夢の中の少女

ある朝のことだ。

「……う、ん」

ベッドの上で、俺は目を覚ました。

窓の外はまだ薄暗い。

時計を見ると、時刻は午前五時半だった。

「……ふわぁ~あ……」

大きなあくびを一つして、俺は体を起こそうとする。

と――その時だ。

自分の体の異変に気付いたのは。

何だ? 体がやけに重い…。

まるで、何かが上に乗っているような感じ……。

……まさか、泥棒!?

「泥棒なんてひどい!」

女の声に起こされるように、パッと目を見開く。

長い黒髪に真っ黒な瞳、

清楚系委員長のような外見をした少女が自分の身体の上に跨っていた。

年齢は17歳くらいだろうか…?

少女は自分と同級生だとしてもおかしくない風貌だった。

制服姿だが俺が通っている高校の制服じゃない。

おそらく他校の制服だろう。

しかし、この状況は…。

(はあ…、そうか、これは夢か…。)

俺は心の中でつぶやく。

そして、目の前の光景を否定するように、俺はもう一度目を閉じた。

「そう、これは夢…、現実なわけないでしょ、この馬鹿」

「んなっ!」

謎の少女の言葉につい反応してしまった。

って、、え? さっき夢かって…、もしかして、この女、俺の心を読んだのか?

「当たり前じゃない。夢なんだから」

ふっ…。 そうだよな、こんな状況、現実じゃありえないし、

ラブコメの主人公って感じだ。ばかばかしい。

俺は心の中でため息をつく。

PPPPPP。

目覚まし時計の電子音で目が覚め、 上半身を起こそうとした、その時。

「いった!!」

ごつんと鈍い音が鳴った。

「ちょっと、あんた、どんだけ石頭なの?」

自分がいるベットの上、夢で見た少女が自分に跨り、

頭をかかえて暴言をはいている。

ゆっくりと上半身を起こし、暴言女の方に目を向けた。

間違いない、夢の中にいた少女が目の前にいる。

PPPPPP。

とりあえず目覚ましのアラームを止めよう、話はそれからだ。

ピッ。

アラームの停止ボタンを押した。

目覚まし時計が大人しくなった。

もう学校に行く支度をしないといけないのに、制服姿で跨る少女は

俺の上に乗ったまま、動く気配はない。

「…なんでだよ」

俺は少女に尋ねた。

「何が?」

「何がっておかしいだろ。お前、夢だって言ってたのに、

俺はこの通り、もう起きてる」

「おはよう!」

「あぁ、おはよう」っていやいやそうじゃなくて。

「今は現実?それとも夢?どっちなんだ?」

「夢ってなんだろうね」

「はぁ?」

「私が現実って言ったら、今は夢じゃなくなる?」

「はぁ…」

これは、めんどくさいことになりそうだ。

今が現実か夢か確かめる方法…。

テンプレだが仕方ない。

ぎゅー!!!

「いっ!!」

試しに黒髪少女の頬をつねってみた。

少女の反応を見るに、どうやら今は夢じゃないらしい。

パンッ!

「自分の頬で確かめろ!ばか!」

「っ…、いたい…」

彼女のビンタで俺は確信する。

今は夢じゃない…たぶん。

「悪かった…」

「へ?」

「さっきの頭突きとか痛かっただろ?」

「もう1回平手打ちをさせて…?」

「それはいっ」

ばっちーん!!!

嫌だと言う前に、少女の平手打ちがさく裂した。

「これでおあいこ」

「ふっ…いいだろう! これでお前ともおさらばだ!

こんなの夢に決まってる。 おやすみ!」

「待って!あんたが眠ったら、私が消えてしまうかもしれない」

「…どういう意味だ?」

黒髪の少女が跳び箱の上を移動するように、体勢をととのえながら話す。

「私はあんたの夢の中にいた…。 なのに、今こうして現実になってる」

「あのなぁ、、。夢が現実になるなんて、そんな馬鹿げたこと…」

ガチャ。

「たけし!いつまで寝て…!」

「……」

「……」

沈黙。

俺の部屋の扉の前、おふくろが固まっている。

知らない少女が息子と一緒にいるだけじゃなく、二人まとめてベッドの上にいるんだから無理もない。

しかし、この反応…。俺だけじゃなく、おふくろにも黒髪少女の姿が見えてるのか…?

