謎の儀式

「ふぅ……」

今日もなんとか乗り切ったな。

俺がバイトをしているコンビニは、この辺りでは一番大きな店舗で、客足が多い。

そのため、レジに立っているだけでも結構疲れるのだ。

まあ、その分給料は高いから文句はないが……というか、今月は欲しいゲームがあるから頑張らないとな。

そんなことを考えながら家路を歩いていると、

「ん?」

見覚えのある姿が目に入った。

「神崎さん!こんなところで何してるの?」

彼女は神崎美鈴。 俺の通う高校の同級生だ。

厚手の白いコートを身に纏った彼女はモデルのようにスラリとした体型で、顔はめちゃくちゃ可愛い。

腰辺りまで伸びた黒髪はサラサラで、風が吹くたびに綺麗になびいていた。

彼女とは同じクラスだが、あまり話したことはない。

俺は彼女のことが密かに気になっているのだが、なかなか話す機会がないのだ。

神崎は恥ずかしそうにうつむき答える。

「あっ、えっと…お散歩して、今から帰るところ」

「そっかー、もう暗いし女の子1人じゃ危ないから家まで送るよ」

「大丈夫…」

「遠慮しないで」

これはチャンスかもしれない。

ここで距離を縮めておけば……!!

そう思いながら俺は半ば強引に彼女を家まで送ることにした。

彼女の自宅はこじんまりとした一軒家だった。

家には誰もいないのだろう、明かりはついていない。

玄関の鍵を開け、彼女が扉を開く。

「一緒に入って…」

彼女が俺の手を引き、家の中へと入る。

神崎はそのまま玄関の扉を閉め、家の鍵をかけた。

神崎が慣れた手つきで、玄関の明かりをつける。

暗闇から解放されたように視界が明るくなった。

「村上くん」

神崎が俺の名前を呼んだ。

普段は大人しい彼女も本当はそうじゃないのかもしれないと俺は思う。

同級生とはいえ、誰もいない自宅に異性を招き入れるなんて…。

もしかしたら神崎は男遊びが激しいのかも…。

まぁ、かわいいし、モテない方がおかしい。

きっと、俺以外の男子にも好意を持たれているに違いない、そう思った。

「もう大丈夫そうだし、俺、帰るよ…」

玄関の鍵を開けようとしたその時、神崎が後ろから抱きついてきた。

「待って、お願い…」

神崎の方に振り返り、彼女に視線を合わせた。

くりっとした丸い瞳で俺を見つめる少女は小動物のようだと俺は思う。

小さな唇を震わせながら、神崎が口を開く。

「両親は出張でいないから、今は独りなの…。寂しいから、今だけでも側にいて、お願い…」

「…その、なんていうか、俺以外の奴にも同じこと言ってるんじゃないのか?」

「言ってない!私は村上くんだから言ってるの」

「…」

突然、神崎の携帯が鳴った。

携帯の画面をタップし、神崎が通話に出る。

「もしもし。はい…、わかりました」

義務的な口調で話す彼女の表情は暗く、携帯を持つ手は震えていた。

一通りの会話を終え、神崎が通話を切る。

「誰から?」

少女に尋ねた。

「お父さん…」と彼女が答えた。

「何か言われたのか?」

「どうして、そう思うの?」

「何か、落ち込んでるように見えたから…」

「…ここで待ってて」

神崎が長い黒髪をなびかせながら、リビングの方に向かって歩いていく。

彼女の言う通り、俺は玄関の段差に腰を下ろすことにした。

「ふぅ…」

バイト終わりだし、疲れが溜まっているのだろう。

身体中に重りをつけているように感じる。

母子家庭である俺の家は、俺と母の二人暮らしで母親は会社の寮で寝泊まりしているから、ほとんど家に帰ってこない。

明日は学校もバイトも休みだから、ここでゆっくりするのも悪くないかも、

なんて思った。

「村上くん」

背後から彼女の声が聞こえた。

「なんだ?」

声の方に振り返るも誰の姿もない。

重い腰を上げ、玄関で靴を脱ぎ、廊下を歩き、リビングに足を踏み入れる。

「神崎?」

家具や物が一切置かれていない部屋の真ん中、巫女のような恰好をした神崎が俺の方に体を向け、正座をしている。

「村上くん、私の前に座って」

前方を指差し神崎が言った。

「?」

不思議に思いながらも、彼女に言われた通り、指示された場所に腰を下ろした。

長い沈黙。

それは嫌な静けさではなく、むしろ心地良いものに思えた。

「目を閉じて…」

神崎の声に導かれるように瞼がゆっくりと閉じていく。

「何が見える?」

少女が訊ねた。

「何も見えない」

俺は正直に答えた。

瞼を閉じた世界は真っ暗で、何一つ視界に入ってこない。

「今から言う言葉を繰り返して…」

神崎がささやくように言った。

彼女の声に背中を押され、俺は口を開く。

「分かった」

少しの沈黙の後、彼女が言った。

「タマシイ」

彼女の声を追うように、同じ言葉を発する。

「タマシイ」

「マツバショ」

「マツバショ」

「ミチビクアカイ」

「ミチビクアカイ」

「イトヲタドル」

「イトヲタドル」

今まで感じたことのない高揚感を感じ、呼吸が荒くなっていく。

「目を開いて…」

神崎が俺の頬に触れ言った。

パッと目を見開く。

廃ビルの屋上と思われる場所に俺は立っていた。

目の前には神崎はおろか誰の姿もない。

冷たい風が頬を撫で、思わず身震いする。

真っ暗な空には点在するように小さな光がポツポツと見えた。

ドアが開く音と共に誰かが屋上に入って来た。

「誰だ!?」

振り返り、扉の方に目を向ける。

肩まで伸びた黒髪の美少女。

神崎と思われる少女が俺の方に駆け寄り、優しく微笑みかける。

「私の夢の中へようこそ」




神崎の自宅リビング。

少女が意識を失った青年の頬を撫でながら、携帯を片手に近くの病院に電話をかける。

しばらくして、救急車が到着し、村上は担架で車内へと運び込まれた。

病院に運び込まれた村上は目を開くことはなく、意識を失ったままベッドの上で息をしているだけだった。

病院の個室。

意識を失った青年の母親であろう女性が目に涙を浮かべ言った。

「あなた…。春斗が急に意識を失って倒れたって、本当なの?」

女性に向かって小さく頷き、神崎が優しく語りかける。

「きっと大丈夫。彼はただ、夢を見ているだけだから…」

その言葉の真意を理解することなく、女性は涙を拭い頷いた。

謎の症状で倒れてしまった息子の意識がどこにあるのか、彼女は知る由もない。


その日の夜。

神崎は自室のベッドの上で仰向けになり、そっと目を閉じた。

やがて、少女は深い眠りに落ちていく。

夢の中で愛する人と会えたのだろう。

神崎は微笑み、頬を赤らめるのだった。







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