バレンタインデーはモテ男を糖尿病にして罰する日であると主張する

 


 吊り橋効果、彼女作り大作戦が失敗するどころか大して害獣駆除をしていないのにカップルが成立して、ブチ切れた俺だが、何だかんだで害獣駆除自体は終わった。

 一先ずはそれが終わった事を喜んで、切り替えよう。


「俺達の、勝利だ!」


 俺は拳を突き上げて宣言する。


「「「おおおーーーー!!」」」


 そして予想以上の大歓声。


 呼応するのは信者くらいかと思ったが、場にいる全員が喜びの叫びをあげた。

 まさかの爆破してダウンしていた連中までもが喜びを顕にしている。


 泣き出す者も出てくる騒ぎ。

 いや、泣き出す者の方が多い。

 ここまで盛り上がっているイベントを見た事が無いレベルの大騒ぎだ。


 あちらこちらで武器を放り投げ抱き合っている。

 恋愛的なものでは無く、老いも若きも老若男女関係なく、手当り次第に周囲にいる連中と喜び合っている。

 偉そうなおっさんも、若いお姉さんも、恰幅のいいおばちゃんも、白いひげを生やした爺さんも関係無い。

 全員が出来る限りの感情表現をしている。


 しかも中々収まらない。


 あのホテルの婆さんまでも喜びを顕にしていた。

 促されながら周囲で一番高い岩に登ると剣を掲げた。


「人類は打ち勝った!! 心の憶測で誰もが絶望していた脅威に!! 人類に不可能は無かった!! 約百年、不可能と思われていた偉業を我等は成し遂げたのだ!! これは奇跡などでは無い!! これは狼煙に過ぎない!! 人類の反撃は、今ここから始まるのだ!!」


「「「ウォォぉーーーー!!!!」」」


 大地が震える程の雄叫びがあがる。


 まるで映画のクライマックスやラストシーン、その前後の様な壮大な光景だ。


 取り残されるのは俺と女神様のみ。


 えっ、なんだ?

 実はただの害獣ではなく、狩りの祭りの獲物でたまたま今日が祭りの日だったりしたのか?

 そう言えば害獣も派手なパリピ害獣だったし、祭りの可能性が高い気がしてきた。


 それにしても過剰に見える大盛り上がりだが、まあ、どんなイベントでも感極まって泣く奴が居るからな。

 ここら辺はそう言う気質の地域なのかも知れない。



 そして一時間もしない内に、お祭り騒ぎから本当のお祭りになった。


 あっという間に街は飾り付けられ、屋台で道の端が埋る。

 なんと全て無料らしい。

 次々と食材や料理が持ち込まれ、料理が配られて行く。

 椅子やテーブルも次々に持ち込まれ、道はもはや宴会会場だ。


 まだどう言うイベントなのか分からないが、取り敢えず俺も乗っかって花吹雪を出しておく。


 お祭り騒ぎで緊張が解けたのか、照れて隠れたり気絶する人々もなく、進んで料理を勧めてくれる。

 何故か感謝の言葉まで次々と贈られた。害獣駆除で助けたとかは関係なく、見覚えの無い人々から老若男女も関係なくだ。


 どんな祭りなんだ?

 いや、俺と言う偉大な男の姿を見れて感動したと言う意味か? 

 若い女性以外にも俺の魅力は全人類共通らしい。


 取り敢えず、手を振っておこう。


「「「うぉおおおお!!」」」


 予想以上の熱烈な反応。


 人気者も大変だな!


「ははははは!!」


 モテ期到来!!


