転生したらゾンビだった件【前編】
「うっ…」
目を覚まし周囲を見渡す。
そこは見知らぬ部屋だった。
俺はソファーに寝かされていたようだ。
「起きたか?」
声のする方を見ると、そこには薄汚れた黒いスーツを着た20代後半くらいの女性がいた。
女性の髪は金髪で、 腰のあたりまで伸びている。
整った顔立ちでモデル体型の彼女はCGで描かれた美女のようだった。
過去に傷を負ったのだろう、女性の左頬には痛々しい傷の跡がくっきりと残っていた。
絶世の美女を前に、正直めちゃくちゃタイプですと言おうとしたのだが、上手く声を出すことができない。
「お前、やはり…あれか…」
そう言って、金髪女性が机に置かれた手鏡を手に取り、鏡の面を俺の方に向けた。
「あ…、うあああああ!!!」
鏡に映る自分の姿に驚き、思わず悲鳴を上げる。
錆び付いた鏡の向こう側に、成人男性と思われるゾンビが映し出されている。
そのゾンビの顔は青白く、瞳は真っ赤に血走っていた。
生前、俺は大型トラックにはねられ、そのまま帰らぬ人となった。
あの瞬間、俺は願ったんだ。
スライムに転生して世界を救うヒーローになれますようにって…、それなのに…
こんなのあんまりだ。
鏡に映った自分に絶望し、女性の手から手鏡を奪い、鏡を叩き割った。
ばらばらに砕け散った鏡に申し訳ないと思いつつ、ほうきとちり取りを手に取り、目の前にいる女性が踏まないよう、手早く片付ける。
「まだ自我はあるようだな」
掃除する俺の姿を見て、金髪女性が腕を組み言った。
自分の置かれている状況が理解できなかった俺は、何とか口を開き彼女に尋ねる。
「だ…れ…ぇ?」
ゾンビ語がわかるのか、彼女がさらりと答える。
「あぁ、私はイリーナ、グレイスだ。君の名前は?」
「…ぞ…ん、び…」
「ゾンビ?それは名前じゃなくて君の状態のことだろう」
イリーナが呆れた声で言った。
自分の名前がわからない以上、そう答えるしかなかった俺は
「お…ぼ、えて…ない」
と彼女に伝えた。
イリーナがぱっと表情を切り替え、真剣な眼差しで俺の方を見る。
「覚えていないなら、そうだな…。ゾンでどうだ?呼びやすいい名前だろう?」
イリーナが自慢げに言った。
正直、自分の名前なんてどうでもいい。
そう思い、小さく頷く。
きしむ体を動かし、部屋にある小さな窓から外を見た。
窓の向こう、あちらこちらで煙が立ちのぼり、遠くの方では何かが爆発したのだろう、炎が上がっていた。
道路を逆走するように、ゾンビ化した人々がそこらじゅうをさ迷っている。
その光景はまさに地獄絵図のようだと俺は思う。
数時間後には自分も完全にゾンビ化して、窓の向こうにいる人達のように街を彷徨う事になるのかもしれない…。
例えようのない恐怖を感じ、思わずその場にしゃがみこむ。
「大丈夫か?」
イリーナが俺の肩に手をおき言った。
彼女の手を振り払い、イリーナから距離をとる。
「くっ、くる…な…ぁ!!」
今の自分が彼女を襲わないとは限らない。
イリーナが感染しないよう、ここから出て行くべきだと、そう思った。
部屋の扉の方に向かい、扉を塞いでいる洋服箪笥に手を伸ばす。
「ちょっと待て!」
イリーナが叫んだ。
俺はピタリと手を止め、彼女の方へと振り返る。
イリーナが目に涙を浮かべながら銃を構えている。
何か言いたいことがあるのだろう、唇は僅かに震えているようだった。
「いかせ、て…くれ…」
まだゾンビに噛まれていない女性に、このままどこか遠くへ行かせてほしいと伝えた。
イリーナが拳銃を下ろし、
「自我を失う前に自害するつもりか?お前は何もわかってない…」
と言った。
崩れ落ちる様に地面に膝をつき、彼女が話を続ける。
「こんな世界になって、私は両親とたった一人の妹を失った…。
どこに行ってもみんな変わり果てた姿で徘徊しているだけの世界…。
三日三晩、彷徨い続けた私は、自分のように苦しみや恐怖を感じている人はもういない、そうおもって自害しようと銃口を自分の口の中に押し込んだんだ…」
声を震わせながら言葉を発するイリーナに歩み寄り、俺は彼女の頭を優しく撫でた。
イリーナは顔を上げることなく続ける。
「この部屋で銃の引き金を引こうとしたその時…、物陰で倒れているお前を見つけた。 お前はゾンビに噛まれている。だけど、まだ人間だ…。そうだろう?」
すっとイリーナが顔を上げる。
俺は小さく頷き、頬を伝って落ちる彼女の涙を掌で優しく拭った。
こんな世界でなければ、自分がゾンビに噛まれていなければ、彼女を抱き締めていたに違いないと俺は思った。
「っ…!」
突然、激しい頭痛におそわれ、その場に倒れ込む。
頭の中でムカデが這いまわっている様な感覚を覚え、俺は叫ぶ。
薄汚れた床で悶え苦しむ俺を両腕で抱きかかえ、イリーナが言った。
「ゆっくりと、息をするんだ」
彼女に言われた通り、呼吸を整え、ゆっくりと息を吸い、そして吐いた。
朦朧とした意識のなかでも彼女が側にいるのがわかり、その場から離れようと試みる。
二人きり。
閉ざされた部屋の中。
目の前にいる彼女を襲いたくない。
そんな想いも虚しく、俺は意識を失った。
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