3:まるで悪友みたい
城の龍舎に入って2日。
その間、飼育人も誰も話しかけてこないし、毎日食い物と水を置いて行くだけだ。
なんだろうとおもったけど、思い当たった。ペットを飼う時、新しい環境に慣れさせるために数日はそっとしておくってやつだ。
ペットじゃないんだけどなぁ……。
複雑な想いを抱きながら、龍舎とドラゴンたちを見る。
檻が狭かったこともあるけど、ここはかなり広い。多分、親ドラゴンでも余裕があるだろう。さすがに翼を全開は無理だろうけど。
檻の中には段差があり、餌場、水場、ワラを敷いた寝床があり、動物園のトラくらいには動き回れる。ボクが翼を広げて羽ばたく練習くらいなら問題ない。
檻は他に20くらいあり、ドラゴンは今は10頭以上いるようだけど、広すぎて確認出来ない。他に伝令などで頻繁に借り出されるワイバーンが2頭いるらしい。
近くにいるので話が出来るのは4頭。
右隣にいるのは《二股の長き尾》というワイバーンだ。その名のとおり、尻尾がなぜか途中で分かれている。
左隣に《青白き爪》というドラゴン。ウロコも青っぽいけど、爪が透き通った青で、そのために青白く見える。多分、血が青いんだろう。ちなみにボクの血は赤い。ドラゴンって哺乳類とは虫類の2種類がいるのかも知れない。
向かい側にいるのが《翠の広き翼》というワイバーン。綺麗な緑色で、体のわりに翼が大きい。将来的には伝令など早く遠く飛ぶのを期待されているんだろう。
3頭とも若いドラゴンで、生後2年以内。他は成体らしい。ちなみに成体つまり大人は3年以上だそうだ。
そんなことを先輩面して、いや親切に教えてくれたのもこの3頭。まあ、こっちは生まれて2ヶ月程度なんだから、先輩なのは間違いない。それに檻に入った順番も遅いんだし。
それと少し離れたところに、一緒に連れてこられたドラゴンがいた。名前は聞けなかったけど、ボクとあまり変わらない幼体だ。
「しっかし、2ヶ月もたってまだ飛べねぇたか遅すぎだろ」
《青白き爪》が言うと、《翠の広き翼》がシュウシュウと笑った。
「わたしらは20日くらいで飛ぶけどね。ドラゴンは体が重いから遅いんだよね」
「おまえらが軽すぎんだよ」
「ドタドタ走らないと飛べないドラゴンとは違うからね」
「鳥みたいなひ弱な体のくせに」
「なんだって、このデブ!」
「ひょろひょろめ!」
《二股の長き尾》が2頭の言い合いから顔を背けて、ボクに言う。
「でも、このままじゃ困るんだろ、あんた?」
「そうだよね。人を乗せて運ぶ仕事をするんだよね。飛べないと売られる?」
「なに言ってんのよ。売られるどころじゃないわ」
「え? どうなるの?」
「食われるのよ」
「まさか!」
「あたしたちの肉、とくにドラゴン肉はあっちの方に効くって人間は信じてるのよ」
「あっち?」
「あっちよ。あんたの股間にもついてるでしょ」
「これ!? あ……精力剤かぁ。って、食われるの!?」
「そう言ってるでしょ。だからのんびりしてられないのよ、あんた」
飛べないとマズイとは思ってたけど、食われるのは想定外だった。しかも精力剤? ボクはウンケルじゃないって。
「それと、あんたは誤解してると思うわ」
「誤解?」
「人を乗せて運ぶって思ってるでしょ。あの伝令みたいに。違うわよ」
毎日、ワイバーンに乗って飛んでいく伝令兵。てっきりそうだと思ってた。
「あんたに期待されてるのはね、龍騎兵。しかも、勇者が乗るの」
「龍騎兵……って、戦うの!?」
「当たり前でしょ。あんた自分がなんだと思ってるの?」
「えーっと、ドラゴン?」
「なんで疑問なのよ。戦わないドラゴンなんてただのリザードでしょ」
いつの間にか言い争っていた2頭もボクたちの会話を聞いていた。
「勇者が乗るって、ボクの背中に鞍つけて?」
「あんたの背中ってトゲが結構あるから、トゲを切るか、それとも首元よねぇ」
