ホワイトデーをモテ男の財布に天罰を下す日だと主張

 


 寝る前には居たはずの街の景色が無くなり、しかも変わった景色が動き続けているのを見ること暫く、何度か手で目を拭う。


 それでも、動く景色は変わらない。

 寝惚けている訳では無いようだ。


 昨日、一体何があったんだ。


 よしっ、もう一回寝よ!




「…きろ」

「あん?」

「起きろ」


 目を開けるとそこには信者一号ベルク。


「着いたぞ」

「着いた? どこに?」

「第八前線城塞都市、元アルベーム王国首都アルベームだ」


 寝惚けた頭で思い返す。

 あの光景は夢ではなく、本当に移動していたらしい。


「なんで移動したんだ?」

「何故って、決まっているだろう。邪竜が討伐されたからだ。グラムジークには人類屈指の戦力が邪竜を抑えるために拘束されていた。そんな精鋭を遊ばせておく余裕なんて人類にない。だから街の大部分を片付けて街の九割が魔王軍との戦いの前線の街に移動したんだ」


 外に出て周囲を見てみると、とんでもない数の馬車を始めとした乗り物が、中には浮いている建造物群があった。

 馬車?の上にも建物が乗っかったりしていて、全体で見れば街が移動しているかのようだ。

 いや、実際に街の大部分が物理的に小分けして移動したのだろう。

 異世界の街、バラして移動できるようだ。


 外に出て振り返って見ると、ここも泊まっているホテルだった。

 このホテルも丸ごと移動していたらしい。

 通りで内部に違和感が無いと思っていたら、眠っていた場所自体は変わり無かったようだ。


 下手をすれば、これまでで一番ファンタジーな光景かも知れない。


「この世界の街はこんな風に全部移動できるのか?」

「いや、グラムジークが特殊なだけだな。常に破壊される脅威に曝され、かつその脅威を抑える為の都市だ。だから他の街でパーツを組み立ててすぐさま修繕出来るように設計された。移動できるのはグラムジークが動く為じゃなくて、移動させてきた建造物で構成されていたからだな」

「なるほどな」


 流石に全部が全部こんな仕様では無いようだ。

 しかし一つの街だけでもこんなことが出来るなんて十分過ぎるファンタジーだ。

 地上で運ぶのなら兎も角、浮かして移動するなんて地球では出来ないだろう。出来るようになるのはSFの時代が到来した頃だ。地球自体がファンタジーじみないと出来ない。


「というか、戦力の移動でこのホテルまで移動するんだな」

「御婆様が居るからな」


 そう言えば街で一番強かった。


 婆さんって一体何者?


 精鋭が揃う街で最強って。


 いやでも、よくよく考えると婆さん以外全員不甲斐無かったな。

 俺の信者が街の中では優秀な方だったし。

 実は自分達が精鋭だって自称しているだけか?


 まあ、到着した新しい街を見ていれば分かるだろう。

 婆さんが強いのは確かだったし、俺が導いた信者が強いのも俺のカリスマ力のおかげである可能性がある。

 街の連中が弱そうに見えたのも、俺が優れ過ぎているだけかも知れないからな。


「ところで、何で俺まで移動したんだ? 普通、せめて一声くらいかけないか?」

「昨日、お前が俺に任せろって言ったんだろう?」


 酔っていたので定かではないが、そんな事も言った気がする。


「しかし、任せろの一言でこんな大移動に付き合わすか普通?」

「一秒の遅れが人の死に関わるんだから仕方が無いだろう。それに、街に残っていても何も無いんだぞ? 九割近くが移動したんだからな。残りの人員も引き継ぎをしたらこっちに来るし、そのまま街にいたら野宿するのと変わらない。一緒に運ばない方が不親切だ」

「それは確かに」


 パーキングエリアで置き去りにされる並に酷いかも知れない。

 あそこ、かなりの辺境に在ったらしいし。


「じゃあ、女神様も?」

「ああ、勿論一緒に移動している。先に起きて食堂に行ったぞ? それにしても、何で女神様って呼んでいるんだ?」

「女神様は女神様だからだ」

「…そうか。確かに美しいしな」


 俺も食堂に向かうとしよう。



 食堂まで降りると、そこには豪華な朝食を、いやもう昼食か。

 昼食を食べている女神様がいた。


「おはよう女神様!」

「おはようございます」

「今日も美しい!」

「当然です。褒めてもモヤシしか出ませんよ」


 豪華な昼食の内、明らかにお安いモヤシ炒めをくれた。

 しかし値段など関係ない。大切なのは気持ちだ。


「いただきます! さて、他に何を頼もうか」


 女神様からのプレゼントだったら何でも嬉しい。

 ただ、朝食兼昼食には物足りないので、追加が必要だ。


 メニューを広げる。


 相変わらず文字が読めん!


