どうせ高価なお返し目的だったと流布する男、路地裏で好感度を探す

 


 スターな衣装を身に纏った俺は、堂々と道の中央を歩く。


 俺のスターオーラの力で、勝手に広がる一本道。


 街を歩くだけで世の女性の心を鷲掴みだ。


 がしかし、その女性の姿が中々見当たらない。

 女性どころか老若男女関係無くだが、道を開けると同時に商店や脇道に入ってしまう。


 おかしい。


 服を着る前は、いくら俺が聖人オーラの溢れる聖職者であろうとも、露出教自体を避けていた連中もいただろうが、今の俺はどっからどう見てもスターだ。

 避けられる要素は一つもない。


 後ろから俺に隠れるように付いて来るベルクは信者丸出しのままだが、俺のスター性の前では俺を引き立てる背景でしか無い筈。


「なんで避けられてんだ?」


 思わず首を傾げる。


「……あんだけ騒ぎお越しながら歩いてたんだから、顔を覚えられてるに決まってんだろ。後、そんな派手で高そうな服を着ている奴と、関わりたい奴なんてそうそう居ない」

「つまり、俺のスターオーラが強すぎて近寄り難いと」


 有名人も大変なものだ。


「どう解釈したらそうなる? その服を買えるのは貴族ぐらい。そして買うのは余興の時。そんな服を白昼堂々好き好んで着ている。どう考えてもヤバい貴族だ」


 む、つまり歩く財宝みたいな格好をしている女神様と、同じような捉え方をされると言う訳か。

 露出教勧誘が嫌で隠れる連中と合わせれば、人が周りから逃げるようなやばい奴と言う事になる。


 これは参った。


 出逢いが無ければ彼女などあり得ないが、人が居なければその出逢いどころか出会いも無い。


「こうなれば、安全なスターアピールをするしか無いか」

「……お前に普通の人アピールは出来ないのか?」



 良いスターですよアピールをする為に、困っている人を先ずは探す。


 路地裏で絡まれている女性でもいれば手っ取り早いのだが。


「おいベルク、俺が襲われている女性を助ける役やるから、お前は女性を襲う露出狂の変態をやってくれ」

「やるかボケぇい!」

「ダメか?」

「万が一にもOKするとでも思ったのか!?」


 仕方が無い、地道に探すか。


 大通りのスターロードを外れ、人気の少ない薄暗い路地に入ってゆく。

 治安が悪そうな場所に行けば、困っている女性の一人や二人いるだろう。


 狭い道を、汚れた道を、暗い道を選んでどんどん進んでゆく。

 迷路のような街の更に裏路地。

 早くも方向感覚が無くなって行く。


 いつの間にか人気も感じられなくなる。

 通りから聞こえていた喧騒は既に無い。


 ……もしかして、困った事になったのは俺達か?


 だが諦めない。


 困っている女性を助けて道を案内してもらえれば万事上手く行く。


 そう思いながらかれこれ30分、やっとチンピラに言い寄られて困っている女性を発見した。


「……探せば本当に居るんだな」

「計算通りだ!」

「執念の結果だろうが。多分真逆だぞ?」


 何やら細かい雑音が聞こえるが、何より大切なのは女性に救出。

 いざ参らん!


「いいじゃんかよぉ、俺達と楽しい事しようぜ?」

「気持ち良い事もなぁ」

「お断りよ!」

「待ちなってさぁ」

「触らないで」


 おっ、女性が腕を掴まれた!

 今がチャンス!


「ちょっと待っ―――」


 ドガッ!!


 声をかけようとした俺の横を、チンピラが顔をクレーターのように凹ませながら吹き飛んで逝く。


 バゴォォォンッッ!!!


 建物に激突し、倒壊する建物の瓦礫に埋まるチンピラ。


 バガァァァンンッッ!!!


