王城編

1:売られるみたい

 ボクは剥製になることもなく、たっぷりの肉と寝床を与えられていた。

 今度は太らせて食うのかと心配になったが、どうやら高く売るために体を大きくして、翼を直そうということのようだ。

 となると、今度は売られる先が心配になる。

 ただ、この動物商人は真っ当な商人のようで、隣の檻にいる先輩ドラゴンたちからも不満は聞こえてこない。まあ売り物のペットにきちんと餌をやらないと買ってもらえないわけだけど。販売先も大事に扱ってもらえるのかどうかは行ってみないとわからない。


 現在、ボクたちがいるのは町から離れた牧草地のど真ん中。さすがに子供とはいえドラゴンを何頭も飼うスペースは町中にはないということだ。で、なぜ牧草地かと言うと、家畜を狙ってモンスターが来るが、ドラゴンの臭いがあると寄りつかず、被害がなくなるということらしい。後、ドラゴンの排泄物がいい肥料になるらしい。持ちつ持たれつだ。

 屋根はあるけど、周囲180度が檻越しに見ることが出来る。本当に牧歌的な光景が広がっている。少し前まで生存競争に必死だったのが嘘のようだ。楽園でもないけど。


 これまでにないほどの量を食べることが出来るので、体も一回りは大きくなり、翼もほぼ治っている。飛ぶ練習をしたいところだけど、残念ながらそれはさせてくれない。

 それじゃ逃げるかと思ったけど、檻はかなり頑丈で、まだ子供の体にはどうにもできなかった。それじゃあとドラゴンにしては長くて器用な手でなんとか出来ないかと試してみたけど、鍵を取ることも出来なければ、こじ開けることも出来なかった。それどころか警戒されて飼育人たちが近寄ってこなくなった。

 そんなわけで、人間たちの無駄話も聞けなくなった。この世界の情報を知る数少ない手段だったのに。


 そんな感じで捕まってから1週間が過ぎた頃、転機が訪れた。


 その日は晴天が続いて3日目。牧草地に至る道は乾いていた。馬車が来るのはたいていそう言う時だ。馬車はぬかるんだ道は不得手だし、ドラゴンを買いに来るのは貴族や金のある商人で、高価な靴や服を泥で台無しにしたくないからだ。

 まあ、これは隣のドラゴンに聞いた話だけど。《射抜く眼》は正確にはドラゴニュートといって小型のドラゴンらしい。ボクよりも小さいが、翼もあるし、子供ではない。主に下級貴族や荷運び用に買われるらしい。


「いつ来ても土臭いところだな」


 さっそく降りてきた男が文句を言う。


「申し訳ございません。町中に龍舎が作れればいいのですが、なかなかそうはいきませんで」

「わかっておる」


 貴族風を吹かせたい貴族と商人の安っぽい芝居を見てるようだ。


「こちらでございます」

「これか。小さいな」

「恐らく、まだ生まれて2、3ヶ月かと」

「ほう。では、まだどうなるかわからんということか」

「はい。ですが、長年ドラゴンを見てきましたが、幼体の段階でこのような姿のドラゴンは初めてです。珍しいのは確実です」

「確かにな。ワシも50近いドラゴンを見てきたが、こういうのは初めてだ」

「さすが王宮にお納めするドラゴンを見定めてきたドルーア様ですな。経験に重みがあります」

「ふふん。これならばあの方もご満足されるかもしれん。よし、こいつは買おう。もう1頭だな」

「では、こちらなどいかがでしょうか? 」


 さらにドラゴンとワイバーンを見て回った後、貴族は帰っていった。その後、上機嫌でやってきた商人はボクの檻の前で足を止めた。


「おまえの行き先が決まったぞ。いいところだ。買った時の15倍で売れたぞ! これまででも2番か3番のいい商売だった」


 いくらで買ったのか知らないけど、かなり儲かったんだろう。その1割でもボクにくれたらいいのに。もっとも、サイフもないし、金を使えるとは思えないけど。

 ああ、肉ばっかりじゃなくてラーメン食いたい。豚骨でも牛骨でも。骨をかみ砕いてエキスすすっても旨くないんだよ。

 でも、ドラゴンって熱い物って食えるのかな? まずはステーキで試してからだな。



 3日後、ボクは大きな馬車に乗せられて運ばれていた。もちろん檻に入れられてだ。

 それでも意識がある状態で外を眺められるのは嬉しかった。

 連れていかれたのは近くの町で、農村が少し大きくなったレベル。道も舗装されていないようで、馬車はここまでの道と同じ音を立ててノロノロと進んでいく。町を通り抜けた反対側出ると、強烈な臭いがした。