「おい、あの料理はお前の分も含まれているぞ。昨日のお礼だ」

「何だ、そうだったのか」


 クククッ、女神様と間接キッスの大チャンス。


「じゃあ遠慮なく」


 料理に手を伸ばすと皿が消えた。


「これは下賜した覚えはありません。貴方のはそのモヤシ炒めです」

「いや、でもその料理は二人分…」

「ええ、貴方の分も含まれていました。そのモヤシ炒めです」

「……」


 他の料理をくれる気は一切無いらしい。

 金銀財宝だけでなく食べ物までも分けてくれないとは。


「魂胆が見え見えです」


 いや、間接キスが出来ると考えていた事がバレていたようだ。

 良い作戦だと思ったのだが、思ったのがそもそもの間違いだったらしい。


 こうなったら、食後に食器をさり気なく回収するしかないか。


「ふんっ!」

「ぐぼっあっ!!」

「そこまで欲しいのなら、ナイフを差し上げます」


 喉にナイフがクリーンヒット。


 刺さることは無かったが、大きく弾き飛ばされる。

 気が付けばホテルの外、草原にまで転がってしまった。


 しかし女神様の使用済みナイフはゲットした。

 口に運ぶのに使っていないにしても、これで素敵な昼食を味わえる。


「……“神刀滅却”」


 そんな感情が漏れてしまったのか、女神様からナイフのお替りが来た。

 狙いは俺、というよりと女神様使用済みナイフ。

 破壊するつもりらしい。


 早すぎて避けるのは間に合わない。


 ナイフに魔力を通して強度を上げる。

 害獣駆除時に見たものの見様見真似だが、これしか方法は思い付かない。

 何とかやり遂げるしかあるまい。



「うぉおおおおっっ!!」


 純白の光を放ちながら空間を切り裂くお替りナイフに、魔力を込めた結果激しく金色に発光した使用済みナイフ、その光同士が接触した。


 途端、激しい衝撃波が発生する。

 服が一瞬で細切れになり吹き飛んだ。

 そして俺自身も激しく飛ばされる。


 しかし使用済みナイフは何とか無事だ。

 ただお替りナイフと使用済みナイフは衝突を続け、勢いは留まる事を知らない。

 まだまだ前哨戦。


 激しく飛ばされ続けながらナイフを強化し続ける。

 地を刳り山すらも砕き、害獣の群れやらを轢きながら抵抗する事しばらく、お替りナイフが塵になり消えた。

 ナイフの強度が耐えられなかったらしい。


 一方、使用済みお宝ナイフは無事。


 俺は勝った。


「よっしゃー!!」


 代償としてホテルから俺まで一直線、二十キロ程の間には何も無くなっているが、些細な問題だ。


 さて、魔力の光を消して感動のご対面。


「ああっ!!」


 使用済みお宝ナイフは、塵になって消えた。

 強化によって辛うじて形を保っていたらしい。


 とんでもない悲劇だ。



 《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 アクティブスキル〈短刀術〉〈魔力強化〉を獲得しました。