「急に人々の頭がおかしくなりましたね?」

「いやいや、これは今まで魅力的過ぎて緊張から声を掛けられなかったのが、緊張が解けて素直になっただけ。女神様も、素直になって良いんだぜ」


 素直になれない女神様には特別にウインクのサービス。

 刺激的過ぎるかも知れないが、もっと刺激的な夜を過ごすのに慣れてもらわねば。


「寝言は死んで寝てから言いなさい」

「ウグッ!!」


 素直になれない女神様は腹パンで感情表現。

 女神様の愛の一撃は黒騎士の全力よりも重い。


「と言うか、たかが買い物でどこをどうやったらこんな事態になるんですか?」

「いや、偶々俺の凱旋パレードの邪魔をする害獣が出たんで駆除したらこんな事に。俺にも正直何が何だか?」

「そもそも買い物から何故に凱旋パレードを?」

「勿論、女神様に格好良い服装の俺を堪能して貰う為に」


 そう言いながら俺は買った服を着た姿をアピールする。


「格好良い服装? 百億歩譲ってその凱旋パレードするなら服を買った後ですよね」


 しかし期待していた反応は返って来なかった。

 照れ隠しの反応でも無い。

 何故か、頭を抱えている。


「いや、見ての通りパレードは服を買った後に……」


 そこで気が付いた。


 俺、いつの間にか全裸だ……。


 え? 何故?


 確かにこれでは、傍から見たら間抜けでしかない。

 本命の買い物をせずに違う事に気を取られる間抜けだ。


「これは、え〜と、そうだ! 害獣にヤラれて! 服が耐え切らなくてこんな事に!」


 咄嗟に原因を考え弁明する。


「そうだとしても、普通、自分が全裸なのに気付きませんか?」


 絶対零度のド正論。


「…………」


 俺は、何も言い返せなかった。


 と、兎に角、服を着よう。



 少し醜態を晒してしまったが、その程度でめげたりはしない。


 完璧過ぎてもつまらない男になってしまうのだ。

 多少の欠点も出すのがモテ男の秘訣。

 欠点がある事で親しみやすさを与え、魅力を引き立たせるのだ。時に意外性まで演出できればそれは強大な武器となる。

 スイカに塩をかけるのと同じようなもの。


 と言う事で、別の魅力をアピールしよう。


 それは人からの評価。

 客観的な人気を見せつけるのだ。


 俺の魅力が強過ぎるせいか、何故か祭りの中心ポジションに巻き込まれているし、この環境を利用しない手はない。

 まずは名実共に祭りの中心となろう。


 やはり主導権を握るとなると、一番簡単なのは奢る事。

 現金な奴らはそれですぐ釣れる。勝手に俺をヨイショするだろう。

 そして祭りの雰囲気の中ではそれに追随する者が出て、流れは全て俺のものになる。


 さて、奢るにしても全部持ち寄って金を払うと逆に白けそうだし、俺も物納するか。


 ファンタジー生物、モンスターの肉を食っているようだし、見かけ豪華なクリスマスドラゴンでも振る舞うとしよう。

 まずは確認。


「おいベルク」


 小声で近くにいた信者一号を呼ぶ。


「何だ? 英雄さんよ」


 おっ、祭りモードだからか、珍しく俺の偉大さを認めている。

 やはり最後の一押でこの会場は俺のもの。


「ドラゴンの肉って食えるのか?」

「おう、食えるぞ。最高級品だな。しかしな、こんな目出度い宴でも、流石にドラゴンの肉は無い。あったら出すんだろうが、まず滅多に討伐されないから市場にも殆ど出回らない。大金持ちでも滅多に食えるもんじゃ無いんだよ」


