時に出す低い唸り声を出している。


「奇跡だ……」


 飼育人は茫然とその光景を見ていた。

 勇者は首を傾げて飼育人を見た。


「大丈夫だよ。翔は人は襲わないから」

「カケル……?」

「そう。この子の名前」

「命名の儀式はまだじゃ……」

「そんな面倒なことしなくても、この子は翔だから。他の名前じゃ返事しないよ?」


 勇者雅の言葉に、飼育人は力なく繰り返した。


「カケル……」


 ドラゴンは嬉しそうに甲高い咆哮を発した。それに応じたように、他のドラゴンたちが獰猛な咆哮を上げる。


「これが……勇者様の力……」


 飼育人は神々しいものを見たように恍惚とした表情でつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る