「トゲ切るのって結構痛いらしいぜ」
《青白き爪》が笑うのを聞いて顔をしかめる。こいつの背中はあんまりトゲトゲしていない。
自分の背中がどうなってるか見えないんだけど、背中を意識すると何かが動くような気がしていた。動くなら神経が通ってるんだろうし、そうだとすると切ると痛いはずだ。イヤだなぁ。
「勇者ってどんな人?」
「さあ、知らないわねぇ」
「人間なんてどれでも同じだろ」
「たまに変な臭いがするヤツもいるぞ」
ああ、ドラゴンには人間の見分けなんかつかないのか。ボクには何の問題もないんだけど。変な臭いってのは香水だろうか。
「あんまりでかいのは勘弁して欲しいな。太った足で首元絞められるのはイヤだし。出来たら女性だよな」
「ああ、伝令のワイバーンから聞いたことがある。人間のメスは柔らかくていいってさ」
「それは聞いたことがあるね。メスの方が負担が少ないってね」
「まあ、軽い方がいいし、メスの方が扱いが優しいって聞いたわ」
「伝令やってる先輩に聞けば?」
勇者が女性ならいいな。雅みたいな女の子なら最高。雅の太股に首をきゅっと締められたら何でも言うこと聞いちゃいそうだ。
などと妄想していたら現実に引き戻された。
「今日はドラゴンどもが騒々しいな」
「今日の餌は何だろうとかで盛り上がってんじゃねぇか?」
「いい匂いがしてきたか? ほら、今日は馬肉だぞ」
飼育員たちがご飯を運んできたのだ。ドサッと檻に放り込んでいく。
馬肉は柔らかくていいけど、たまには焼いた肉が食いたい。
ボクに乗る勇者も柔らかい太股でギュッとして欲しい。
「なんだかおかしなこと考えてるみたいだけどさ、その前に飛べるかどうかが問題でしょ、あんたの場合」
《二股の長き尾》に呆れた声で指摘されて、ボクはがっくりと肩を落とす。
大問題はまったく解決していなかった。
翌日、伝令を乗せているワイバーンと話をする機会があった。檻から出てきたところで伝令兵が追加の文書を運ぶ指示が出て、ボクの檻のすぐ前で待機させられたからだ。
「ねえ、人間を乗せるってどんな感じ?」
《長き槍》という名前どおりに細長い体をしたワイバーンはうるさそうに肩を揺さぶって甲高い声で答えてくれた。
「うるさい」
「あ、ごめん。仕事中だよね」
「そうじゃない。乗ってる奴がうるさい」
「うるさいって?」
「あいつらバカだからな」
「人間がバカ?」
「こっちの方が近いって言ってんのに、違う方向に行けって引っ張りやがる。飛べないんなら空のことはこっちに任せときゃいいのにな」
「人間にもなんか都合があるんだろうな。バカの言うこと聞いて腹立たない?」
「まあ、言うこと聞いてりゃ飯は食わせてくれるしな。バカも使いようってことだ」
「なるほど」
そこに伝令兵が戻ってきた。
「行くぞ、フォラーン! 終わったらおまえの好きな焼いた豚を食わせてやる」
荷物を積むと、《長き槍》は上機嫌な声を上げて飛び立っていった。
なんか食い物に釣られて上手く飼い慣らされてるような気がする。
「ようし、行ったな」
伝令兵を見送った飼育人たちがワイバーンのいなくなった檻に入っていく。今のうちに掃除をしてしまうようだ。
少し距離があるけど、話し声はよく聞こえる。
「明日にでも勇者様のドラゴン選定が行われるらしい」
「こいつらのどれかってことか。じゃあ、1頭減るんだな」
「それがな、王女の新しいヤツも選ぶらしいぞ」
「またかよ……。参ったなぁ……」
「まったくだ。後始末が大変なんだからな。止めて欲しいよ」
「王族相手になにを言ったって無駄だろ」
「陛下も甘々だからなぁ」
飼育員たちのうんざりした声音に、ボクは好奇心をそそられると同時に嫌な予感を覚えた。
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