 本当は振る舞いたかったとでも言うかの様に語るベルク。

 本来はこんな祭りにピッタリな代物らしい。


「食えないドラゴンはいるのか?」

「食えないドラゴンの話は聞かないな。最強種だからか本物のドラゴンは毒とかに頼らないし、全部食えるんじゃないか? アンデットでなければ食えると思うぞ?」


 よし、クリスマスドラゴンは食べれそうだ。

 加えて最高級品。


 ここで振る舞えばこの街中の人々が俺を讃えるだろう。

 そんな俺の姿を見れば女神様もイチコロだ。


「じゃあ俺がドラゴンの肉を食わせてやる! 少し離れてろ! もっとだもっと!」


 クリスマスドラゴンはかなりの巨体だから広めのスペースを空けさせると、そこにクリスマスドラゴンを出した。


「「「「「………………………………………………」」」」」


 あれ? 思ったような反応が返ってこない。

 喝采どころか、吹き抜ける風の音しかしない。

 まるで時が止まったかのように、声どころか身動き一つせずに静止画の様になっている。


「……これは、【滅域邪龍】、グガドゥーン……、ま、間違い、無い…………」


 初めに動いたのはホテルの婆さん。


「「「「「………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」」」」


 しかし何故か、沈黙が深まった気がする。


「め、女神様?」


 女神様に意見を求める。


「知りません。全ては貴方がしでかした事。余計な事をしようとするからいけないんです」


 肉と酒を堪能しながら突き放す女神様。


「いやいやいや! もし沈黙した理由がこのドラゴンがこの街の御神体だったりしたとかだったら、女神様の責任も大きいから! 早く原因究明と対策を!」


 小声でそう訴えかける。

 ただ何かを出しただけで普通はここまでの事にはならない。俺が言うのも何だが、露出教の信者共が普通に祭りを楽しんでいる様な、そんな異常を誰も気にしない様な街だ。

 その雰囲気が変わるなんて、相当な理由があるに違いない。


 一番有りそうな理由は、このクリスマスドラゴンが倒してはいけない何かだった場合だ。

 何としてでも切り抜ける手立てを考えなければ。


「問題ありません。私は知らぬ存ぜぬで通しますから」

「いやいや、もし倒した事が原因なら女神様がっつり犯人でしょ!」

「自分の身を私の為に犠牲に、貴方のこと、見直しました」


 そう笑顔で言う女神様。


「…………」


 頼られたら仕方がない!


「女神様、貴女の事は、俺が守る!」

「頼りにしてます」


 そんな感動的なやり取りをしていると、やっと人々が動き出した。


「「「「「うぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」


「「へ?」」


 天地が震える大歓声。

 拳を突き上げ、酒や肉を突き上げて思い思いに喜びを顕にする。

 人によっては膝から崩れ、涙でぐちゃぐちゃになっている。


 何が何だか全く分からないが、俺も拳を突き上げておく。


「「「「「うぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」


「好きなだけ、肉を食らえー!!」


「「「「「うぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」


「俺を讃えろぉーー!!」


「「「英雄様万歳ぃ!!」」」

「「「救世主様万歳ぃ!!」」」

「「「爆炎様ぁ!!」」」

「「「ありがとうございまーす!!」」」


 ウソだろ、シンプルに俺を讃えろがいけた。

 叫んでいるだけで内容は無いに等しいが、これはいける!


「露出教になりたいかぁ!!」


「「「「「NOぉぉおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」


「俺の彼女になりたいかぁ!!」


「「「「「NOぉぉおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」


 あれぇ? おかしい。

 何故にこんなにも盛り上がって興奮しているのにイエスと言わないのか?


「共に龍を倒した私を讃えるなさい!!」


「「「「「うぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」

「戦う姿も美しいーー!! 日本一世界一天下一!!」


 ……自分は知らぬ存ぜぬで通すと言っていたのに、ここで手柄を主張する女神様。

 そして知らぬ内についつい讃えてしまう俺。


「私の美を讃えなさい!!」


「「「「「うぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」」

「結婚してぇぇーーーーーー!!!!」


 女神様のリクエストに全力で答える。


「ぐぼあっ!!」


 これまた強めの腹パン。

 まだまだ女神様は素直になれないらしい。




 その後もお祭り騒ぎは続き、何だか知らないが街中の料理や酒やらを勧められた。

 この世界では酒は二十歳と言うルールは無いらしく、ここは異世界の流儀に従うしかないと大量に飲んだ。


 そして、そこからの記憶が無い。


 普通に寝たのかも知れないし、酔い潰れたのかも知れない。

 どちらにしろ、飲み過ぎたのは確かだ。


 日差しが眩しい。

 宴は確か、遅くまで続いたし、日が昇るほど長い間寝て寝てしまったのか?


 まだ酔いが残っているのか、足元がふらつく。

 まるで地面の方が揺れているかのよう。


 取り敢えず、まずはトイレだ。


 そう思いないがら扉を開けると、そこには、広大な地平線が広がっていた……。

 街の景色もその外の景色も何処にも無い……。


 しかも地平線は、いやここは動いていた……。

 視界の端、横の景色が次々と変わって行く……。


 ここ、どこ……?

 と言うか、何が起きた……?


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