いや、そんなはずない。

だけど、おふくろは硬直して口を開けている。

黒髪少女が言ってたことが本当なら、これは現実…。

おそらく、おふくろには彼女の姿は見えていない。

ここは、普通に振る舞え俺!

「おはよう。今、起きるとこだけど?」

「あんた、、女の子を部屋に連れ込むなんて、相手の親御さんに何て言えば…」

うんうん、そうなるよな。

完全に見えてるよ、これ。

ベッドの上で男女が向かい合わせに座ってるんだ、そりゃ勘違いされてもおかしくない。

「おふくろ、これは…」

俺の声をかき消すように少女が口を開いた。

「おばさま、わた…いや、僕は女じゃありません!!!」

まてまてまてまて!これ以上、事をややこしくするな。

「おふくろ、こいつの話は聞かなくていい」

制止する俺を横目に少女が言った。

「おばさま!僕は男で、たけしくんの友達です!昨晩は行く所がなくここへ…。

それで、女子高生のコスプレをして寝起きドッキリしようと思っていたら、こんなことに…」

「あ、あぁ、そういうこと…。 もう!びっくりさせないでちょうだい。

あなた、名前は?」

「ゆめおです」

「ゆめおくん…。あなた、、どこかで見た気がするんだけど…、会ったことあったかしら?」

おふくろの騙されやすさに頭をかかえながら、しばし茶番につきあう事にする。

「おばさま、誰かと勘違いしてます。お互い初対面ですよ?」

「そう…よね。ゆめおくん、両親には連絡してあるの?」

「あ、まだ…。でも、後でちゃんと連絡します」

「そう…、それなら大丈夫ね。ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます!」

「たけし!私はこれから仕事に行ってくるから、家の戸締りよろしくね」

「あ、ああ…、わかった」

ばたん。

部屋のドアが閉まる。

いやいやいやいやいや。 納得するんかい!

