6:勇者とドラゴン

 クリフォードに会ってから5日。

 雅は暇を見つけては王宮の龍舎に足を運んでいた。何度も顔を出すので、飼育員たちに顔を覚えられ、軽い話なら出来るようになった。日常会話は不得手な雅も、ドラゴンの話なら饒舌になる。

 今ここにいる4頭のドラゴンについての雅の情報はこんな感じだ。


 前回姿を見た第1王子クリフォードの《黒き巨爪》は四足のドラゴン。かなり力が強く、ちゃちな鎖など引きちぎれる。翼も大きく、巨体の割に飛行能力は高いらしい。

 4頭の中では最もゴツゴツしていて、体表は黒いアンキロサウルス。でも、手の爪の大きさはテリジノサウルス並み。人間なんか串刺しだ。


 国王のドラゴンはいかにも王らしく、《光輝放つたてがみ》という神々しい名前。首から肩に掛けて明るい茶色のたてがみが伸びている。四足で力強い。大きさで言えば4頭の中で最大だ。

 たてがみと言っても、アマルガサウルスっぽい細かなトゲ。ただ数が多いからたてがみに見える。


 王妃のドラゴンは《麗しき双翼》といい、正確には前肢のないワイバーン。この種にしては大型で、飛行距離が長いという。万が一の時はこれで王妃を逃がすつもりだろうか。

 ケツァルコアトルスだよね、どう見ても。


 第2王子シャルートのドラゴン《赤き帚星》はその名のとおりくすんだ赤色が目立つワイバーンだ。飛行速度と空中での機動性に優れる。

 同じワイバーンでも《麗しき双翼》よりも恐竜っぽい。ヴェロキラプトルの腕が翼になった感じ。羽毛はないけど。


 アレクシア王女のドラゴンは《碧く長き鞭》という綺麗な名だったが、雅が召喚される少し前に死んだらしい。原因はわからない。いや、知っているのかもしれないが、誰も雅には教えようとしなかった。


 その他、餌をどれくらいあげるのかとか、好き嫌いはあるのかとか、雅は少しずつ自分の興味を満たしていった。もちろんその合間にこの世界の勉強もこなした上でだ。学校でも段取りよく勉強するのは得意だった。

 今日もいつものように飼育員に話しかけようとした雅だが、空気が張り詰めているのに気づいた。いつもならだらけて酒場や女の話をしているのに、やる必要のない壁や床の掃除をしている。まるで他のことから逃げているように。

《赤き帚星》の前に見覚えのない人影があった。


「やあ、君が勇者ミヤビ様だね」


 高貴な服装に飼育員たちの恭しい態度、それに《赤き帚星》の前にいることから考えれば身元はすぐにわかった。


「勇者じゃありませんが雅です。シャルート殿下ですね」

「僕も有名になったかな」


 第2王子が有名もなにもあったものではない。


「一度会ってみたくてね。勉強が忙しいとかで会わせてくれないから、噂を聞いて待ち伏せさせてもらったよ」

「どうしてワイバーン?」

「ん?」

「王族の男子はドラゴンを選ぶと聞いたけど、《赤き帚星》はワイバーン」

「なるほど。きちんと勉強しているんだね。まあ、理由は特にない。そういう王子がいたっていいだろう? それに、速いのが好きなんだ」

「なるほど」

「じゃあ質問。君の好みは?」

「孤高の王? でも、みんな可愛い」

「可愛いか。勇者にとってはドラゴンも可愛い存在か。それじゃ、僕はどうだい? 兄よりはいいと思うよ」


 シャルートは雅との距離を一瞬にして詰めた。雅は息を飲んだ。まったく反応出来なかったのだ。


「驚いたかい? その様子じゃまだ教えてもらってないようだね。ドラゴンと契約を交わすと、その能力が少しだけ乗り手に宿るのさ。僕の場合は速さだ」

「クリフォードは力?」

「そう。微笑ましいくらい単純だろ、我が兄上は。ああ見えて純真なんだよ」


 そう言うシャルートの顔はまったく笑っていない。そして、雅の腕をつかんで壁に押しつけた。


「言うことを聞く女性ばかり相手にしていたから、君への対し方も下手でね。失礼なことをした」

「これは失礼じゃない?」


 雅は自分の腕をつかんだシャルートの手首を握った。


「く……」


 シャルートは声を抑えて苦鳴漏らすと、雅の腕を離して自分も数歩下がった。


「召喚された勇者には力が授けられるのを忘れていたよ。なるほど、これは強力だ。甲冑の甲を握りつぶしただけはあるね。ここにさらにドラゴンの力が加わるのか」


 雅に握られた手首を押さえながら、シャルートはヒューッと口笛を吹いた。


「まあ、そう言うわけで、ドラゴンを選ぶ時は慎重にした方がいい。筋力はもう充分みたいだからね」


 シャルートはそう言うと、雅に背を向ける。


「じゃあ、僕は退散するよ。これ以上嫌われたくないからね」


 シャルートの姿が消えると、飼育員たちが生き返ったように動き出す。


「ミヤビさん、すみませんです。王族の方はおっかなくって」

「そうそう、特にアレクシア様」

「こ、こら!」

「あ、やべぇ……」


 なにか曰くがありそうな様子で飼育員たちは顔を見合わせた。


「聞かなかったことにしてください!」


 必死に頼み込んだ後、一斉に散った飼育員たちを怪訝そうに見送る雅だった。


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 そこは華やいだ部屋だった。

 淡い朱色のカーテン、繊細な編みのレースの装飾が垂れかかる天蓋付きのベッド、絨毯も淡い紅の装飾模様。

 そんな部屋の主は同じように淡い赤のドレスに身を包んで、綺麗な赤の模様を彩色したカップで真っ赤なお茶を嗜んでいた。

 若いと言うよりもまだ幼い顔立ちをしているが、服装や髪型、宝飾品は大人顔負けである。


「紅茶の淹れ方が上手くなったわね、セレイ」


 主に褒められた侍女は一礼してワゴンを下げる。

 そこに見計らったようにノックが聞こえる。


「セバスね。いいわよ」


 主が応えると扉が開けられ、入ってきたのは白髪の執事である。


「アレクシア様、契約している商人から報告が参りました」

「あら、いいのが手に入ったのかしら?」

「はい。珍しい色のドラゴンが手に入ったそうでございます」


 王女アレクシアは花のような笑顔になって楽しげな声を上げる。


「それは楽しみね! 今度のドラゴンは長く楽しめるかしら? 前の碧くて尻尾の長いドラゴンって綺麗だったけど、すぐに死んじゃったから。おかげでこの部屋の色が明るくなったけど、次はもう少し濃くなると嬉しいわ」


 かすかに漂う錆臭さを心地よさそうに吸い込むと、アレクシアは舌先で赤い唇を舐めた。

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