 そして腹を踏みつけられ、石畳をかち割るもう一人のチンピラ。


 強ぇ……。


 女性は、チンピラを瞬殺した。

 ごみ捨て場にごみを捨てに行った直後のように手を叩く。

 その様が、妙に似合っている。


 よく見れば、女性の服装は鎧姿だった。

 金属製では無く、革製である為、薄暗い中では分かりにくいが、普段着や作業着にしては過剰な頑丈さが見受けられる。間違いなく鎧だろう。

 そして腰にお洒落なポーチ付きのベルト、では無く物騒なナイフ付きのベルト。ナイフは当然果物ナイフでは無く、もはや鉈に近いような大振りの一品。


 改めて見れば、荒事が本職な女性だった。


「今更だがここ、最前線の城塞都市だからな。か弱い女性なんてそうそう居ないぞ?」

「裏路地に入る前に言え……」


 助けは必要なかったが、言い切れなかったとは言え、声はかけてしまっている。

 ヒーロープランは駄目だったが、ここはアプローチするのが男の矜持。


 違う方面からアプローチする事にしてみよう。


「お姉さん、お怪我はありませんか?」


 助けた時に言ったら良いセリフだが、普通に心配している時にかける言葉でもある。

 きっかけとしては十分だろう。


「キャーーーッッ!? 露出教ーーーッッ!! せっかくここまで退避していたのにぃーーーー!!!」


 …………。


 チンピラに絡まれていた時は一切出さなかった悲鳴を上げて、お姉さんは猛ダッシュ。

 瞬く間に、お姉さんは迷路のような路地に消えていった。


「……おいベルク、テメェの露出教ルックのせいで逃げちまったぞ?」

「退避したって言ってただろ? お前の顔を覚えてたんだよ」


 …………。


 次だ次!

 切り替えて行こう!


 その為に必要なのは、案内人。

 より女性が絡まれる場所に行けば成功する筈だ。

 数撃ちゃ当たる作戦である。


「さて、聖職者として倒れている人間は、見捨てられないよな?」

「……またか」


 まずは近くの石畳にめり込んでいるクレーター怪我人から。


「おい怪我人、このポーションが欲しいか?」

「…………」


 反応が無い。

 完全に気絶しているようだ。


 また絶妙なポーション捌きが必要らしい。


 回復させ過ぎないよう、気絶だけ回復するようにポーションを少しずつ流し込む。


「迷える仔羊、回復して欲しいか?」

「なんだ、お前、は……」

「見ての通り慈悲深い聖職者だ。痛いだろう? 苦しいだろう? 楽になりたいだろう? この回復ポーションが欲しいか?」

「あ、ああ、く、薬、薬をくれぇ」

「だが世の中は無情なんだ。ポーションもただじゃない。人助けにも金がかかる」

「そ、そんな」

「まあ最後まで聞け。世の中は無情でも俺は無情じゃない。俺は慈悲深き聖人様だぁ。俺は金なんかいない。信じるだけで救ってやろう」

「し、信じる、って?」

「今大切なのは、信じる者は救われる、それ以外にあるか? 今も苦しいだろう? それを見ている俺も心苦しい。さあ、余計な事は気にせず今は一刻も早く楽になれ。俺を信じろ、俺の信じるものを信じろ。ただそれだけで救われる」

「ああ、信じる。信じるから薬をくれぇ! 薬を、薬を早く!」


 チンピラの服がヒラリと脱げた。


 新たなる信者の誕生だ。


「……俺は一体何を見せられたんだ?」

「聖人様の救済劇だ」

「俺は悪魔の契約にしか見えなかった。百歩譲っても違法薬物の裏取引と、それを利用した犯罪教唆にしか見えなかったぞ?」


 とんでもなく失礼な奴だ。

 俺を一体なんだと思っているんだか。


 まあ良い。


 それよりも今はもう一人の怪我人を救済するとしよう。


 コイツも見事に気絶してやがる。

 まずは目覚めさせないとだな。


 あれ?