まぁ、なにはともあれ、危機は脱したわけだが…。

「なにがゆめおだ…」

「よろしくね、たけしくん」

「はぁ…」

まじまじと黒髪少女の顔を見つめる。

顔は完全に女だが…、胸が小さい。

なるほど これなら男と間違われてもおかしくはない。

「ちょっと!どこみてんのよ」

「いや、胸が小さくてよかっ」

ばちーん。

「いってー!何すんだ、このっ…て…」

突然、ゆめおがグスグスと泣きはじめた。

俺がいきなり怒鳴り声をあげたから、びっくりさせたのかもしれない。

「怒鳴って悪かった…」

「…そうじゃない。嬉しんだよ」

「嬉しい?」

「うん、だって、こうして今ここにいる。それが嬉しくて…」

「俺の夢から現実世界に出てこられたことが、そんなに嬉しいのか?」

「うん!」

満面の笑みをうかべ、ゆめおが顔を近づけてくる。

まつ毛が長いし、正直、めちゃくちゃ美人だ。

しかし、こいつは夢の中の幻のようなもので、

なんというか、好きになっちゃいけないような…そんな気がする。

「近い…」

「だまって」

キスでもする気か、この大馬鹿者! と、俺は心の中で叫ぶ。

自分でも分かるくらい、心臓の脈がはやくなっていく。

こつん。

ゆめおの額と俺の額が合わさった。

「大丈夫?」

「なっ…何が?」

「熱がある…」

「っ…」

俺はゆめおの両肩をつかみ、自分の額からゆめおを引き離した。

このままだと、どうにかなりそうだ。

「どうしたの?」

ゆめおがきょとんとした顔で言った。

「…なんでもない」

俺は平静を装った。

「ねぇ、知ってる?夢ってさ、自分が見たこと、体験したこと、その一部分が繋がり合って1つの夢になるんだって…」

「そうか…、それなら、俺たちは顔見知りってことになるけど?」

「ううん、あなたとは直接会ったことない。きっと間接的に会ってる。

多分…、昔、テレビか何かで見たはず…。思い出して…」

俺は幼い頃の記憶の蓋を開けていく。

時々夢にみる悪夢のようなもの…。きっとそれは、悪夢なんかじゃない。

現実で起こったことなのだろう。

無意識に体が震えはじめる。

「…テレビで見たんじゃない…。俺とあんたは実際に会ってる…」

「!!」

ゆめおが驚いた顔をして、俺の顔をのぞきこんだ。

「そう、なの…?私は全く覚えてない」

「あの時、あんたは俺に気付いてなかった。覚えてないのも無理ないよ…」

俺がまだ小学生になったばかりの頃、テレビのニュースでゆめおを見た。

黒髪の女子高生が行方不明になった事件、俺とおふくろはリビングでそのニュースを見ていた。

それから間もなく、その少女は連続殺人犯に殺された。

少女が殺される前、その犯行現場に俺は迷い込み、偶然、それを目にしていた。

トラウマのような記憶から自分を守る為に、俺は無意識に

それを思いださないようにしていたのかもしれない…。

誰も立ち入らない納屋の中。

手足を縛られ、口にはガムテープがまかれていた女子高生。

事件当時、女子高生だったゆめおは死なない程度に犯人から暴行を受け、最後は胸を刺されて…死んだ。

その犯行現場に俺はいた。

まだ幼かった俺は、そこで確かに見ていたんだ。

犯行の目撃者は俺一人だけだった。

当時、小学生1年生だった俺は、偶然通りかかった納屋の窓の隙間から見てたんだ。

ゆめおが殺される瞬間を…。

納屋の外、犯人と目が合ってしまった俺は、怖くなって逃げだした。

行方不明の女子高生が殺されたニュースを見た時、

この人は あの女の人じゃない。

そう自分に言い聞かせて、 誰にも言わないまま…、俺は高校生になった。

さっき、 おふくろがゆめおに会った事があるか尋ねたのも、

ニュースで彼女を見たからだろう。

頭の底にある記憶を強引に引きずり出し、俺は自分の罪と向きあうことを決心する。

今、俺の目の前にいるのは…。

「橋本 夢子…」

「…どうして、私の名前、知ってるの…?」

「ごめん…俺、最低だよな…」

「?」

「見てたんだ。あんたが犯人に殺される時、俺もそこにいた…。

納屋の外で犯人と目が合って、逃げたんだよ…こわくなって、あんたを助けずに逃げたんだ」

「そう…、良かった…」

「えっ?」

「逃げてなかったら、あなたも私と同じように殺されてたと思う…、だから、よかった」

夢子は心の底から安堵しているのだろう、彼女は優しい目で俺を見つめていた。

俺には、それがとても心苦しく、悲しく思えた。

俺に助けられることなく、あんな酷い目にあったっていうのに…、

どうして、俺を責めないんだ…。

「!?っなに?どうしたの?」

気付いた時には夢子を抱きしめていた。

あの時、逃げてしまったこと。

彼女を助けられなかったこと。

色々な感情が込み上げて泣きそうになる。

泣きたいのは、彼女の方なのに…。