 同族の臭いだ。

 ここにもドラゴン市場があるのかと思ったけど、そうじゃないのはすぐに分かった。

 ドラゴンに鞍がついていて、人と荷物を積んでいる。そして、飛び立っていく。

 この町の荷運び用のドラゴンを繋いでおく場所――馬屋のようなところなのだ。

 つまり、この世界ではこういう用途にドラゴンを使っているのだ。ボクもそれを期待されているんだろう。

 と言うことは、飛べないとどうなるんだろう? 家畜の場合、役立たずは屠殺?

 一瞬、怖い考えが頭をよぎって、ビクンと翼が震えた。なんとかして飛ぶ練習をしなければ。

 生死のかかったスポ根ドラマになりそうだよ、ボクの人生、いやドラ生と言うか龍生は。


 そんなことを考えていると、檻の周りに鎖がつけられた。合計四つ。

 さらに左右にワイバーンがやって来た。どっちもかなり大柄なヤツだ。右側が水色でトラのような模様がある。トカゲっぽい外観だ。左側は茶色でゴツゴツした岩のような外観。両方とも鞍がつけられて人が乗っている。ドラゴンライダーとか言うんだろうか。

 水色のワイバーンがボクに首を向ける。


「おう、チビ。急ぎらしいから飛ばすぜ。しっかり両脚、と手もか、踏ん張っとけ」


 答える暇もなかった。ワイバーンは翼を広げて一気に舞い上がり、ボクの乗った檻は鎖で引っ張り上げられた。


「ひゃっ!?」


 グンッと浮き上がった瞬間、思わず悲鳴を上げてしまい、左右のワイバーンが独特の笑い声を上げる。人間の耳には咆哮としか思えないだろう。


「なんでぇなんでぇ、飛んだことねぇのか?」

「翼が開く前に兄弟に破られたんだよ」

「ははぁ、負け組か。まあ、ここまで生きられたら儲けものだな」

「ちったぁいい目に会えりゃいいがな。これから行くところでよ」

「どこに行くか知らないんだけど」

「この辺りの人間のボスの家だ」

「ボスって王様!?」


 なんだか、さらに波乱の龍生になりそうな気がしてくる空の旅だった。


 道中、この世界を俯瞰して、本当に異世界なんだなと納得した。草原、森、川と自然ばかりが視界に広がり、人間の痕跡は点在する建物と未舗装の道だけだ。ヨーロッパの田舎の写真を見たことがあるけど、あれでも道や建物がもっと多い。中世の風景はこんな感じだったんだろう。

 やがて、空色のワイバーンが一声啼いた。


「見えてきたぜ」


 眼下にはこの世界で初めて見る大都市の偉容が見えた。

 360度全体を取り囲む石の城壁。

 その中にぎっしりとひしめくように家が建ち並び、その合間を石畳の道路が巡っている。

 幾つか広場があり、大きな木があり、噴水も見える。水が高く噴き出しているわけじゃなく、水が池にチョロチョロと流れ落ちるようなものだ。

 そして、端には高くそびえる城。元の世界なら20階建てのビルくらいかな。

 城にはかなりの広さがあるスペースが幾つか見えた。街の広場よりもさらに広い。

 そこに動く物が見えて用途が分かった。ワイバーンだ。ビルで言うならヘリポート。この世界ではドラゴン用の発着場ってことになるのかな。

 その発着場は城の片方に集中していて、その理由はすぐにわかった。その方向は切り立った崖になっていて、下層にあっても滑空に充分な高さがあるからだ。

 崖の高さは城よりもありそうだから、100メートルくらいあるんだろうか。その下は原生林になっていて、さらに離れるとどんよりとした雲、いや、霧に覆われている。森が広がっているのか、それとも沼地なのかはわからない。


「降りっぞ」


 ぶっきらぼうに言うと、水色のドラゴンは翼をはためかせた。乗り手は手綱を緩めて首の付け根を叩いて指示をしている。が、実際にはドラゴンは自分のやることをわかっているんだけど。ドラゴン側の目線ではおかしな感じだ。でも、実際はドラゴンも人間の言葉を理解しているわけじゃない。ボクが特別なんだ。

 反対側を飛ぶ茶色のワイバーンも動きをあわせて高度を下げていく。

 そうして、ボクを乗せた檻はゆっくりと城へと降下していった。

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