彼女の太股で首を絞められたいと思うのは(ドラゴンの)本能です

神代創

第1部

プロローグ

 彼女、津久野雅つくのみやびが近づいてくるのを、ボクは固唾を飲んで見守っていた。

 最後に会ってから、ボクの主観的な感覚では10年以上たっているような気がするけど、実際には……2年? いや、1年かもしれない。その間、ボクはずいぶん変わったけど、彼女はまったく変わっていない。

 彼女の姿は見慣れた制服じゃなくて、甲冑を身にまとっていた。中世ヨーロッパにあったような騎士じゃなくて、ラノベの挿絵とかアニメであるような革と金属を合わせたようなデザインだ。

 利き腕と胸、胴体、それに膝を重点的に守っている。足はキュロットスカートか短パンのようなもので、おかげで素肌が見えている。

 あの健康的に引き締まった、それでいて適度に弾力を見せるお尻! さらにはそれを支える太股!

 あれが背中に乗って、ボクの首筋をグイッと締めるのを想像するだけで気を失ってしまいそうだ。まして、現実になったらその場でしゃがみ込んで叫び出すかもしれない。

 それくらい彼女の下半身は理想的だった。上半身は言うまでもない。跨がった状態で前屈みになって胸が首に密着したらそれこそ飛んでしまうだろう。胸当てをしているのでシャツとブラジャーよりもずいぶん硬いだろうけど。

 しかし、気持ちいいはずだ。

「なあ、みんな?」

 同意を求めて仲間を見たが、全員ボクの考えていることに気づいていたのか、モゾモゾと動いて距離を取っていた。

「なぜだ!? なぜわからない!?」

 ボクは思わず吼えた。おかげで数人が身をすくめて離れていく。

 誰もわかってくれないのか。

 しかし! それでも声を大にして言おう。そんな健康的なおみ足が強調されるようなデザインの甲冑に包まれているのだ。全ボク待望、眼福しかないランドスケープじゃないか。

 そう言っても仲間たちは反応しない。

 ああ、ダメだ。こいつら、まったく理解出来てない目だ。それどころか、さらに引いてるぞ。

 おい、《二股の長き尾》! おまえはボクの話にうなずいてただろ?

 ダメだ。他人の振りして余所見をして二本の尻尾を振っている。

 人間の尻は柔らかくていいって言ってた《青白き爪》!

 くっ……。後肢のでかい爪で地面を蹴って遊んで知らんぷりか。

 ボクと同じように首が細い《翠の広き翼》なら、あの快感をわかってくれるだろ?

 ああ、こいつも用もないのに翼を広げて手入れして知らんぷりだ。

 ボクは思わず前肢で地面を引っ掻いた。

 ホウキを持った掃除夫がヒッと声を上げて飛びのくと、削った地面をホウキで掃く。

 そう、ボクは今ドラゴンをやっている。

 どうしてこうなったのかは、自分でもわからない。

 とにかく、ボク、天音翔あまねかけるはドラゴンなのだった。

 そして、前肢の爪を研ぎ澄ませ、これから一世一代の賭をしようとしていた。

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