夢子を殺した犯人は彼女を殺した後、別の女性を狙い、そして、現行犯逮捕された。

警察の手によって様々な悪事が暴かれ、最終的に犯人は終身刑となった。

そして、奴は今も牢屋の中にいる。

「奴は終身刑になって、今も留置所にいる」

「……」

俺の言葉に夢子は口を閉ざす。

無理もない。殺したいほど憎い相手が死刑にならず終身刑だなんて、

納得できるはずがない。

それでも夢子は 「楽にならず。自分の罪を背負いながら生きるべき」

そう言うのだった。

俺の夢が現実化し、夢子が実体化した仕組みは分からない。

仮に理由があるとすれば、この世ににまだ未練があるからなのだと

俺は思う。

犯人はどうなったのか、他の被害者の安否、家族や友人のこと。

知りたいことは沢山あったに違いない。

「少しだけ待っててもらっていい?」

夢子が俺に尋ねた。

「誰かに会いに行くのか?」

「ううん、会わない。ただ、お父さんとお母さんに手紙を書きたい…、いい?」

「ああ、もちろん。渡しにいけないのなら、俺が二人に手渡すよ」

「いいの?」

「あぁ…」

俺があの時、夢子を助けていれば、夢子の両親は最愛の娘を亡くすことなく、今も仲良く暮らしていたと思う。

少しでも、夢子や彼女の両親の力になれるなら、

俺は何だってやりたい、そう思った。

しばらくして、夢子が手紙を書き終えたのか、筆をおいた。

「これ…生前の私が書いた手紙ってことにしておいて…。そうすれば、きっと両親は信じてくれると思う」

「…わかった」

学校に休みの連絡をいれた俺は、夢子が書いた手紙を受け取り、家を後にして駅に向かった。

遠くへはいけないのだろう、夢子は俺の部屋で待っていると言い、一緒に来ることはなかった。

駅から電車に乗り、電車に揺られること一時間半、夢子に教えてもらった住所に辿りついた。

小さな一軒家。

あまり手入れされていない庭が、殺人事件による悲しみを物語っているようだった。

震える指でインターホンを押す。

ピンポーン。

「はい…」

消え入りそうな女性の声に心が痛んだ。

「突然、すみません。その…、夢子さんの友人の大原です。

ご両親に手渡したいものがあるので、少しだけいいですか?」

長い沈黙の後、インターホンのスピーカーから返事が聞こえた。

「はい…」

ガチャ。

ゆっくりと玄関の扉が開き、小柄の女性が顔を出す。

髪は真っ白で伏せめがちな女性の姿を見て、胸が痛んだ。

彼女のすぐ後ろに夫であるであろう黒ぶち眼鏡をかけた白髪の男性がたっている。

妻の肩を抱きながら、その男性が俺に視線を移し尋ねた。

「どなたかな…?」

その声は優しく、張りつめていた心の糸をほどいていくようだった。

「あの、初めまして…。 僕は夢子さんの友人の、大原という者です。

夢子さんが生前に書いた手紙を預かっていたんですけど…、

ずっと渡せなくて…」

「っ…」

突然、女性が泣き崩れた。

その姿を見て、無意識に両目から涙がこぼれ落ちていく。

止める事ができない。

駄目だ…、言葉が出てこない。

「俺は…、あの…、怖くなって逃げたんです。あの時…」

俺は夢子の両親に全てを話した。

自分が犯行現場にいたこと。

それなのに、何も出来ずに逃げたこと。

謝っても謝りきれないこと。

事の真相を二人は黙って聞いていた。

人通りの少ない静かな住宅街。

女性のすすり泣く声だけが周囲に響きわたる。

「あの…、この手紙を…受け取ってもらえませんか…?」

なんとか言葉を絞りだし、手に持っていた夢子の手紙を彼女の父親に手渡した。

戸惑う二人に深くお辞儀をした後、俺は振り返ることなく、その場を後にする。

去り際に後ろから「ありがとう」という言葉が聞こえた気がした。

俺はお礼を言われるような、そんな人間じゃない。

それでも、その言葉が心の傷を癒していくのがわかった。

何度拭っても、涙がとめどなく溢れ出してくる。

俺は電車に乗り込み、カバンで顔を隠すようにうずくまった。

悲しくて、ただただ悔しい想いが込み上げてくる。

「…夢子、ごめん…」

そうつぶやき、きつく目を閉じた。


電車から降り、自宅へと帰る途中、

時間が気になり、スマホの画面を見た。

あれから三時間以上は経っている。

夢子は…まだいるよな?

俺の嫌な予感は当たっていた。

自宅に戻っても、夢子の姿はどこにもなく、

ただ部屋のカーテンが風になびいてるだけだった。

「夢子!」

名前を呼んでも、どこを探しても、彼女の姿は見えない。

「そんな…」

疲れたのか、強烈な眠気が襲ってくる。

「く…そ…」 抗うことも出来ず、俺は目の前のベッドに倒れ込んだ。

夢子に会いたい。

そう強く願いながら、俺は深い眠りに落ちていった。


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