 ポーションが無い。

 さっきのが最後だったようだ。


 買いに行くしかないか。

 いや、買いに行ったらここに戻って来られる自身がない。


 仕方がない、コイツも連れて買いに行くか。


「おいコラ待て!」

「今度はどうした?」

「怪我人引きずってるぞ!?」

「担いだら純白の服が汚れるだろうが、何言ってんだ?」


 さて行くか。


「いやいやいや! せめて脚じゃなくて腕を持てないのか? 後うつ伏せのまま引きずってるぞ?」

「細かい事は気にすんな。救急はスピードが命なんだ」

「細かくねぇわ! スピードより断然そっちの方が重要だよ!」


 そこまで言うなら仕方がない。


「じゃあお前ら二人で運べ。行くぞ」




 割と大通りは近かったようで、四回曲がるだけで路地を出られた。

 もう遅いが、これなら薬だけ買いに来ても良かったかも知れない。


「で、薬屋はどこだ?」

「ここからなら、冒険者ギルドが一番近い。少し薬屋よりは高いが、品質が保証された回復薬が買える薬師ギルドの直売所がある」

「よし、そこにしよう」


 冒険者ギルドの場所は既に行った事があるのですぐに分かった。

 周りと比べて立派な建物だし、迷わず直行する。


 往来の人々は、怪我人を運んでいると気が付いているのか、速やかに道を開けてくれた。


 おかげであっと言う間に冒険者ギルドに到着。


 ぱっと見渡して、物が色々と置いてあるカウンターへと向かう。


 ここでも冒険者達が道を開けてくれる。

 兵士や冒険者まで露出教から逃げ回ったりと、情けない部分が多かった連中も、人命救助の大切さは心得ているようだ。

 見直した。


「あ〜、私、ギルドマスターに報告書を提出しなきゃ。後はお願いね」

「そ、そんな〜、先輩! あっ、リコナ、これも経験よ! 私、ギルマスに用事があるから!」

「まっ、待って下さいよ先輩〜! ベ、ベクターさん! 私ギルマスに呼ばれてるんで! 後はお願いします! 男の見せ所です!」

「ちょっ、コラっ! お、おい新入り! 俺もギルドマスターに用事があるんだ! 後は頼んだぜ! 期待してるぜ!」

「そんなご無体な〜! と言うかアンタがギルマスでしょうが! 下っ端に押し付けるなぁー!」


 声を潜めながら騒がしく、そして軽やかに人が抜けてゆく。


 ギルマス大忙しだな、おい。

 ずっと始めからそこに居たみたいだし。


 そんなに俺達への対応は嫌か……。


「全員脱がすぞゴラァ!!」


「そう言うところだと思うぞ……」


 気に食わないが、取り敢えずは怒りを抑えよう。

 今は人命救助優先だ。


「おら、連れ見て分かるよな? 早く持ってこい」

「だからそう言うところだ」

「あいつ等の失礼な対応に比べれば、礼儀正し過ぎるくらいだ」

「あ、あの〜」

「あん? お前も何か文句あるのか?」

「そ、そうでは無くてですね……」

「無いならさっさと持ってこい」


 追い払う仕草で職員の行動を促すが、一向に動こうとしない。


「動かないなら言いたい事をはっきりと言え。脱がすぞ?」

「ひぃっ! 言います言います! 言わせてください!!」


 やはり言いたい事があるらしい。

 こっちには怪我人がいるのに、一体何が言いたいんだ?


「ひ、人の買取は行っていませんっ!!」


「……………………はっ?」


 どこをどう見たら、そんな結論を出せるんだ?


「何故、そう思った?」


 あまりに馬鹿馬鹿しい妄言であったが、直球的に聞いてみた。

 聞き流せる馬鹿度を超えている。


「あ、貴方は、露出教の司祭様ですよね!?」

「名誉司教だが、その認識で間違い無いと思うぞ?」

「し、司教!?」


 何だその驚き様。

 周りも少しザワザワしている。


 司教って、そんなに偉かったのか?

 まあそんな事よりも続きが気になる。


「で?」


 驚きに傾いてしまった職員に続きを促す。


「あ、貴方は、昨日、服を着ていませんでした! 今日も目撃情報が相次いでいました! ですが、貴方は服を着ている! それも特殊で高価な服を! そして目撃情報の無かった新たな露出教徒が二人! 借金の形として剥ぎ取って露出教にしたんじゃないですか!? そして借金を返せず露出教徒になる事も拒否した債務者をボロ雑巾にして、ここに売り払いに……」


 質の悪い事に、巫山戯た様子は一切無い。

 真剣かつ真面目に答えているらしい。


「想像力豊か過ぎるなおい!!」


 と言うか、コイツから見て俺はどれだけ極悪非道な人間なのだ!

 盗賊だって『身ぐるみを全部置いてってもらおうか!』とよく言う気がするが、本気で全てを剥ぎ取ったりはしないだろう。

 弱みに漬け込んで剥ぎ取る奴なんて最悪だし、実在するかも怪しい極悪非道だ。


 弱みに漬け込んで露出教に勧誘する事すらも…………何故かここ2日の記憶がフラッシュバックしてきた…………金を奪って無ければセーフだセーフ……俺は慈善活動ついでに布教しただけ……。


 つうか周りの奴ら、この失礼な奴に注意しろ!


「なんで頷いてやがる!?」


 見渡せば静かに同意する奴らばかりだった。


「コイツを売りに来た訳じゃねぇわ!!」


 慌ててハッキリと断言する。

 俺が何かを言うまでもなく戯言と理解されていると思ったが、大きな間違いだっらしい。


「「「え?」」」


 え?って何だ!? え?って!?

 驚くような事じゃ無いだろうが!?


「俺はこの怪我人の為に薬を買いに来ただけだっ!!」


「「「えーーっっ!?」」」


 だから驚くとこじゃ無いだろう!?

 俺をどんな鬼畜野郎だと思って嫌がるんだ!?


「……あの」

「あぁん?」

「ここ、買い取りカウンターです」


 なるほど、買い取りカウンターだったから変な誤解をされたのか。


 なるほどな〜、ってなる訳あるか!!



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