 〈短刀術〉〈魔力強化〉のレベルが1から10に上昇しました。

 〈短刀術〉のレベルが上限に達した事により短刀術スキルが派生しました。

 短刀術スキル〈聖短刀術〉〈神短刀術〉を獲得しました》



 何か色々とスキルを得たようだが、そんな事を喜べる気分にはなれない。


 一直線に破壊された事で、割と歩きやすい道をとぼとぼと歩きながらホテルを目指す。


『ゆ、勇者軍め、よくも我が軍勢を、あぎぃぁっっ!!』

『あれだけの攻撃、もう余裕はない筈、くばぁっっ!!』

『我らは第一陣、我らの背後には十万の魔王軍第三師団がぁっっ!!』


 山を破壊してしまったからか、害獣が騒がしい。


 しかし、むしゃくしゃした気分の俺にはちょうど良い。

 ストレス発散にはピッタリだ。


 と思ったが、数が多くて煩わしい。


 背後からは隕石のような火の玉や高密度の黒いエネルギー弾が飛んできたりして、非常に煩い。

 辺りがあっという間に融解し蒸発し、歩き難く視界も悪くなった。


 ……どうしても俺に喧嘩を売りたいようだな。

 良いだろう、言い値で買い占めてやる……。


「ふんっ!」


 飛んで来た火球を掴むと、魔力を倍以上込めて投げ返した。


 返却地点を中心に、半径二キロ程度の範囲が灼熱の地獄に変わる。害獣共は結界を張ったようだが一秒も持たずに砕け散り、害獣は跡形もなくこの世から姿を消した。

 草どころか地面も表面はきれいに蒸発し、残るのは融け抉られた灼熱の大地のみ。


 しかし害獣の群れはまだまだ減らず、俺に襲いかかってくる。


 どこから湧いてきたのだろうと不思議になるくらい多い。

 住処を刺激したにしては多過ぎる。

 かなり広範囲から集まって来ているようだ。

 種類もかなり多い。


 そんな害獣達も、多少は考える脳を持っているようで、火属性の魔法は俺に効かないと判断したのか、違う属性の攻撃を、それも複数同時に放って来た。


 冷気のレーザーが、収束した雷が、重力の塊が、風の刃が、エネルギーを奪うなにかが、兎も角多種多様な攻撃が俺に迫る。


「ふんっ!」


 それらを俺は魔力を込めた腕で払う。

 すると真っ直ぐは返す事が出来なかったが、弾き飛ばされた種々の攻撃が周囲を蹂躙する。


 多少知恵があったところで、害獣如きに害される俺ではない。

 害獣共は僅かな知力を得る対価に、相手との格の違いを感知する野生の感を失ったようだ。

 どんな被害を受けても逃げることなく俺に向かってくる。


 ただ戦略を変える知力だけはやはり有るようで、跳ね返ると甚大な被害を被る魔法ではなく、肉弾戦に移行した。


 爪が牙が、剣や槍が俺に迫る。


 俺は正面からそれらを砕く。

 ただ煩わしいだけかと思っていたが、直接殴りつけるとやはり多少はスカッとする。

 俺の邪魔をする以上は、俺のストレス発散に付き合って貰おう。


 爪や剣は俺に僅かな傷をつけることも出来ずに打ち砕かれ、鎧のような鱗も金属の分厚い塊の様な盾も俺の拳を受け止める事は敵わない。

 魔力を込めて殴れば五十メートル程度の範囲にいる害獣はまとめて粉砕出来た。


 こいつ等の牙やら鱗やら、よく見るときれいだな。

 スカッとして心に余裕が出て来ると、新たな発見もあった。


 もう少し丁寧に倒して回収するか。


 これを加工するなり何なりして、女神様の機嫌を取り直そう。


「毛皮、毛皮、毛皮、鱗に、おっ、この胸の宝石みたいなの、女神様好きそうだな。牙も象牙っぽく加工出来るか?」


 最初の方は力加減を間違えて吹き飛ばしたりもしてしまったが、コツを覚えると一見外傷なく倒す事も出来る様になった。

 内側だけにダメージを与えるのがコツだ。


「剣は俺が持っておこうかな」


 女神様へのプレゼントだけでなく、ついでに自分の武器も探す。

 ファンタジーな世界に来たからには、剣くらいは持っていた方が良いだろう。


 剣の良し悪しなんか分からないから取り敢えず振ってみる。

 まずは格好いいデザインの黒い長剣。


 ゴツゴツした貝のような外骨格に包まれた害獣がぐちゃりと真っ二つになり、吹っ飛んでいった。

 ついでに剣先も。


 駄目だな、これは。


 続いては火を噴いていた魔剣。


 魔力を込めると込めた分だけ炎へと変わった。

 しかし、自分で火を出した方が燃費が良いなこれ。

 火力はどこまで上げる事が、あっ、刀身が蒸発した。

 結構な数の害獣も消し炭になったが、これでは意味が無い。


 今度は頑丈さを優先して、消し炭にならなかった大剣。


 うん、硬い害獣を薙ぎ払っても壊れない。

 見た目は無骨だが、貰っておこう。


 次も消し炭にならなかった剣だ。

 しかも銀を更に磨いた様な輝きを持っていて期待できる。

 ミスリルというやつだと思う。

 魔力と相性が良い伝説の金属だとかいうアレだ。多分。


 魔力を込めて思いっきり振る。


 一キロくらい先まで切れた。

 切るというよりも抉った感が有るが、これは俺の剣術の問題だろう。


 あっ、剣が粉々になった。

 良い剣なのかそうでないのか、いまいち分からない。

 何にしろ、もうこの世にない。


 そんな風に色々と物色していると、倒した筈の害獣が動き出した。

 アンデット化したようだ。


 魔力を辿ると、結界やらで姿を隠していたが、女神様がとても喜びそうな相手を見つけた。


 全身キンキラキンの骸骨だ。


『なっ、どうやって一瞬でここまで!? グギャァ!!』


 純金に加えて宝石の散りばめられた王冠に、これまた金銀宝石の装飾が付いた豪華なローブに長杖。

 護衛の骸骨もキンキラキンの剣やら槍やらを持っており、実用性は皆無っぽいが女神様は大変喜びそうだ。


 俺に惚れること間違いない。


 そうして俺は、害獣がいなくなるまで、女神様への貢物と実用品を拾い続けるのであった。


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