4:勇者の期待
クリフォードに斬られかけた脇腹の鈍痛は2日ほど消えることはなかった。
試合の後、しばらくして青あざが出来ているのがわかり、濡れた布で冷やしたりしたが、効果があったのかなかったのか。
力はあっても剣術の技量がない雅は、周囲が止めるのも聞かずに毎日剣の稽古を続けた。元々負けず嫌いでひとつのことに打ち込む性格だったこともある。
「や……参った!」
兵士が剣を取り落として降参の声を上げる。
柄を握っていた両手が衝撃で痺れ、指が動かなくなっていた。雅が振り下ろした剣をまともに受けてしまったのだ。
「次っ!」
雅の声に応じる声はない。
「勇者様、これで全員です」
雅が見渡すと、手を抑えている者、足を引きづっている者、脇を冷やしている者、気絶している者……。この隊の兵士全員が呻いていた。
「えと……。ごめんなさい。やりすぎた」
「とんでもないです! 勇者様に稽古をつけてもらえて光栄です」
「私に稽古つけて欲しかった」
「それは私らでは無理ですね」
「ただの下っ端兵士ですから」
「そう……。困った」
雅は無表情なままうつむく。淡々と言葉にして、しかも表情が変わらないので、本当に困っているのかわからない。これが元の世界でも敬遠されていた所以なのだが、本人は気にしていない。
「近衛兵ならともかく、勇者様の力を受け止める力も技量もありません」
「近衛兵? 王様の周りを守っていた兵士……」
「へ? まさか近衛に――」
「わざわざ近衛兵舎まで行く必要はない」
割って入ったのはクリフォードだった。兵士たちは反射的に頭を下げる。クリフォードはもういいと言わんばかりに手を振ると、雅に声を掛ける。
「傷は……大丈夫か?」
「問題ない……です、王子」
「そうか。よかった」
反射的にうなずいてから、クリフォードは取りつくろうように付け加える。
「いや、心配したわけではない。確認だ。勇者としての訓練に支障があるとマズいからな」
「支障はない……です、王子」
「いちいち王子と呼ばなくてもいい。それと中途半端に丁寧な言葉を付け足すな。いらいらする」
「わかった」
構えようとすると、クリフォードが雅の背後に視線を向けて、そこに現れた相手の名を小さく吐き捨てる。
「シャルート……」
「ずいぶん熱心だね、兄さん」
「勇者に強くなってもらうのは国としての望みだろう」
「兄さんも国のことを考えるようになったんだね。いい傾向だ。でも、兄さんじゃやりにくいんじゃない? 怪我させてるから遠慮するだろうし」
「俺が遠慮するだと?」
「それに、この間は僕の出番がなかったからね。今回は僕に譲ってもいいんじゃない?」
「勝手にしろ」
クリフォードはシャルートをにらんで足早に去っていった。
シャルートは雅に一礼すると、長剣を抜き放つ。すでに上着は脱いで戦う準備は終わっている。そのつもりで来たと言うことだろう。
「兄さんにはああ言ったけど、君の剣なら僕が教えた方がいいと思うよ。力任せの兄さんの剣だと応用が利かないから。ほら、体格も同じくらいだろう?」
そう言うシャルートは確かに身長は雅とほとんど変わらない。体格はさすがに雅ほど細くはないが、クリフォードのがっしりした体と比べれば遥かに細いだろう。
「それじゃやろうか」
シャルートが右手に持った剣をスッと雅に向けて伸ばした。
雅は両手で構える。まだ切先はふれあう距離ではない。
「構えはなかなか様になってるね。向こうの世界でもやってたの?」
「初めて」
「へえ。飲み込みが早いのかな。じゃあ行くよ」
言うが早いか、シャルートは雅との距離を詰めてきた。ほとんど予備動作のない動きに虚を突かれて、雅の反応が遅れる。
突きが真っ直ぐに雅の胸を狙ってくる。
かわす代わりに雅は剣で切先を左にそらす。
シャルートの左側ががら空きになり、無防備になったところに、雅は一歩踏み込んだ。同時に剣を翻して斜め上から斬り降ろす。
が、シャルートはそれを読んでいたように剣を振り上げる。
二振りの剣が正面からぶつかり合って甲高い金属音が弾けた。
雅は弾かれた力には逆らわずに飛びのく。
「いいね。形じゃなくて反射的に動いている。動物的というと気を悪くするかな。美女で野獣……なかなかいい素材だ」
シャルートの言葉に兵士たちは驚いた声を上げる。他人を褒めるようなことを言うとは思わなかったのだ。
さらに数合打ち合った後、シャールートの方から雅と距離を取って剣を収める。
「これは将来が楽しみだな。さすが勇者様だ、僕が頑張ってここまで達したところに1ヶ月もかからずに来るなんて」
今日はここまでと、シャルートは剣を収めて雅に背を向ける。兵士たちが凄いなと駆け寄っていく。
「まったく腹立たしいね」
シャルートはこれまでの楽しげな表情とは正反対の冷たい声でつぶやいた。
8日後、雅の元に知らせが入った。
候補となるドラゴンとの対面が許可されたのだ。
はやる心を抑えて雅が案内されたのはいつも通っていた龍舎とは別の下層にある龍舎だった。
考えてみれば王族が乗るドラゴンが一般の龍騎士のドラゴンと同じ扱いになるとは思えない。どっちもドラゴンなのにと雅は思うが、身分制がガチガチに固まっている世界であれば当然だ。
ここで選ばれたドラゴンも王族と同じ上層の龍舎に移動されるということだ。空いているんだから使えばいいのにと雅は思ったが、やっぱり身分のせいだろう。
自分のドラゴン、しかも、あのドラゴンに似てるなんて。
雅の中で期待が膨らんでいった。
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