転生と召喚編

1:転生したみたい

 まず最初に気づいたのは、圧迫感そして息苦しさ。さらには拘束感。

 自由に動けない。手も足も自分のものじゃないように動かせない。

 周囲が暗くてなにも見えないのに気づいたのはその後。いや、見えないんじゃなくて目を開けていなかったのだ。頑張って目を開けようとしたが、まるで縫い付けられているようにまぶたが開かない。

 この時点でボクはパニックになってもがいた。もう全身で悶えて頭突きをしたら何かが割れる感触がした。もうこれしかないと頭突きを続けたらパリッと割れ、かすかに明るくなった。少なくともまぶた越しでも目は光を感じられるのに安堵する。目が見えなくなったわけじゃなさそうだ。

 そのままの勢いで頭突きを繰り返すと、障壁を押しのけて頭が外に出た。明るい。まだ目は開かない。それにさっきまでと違って風を感じる。

 ふとそれまで息をしていなかったのを思い出し、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 ブゴーッ!

 聞き慣れない呼吸音に驚いた。ブタじゃないぞ、ボクは。

 鼻を拭こうとしたが、それどころじゃなくなった。いきなり熱いぬめっとした物に顔をなでられたのだ。なでる? いや、これは舐められたのか? 顔をベロンと?

 ちょっと待て。ボクの顔を舐める? どんなでかい舌だよ。その舌の持ち主はどう考えても犬猫のレベルじゃない。

 舐められたせいか、まぶたが開きそうだ。必死になって目を開けると、目の前にどアップで黒い塊がいた。

 でかい。ごつい。うろこに覆われた顔だ。

 ティラノサウルスか? いや、この顔はもっと細い。アロサウルスとかか。

 そう思った時、顔の遥か後方にバサッと広がる傘のような物が見えた。どう見ても翼だ。プテラノドンが背中に止まっているんじゃないなら、これはつまり……

 ドラゴンか!?

 さっき、舐めたのは、このドラゴンなのか!?

「ボクは美味しくないぞ!」

 そう叫んだつもりだが、声は出なかった。まるで声帯がなくなったようにシュウシュウと空気が漏れるような音が出ただけだった。

 驚いていると、同じような音が横から聞こえてそっちを振り向く。

 卵からドラゴンの子供が這い出してくるところだった。見れば周囲には同じような卵が複数あり、それぞれドラゴンが卵を破って這い出していた。

 つまりここはドラゴンの巣!? ボクは子供のエサか!?

 ちょ、待てよ。なんでそんなところに迷い込んだんだ?

 そこで初めてボクは自分がいる場所を確認した。

 カーブを描いた白い容器。いや、どう見ても隣の仔ドラゴンたちと同じ卵の殻だ。ボクはそこから這い出してきたのだ。

 殻をつかんでいる手を見ると、小さいながらも爪が生えた四本の指。尻の辺りに何かついている感覚。肩甲骨が伸びたような違和感。

 いや、これは冗談じゃなければ――。

 ボクはドラゴンの子供になっていた。

 そして、このでかいドラゴンは母親だった。



 それからは大変だった。

 卵から這い出したボクは母親に全身なめ回され、ようやく自由になったかと思えば、くわえられて全員1個所に集められた。

 雄か雌かわからないが、ボクの兄弟姉妹は4匹いや翼があるから4羽? やっぱり4匹でいいか。

 目もまだ満足に開いていない連中が1個所に固まっているせいで、もがけば爪で引っかかれるし、後脚で蹴られるし、まだ小さな翼で顔をはたかれるし。

 ボクだけ目が見えるので、慌てて少し離れた所に陣取って様子をうかがうことにした。とは言っても、まだ思うように動けないし、力は入らないし、数メートル動くだけで死にそうになった。しかも、あんまり離れると親がくわえて戻してしまうもんだから、ギリギリを見極めて再度チャレンジする必要があった。

 親――母なのか父なのかはわからない。人間みたいにおっぱいがあるわけじゃないし、卵生ってことは母乳で育てるわけでもないし。とにかく、親はでかすぎて全体像がわからない。黒っぽいうろこの塊だ。

 4匹の兄弟はそれぞれ特徴がある。

 一番体が大きいのは親と同じ黒いうろこで、後頭部から伸びる小さな角も黒い。頑丈そうな後脚は成長すると強そうだ。

 次はくすんだ赤色で、角も赤い。火龍というイメージだけど、この世界のドラゴンが火を吐くのかどうかわからない。

 3番目は黒と赤のまだら模様。最初の2匹を混ぜたような感じだ。

 最後は黒だけど光の反射で少し明るく見える。角はまだ見えない。

 で、ボクの体は当然ながら自分では見えない。鏡もないし。四肢を見る限り、白っぽいのがわかる。ただ、体は一番小さいみたいだ。確実に違うのは前肢の長さだ。明らかに他より長い。

 観察していると、他の4匹が首をのけ反らせて天を仰いで聞き苦しい声を上げ始めた。あれは鳥の雛が餌をねだるような……。

 そう思っていると、親ドラゴンが顔を近づけてきた。そして、でかい口を開けると、喉が波打つように動いて、次の瞬間、何かが吐き出された。ドシャッと仔ドラの前にぶちまけられたのは消化途中の肉。まだかろうじて生前の姿が残っている。ブタかと思ったけど、どう見ても二足歩行だよね、こいつ。

 仔ドラたちは互いを蹴り飛ばして我先に群がる。これがドラゴンの給餌行為か。

 などと悠長に構えていたら、猛烈な空腹が襲ってきた。

 う……あんなの食いたくない。しかし、このまま何も食べないと確実に死ぬ。

 ボクは意を決して

 しかし、離れていたせいでいい場所は奪われていた。体格がいいヤツが一番いい場所――ブタの腹を確保し、足、背中、尻も取られてしまった。近づこうとしても追い払われ、仕方なく、残った頭に近づく。

 近くで見ると、ますますブタだ。沖縄だと頭まるごと使う料理があるらしいけど、こいつは妙に人間っぽい感じで食欲をそそられない。

 まずはいい感じに溶けた耳。

 ミミガーなら沖縄土産でもらって食べたことがある。

 う……味がしない。そりゃそうだ。塩も醤油もないんだから。

 ガムのような感じで何度も噛み、飲み下す。ティラノサウルスじゃなくてよかったと真剣に思った。あの貧弱な二本の指じゃ肉をつかんで引き裂けなかっただろう。

 ただ、他の仔ドラは前肢が短く、手でつかんで食べるなんてことは出来ない。鼻面を肉に突っ込んで食っている。

 両耳を食い終わったら空腹はおさまった。しかし、他の仔ドラは臓物も平らげる勢いで食べ続けていた。

 もういいや。ボクはそう考えてその場から離れた。

 後から考えれば、この時の行動がマズかったんだけど、その時は考えもしなかった。

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