転生したらゾンビだった件【後編】
しばらく眠ってしまったのだろう、何者かがドアを叩くような音で目を覚まし、イリーナと目が合う。
彼女はうつむいたまま、心配そうに俺の目を見ていた。
俺が眠っていた間も彼女は体勢を変えることなく、ずっと膝枕をしてくれていたのだろう。後頭部はやわらかなクッションに包まれているようだった。
「だ、だれか…来た…」
イリーナに合図を送るように、扉の方に視線を向ける。
イリーナが首を振り、
「人じゃない、外にいるのはゾンビだけだ」
と眉をひそめた。
こうしている間も、扉を叩く音はやむことなく激しさを増していく。
扉を叩く音と共に扉の前に置かれた洋服箪笥がガタガタと揺れているのを見て、
俺は思わず息を呑んだ。
この部屋から一歩でも外に出れば、その瞬間に襲われてしまうんじゃないかと俺は思思う。
それはイリーナも同じだったようで、次第に彼女の顔色が変わっていく。
「大丈夫。あの扉が開けられることはない。だから、安心しろ…」
自分に言い聞かせるようにイリーナが言った。
扉の向こうでは銃声のような爆発音が絶え間なく鳴り響いている。
もしかしたら、誰かが外にいるゾンビを倒しているのかもしれない。
俺と同じことを思ったのか、イリーナが立ち上がり、扉の向こうにいる人物に呼びかける。
「誰か、そこにいるのか?」
彼女の声に反応するように、ピタリと扉を叩く音が鳴り止む。
その直後、
「ここを開けろ」
と微かに女性の声が聞こえた。
その声を聞き、俺は思わず身震いする。
「大丈夫か?」
イリーナが言った。
扉の向こうから聞こえた声は彼女の声に酷似していた。
イリーナは扉の向こうにいる女の声が聞こえていなかったのだろう、
震える俺を不思議そうな目で見つめるだけだった。
「…君の声に…にてる…」
近くにあった段ボール箱にもたれかかり、扉の方を指さし言った。
「?」
イリーナが苦笑いをして、ゆっくりと口を開く。
「私の声に似てるだと?っ…、まさか…」
「どう…した?」
俺は彼女に尋ねた。
金髪女性が頭をかかえ、声を震わせる。
「私には双子の妹がいる。だけど、あの子は死んだ。この目でちゃんと見たんだ。目の前でゾンビにかまれて…、っ…」
過去に悲惨な光景を目にしたのだろう、 嗚咽を漏らしながらイリーナが泣き崩れた。
「お姉ちゃん、ここを開けて!お願い!」
扉越しにイリーナの話を聞いていたであろう女が叫んだ。
イリーナが首を横に振り、両手で耳を塞ぐ。
「人間のフリをするゾンビを私は沢山見てきた。お前は私の妹なんかじゃない!あの子はっ…ルナはもう死んだんだ!」
人間のフリをするゾンビ…。
その言葉を聞き、俺は目を見開く。
俺はまだ、自分はゾンビになっていないと思っていた。
だけど、違う。
俺はすでにゾンビになっていたんだ。
近くにあったゴミ箱から鏡の破片を取り出し、それで自分の顔を見た。
よく見ると、口の端に肉片のようなものがこびりついている。
微かにする血の味は、自分のものではなく誰かの血なのかもしれない。
一気の血の気が引いていく感覚に襲われ、手に持っていたガラスの破片を床に落とす。
「…」
朦朧とした意識の中、
窓辺で床に膝をつき、耳を塞いでいるイリーナの体をやさしく抱きしめた。
「大丈夫」
俺の言葉に安心したのか
「ゾン…。私は、どうすればいい?」
と彼女が俺の胸に顔をうずめる。
俺は微かに痙攣する唇を何とか動かし、
「拳銃を…、渡して…くれ…」
と彼女に言い、この部屋の扉を開けるよう指示を出した。
イリーナはゆっくり頷き、自身の拳銃を俺に手渡す。
そのまま彼女は扉の方へと向かい、扉をふさいでいた洋服箪笥を力いっぱい押し始める。
バンという音と共に、無防備になった部屋の扉が開かれ、
上半身が裸のゾンビがケタケタと笑いながら部屋の中へと入って来たその時、
イリーナが叫んだ。
「撃て!」
俺は扉の向こうに立つゾンビに向かい、拳銃の引き金を引いた。
撃った銃弾がゾンビの額を貫き、女がその場に倒れ込む。
ゾンビ化した女性はイリーナの妹ではなく、見知らぬ女子高生のようだった。
セーラー服のスカートだけを身に纏っていた彼女は、もはや人ではなく
人の姿をした何かに思えた。
静まり返る部屋の中。
子供のように泣きじゃくるスーツ姿の女性は、とても弱く、脆く見えた。
強く見えていたイリーナは仮の姿で、今の姿が本当の彼女なのだと俺は思った。
この世に未練があるとすれば、それは自分が人間に戻ることではなく、イリーナと共に人生を歩めなかったということだろうと俺は思う。
イリーナと過ごした時間は短いけど、俺は彼女を愛している。
だからこそ、この選択をするのだと。
そう自分に言い聞かせ、手に持っていた拳銃をこめかみに当て、
引き金を引いた。
真っ暗な静寂の中、誰の声が聞こえた。
何を言っているかはわからない。
それでも、優しく愛情に満ちた声だとそう思った。
重い瞼を開け、自分の手のひらを見る。
赤ん坊のように小さな手のひらを見て、自分は誰かの子供に生まれ変わったのだと悟った。
ベビーベッドに寝かされた体を起こそうと手足をバタつかせる。
「あらあら、どうしたの?ママはここにいますよー」
知らない女性が俺を抱きかかえ言った。
白いワンピースを身に纏った金髪の女性の左頬には大きな傷跡が薄らと見える。
その傷跡に手を伸ばし、彼女の頬を優しく撫でた。
それに応えるかのように、彼女が俺の額にキスをする。
ゆっくりとした時間が流れる中、
微笑みながら女性が言った。
「パパにそっくり。そのまま、優しい子に育ってね…」
「世にも奇妙な短編集」 お布団 @ohutonkun
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