カカオは全てココアに加工すべきだと主張する男、遂に服を買う

 

 店内は、店主と違って色物では無かった。


 寧ろ、街一番の服屋と言う前評判に違わぬものだ。


 一着一着が、ここまでに見てきたこの世界の服を凌駕している。

 まあ、それはここが軍人と冒険者の街だから余計にそう感じるのかも知れないが、少なくともここの服レベルのものは殆ど見かけていない。


 よくよく見れば、その数少ない品質の良かった服と同じものが置いてある。

 ここで買った服だったのだろう。


 日本でのものと比べると、どこかコスプレ要素が含まれている様にも感じるが、言ってしまえばそこら中コスプレイヤーだらけだ。

 まだお目にかかっていないが、メイドさんが実在するような世界、そう感じても仕方が無い。


 そしてそう感じる要素のもう一つが、その品揃えの豊富さだ。


 派手なスーツのようなものから、それこそメイド服まで揃う多種多様な品揃え。

 その種類の差がお互いの個性をより強調していた。


「さぁ〜て、どんなものが好みぃ〜」


 相変わらずお触りが多いが、店内に入るとホールドからは開放された。


 そして服と俺を一直線にしながら、コーディネートが始まる。


 見かけはアレだが、仕事に粗はない。


 間違いなく、この街一番の服屋なのだろう。


 身の危険は感じるが、リスクなしに大きなリターンは望めない。

 ここはリスクを支払ってでも、服装と言うモテを手に入れるべき時だ。


 と、その前に。


「待ってくれ、急に足元が爆発して転んだ信者の手当が先だ」


 俺は聖職者、怪我をした信者を放っておけない。


「お前にも、良心の欠片があったんだな」

「優しい子、スキよ」


 信者1号が軽く驚くように失礼な事を言い、店主の余計な好感を稼いでしまったが、俺はそんなに気にせず、逃げようとしてナゼカ怪我をした薄情信者2〜5号の治療にあたる。


 おっと、そうは言っても治療に必要なものがない。


 確か向かいは道具屋だった。

 普通の日用品店や雑貨屋では無く、まさしくゲームにあるような品揃えの、戦闘職専用の道具屋だ。

 専門店には及ばないが各種回復薬から、ロープや松明など一通り揃っている。


 ちょうどいいから買いに行こう。


「必要な物を買ってくる」


 そう言って道具屋に向かおうとすると、目的地の方向から大きな音が響いた。


 見れば道具屋のお姉さんが慌ててシャッター代わりの板を閉めるところだった……。


 この慌てようとタイミングからして、俺の言葉が聞こえて慌てて店じまいしたようだ。

 大した声量じゃ無かったのに聞いていた事から、こちらの動向を窺っていたのだろう。


 彼女も俺の聖職者オーラに当てられた人物のようだ。


 しかし困る。


 これまで直接手を振るだけでも気絶する人が多発している。

 この様子だと、同じように店に行ったら気絶してしまうだろう。


 そうなれば治療道具は買えない。


 仕方が無い。


「信者1号、包帯を買ってきてくれ」


 シャッター板からチラリ、お姉さんがこちらを窺っている。

 やはり、俺でなければ普通に買い物が出来そうだ。


「お、俺がか?」

「ああ、俺が行ったら感動のあまり店員のお姉さんが気絶してしまうからな」

「…………」

「ほら早く、お前は怪我人を放っておくつもりか?」

「……分かった」


 渋々ながらも、信者1号は道具屋へと向かった。


 さっきまでの威勢がまるで無い。


 周りをキョロキョロ見渡しながら、速いのか遅いのか分からない不思議な歩き方で、一言で言えば挙動不審で道具屋へと向かう。

 隠れようがない道を横断しているのに、隠れようとしているようだ。


「何してんだ、アイツ?」

「…………服を着ていないから。恥ずかしいんじゃないのかしら?」

「なるほど」


 そう言えば全裸だったなアイツ。

 ああ、俺も全裸か、遺憾ながら露出教の聖職者が板についてきたようだ。


「す、すいませぇんッ!」


 真っ赤な顔して噛んだ。


 それに対して恐る恐る板の隙間から外を窺うお姉さん。


「まあ、ベルクくんじゃない」


 お姉さんはそのまま板を外す。


「……カレンさん……」


 二人は知り合いだったらしい。


 信者1号の顔色が赤から青に変わってゆく。

 忙しい奴だ。


「ど、どうしたの?」


 対して赤くなったお姉さん。

 異性の裸を見て恥ずかしくなったのか、目を手で覆い、下に俯いている。

 耐性の無い純粋なお姉さん、素敵だ。


 いや、よく見れば手の隙間が粗く、視線の先にはナニかがあった。

 むっつりなお姉さん、素敵だ。


 是非とも紹介してほしい。


「ほ、包帯を、ください……」

「え、それよりも―――」

「包帯を、ください……」

「えっと……」

「包帯を……」

「う、うん、これ」

「はい、それじゃ……」


 信者1号はろくにお姉さんと顔も合わせず、お金を渡すと走ってこっちまで戻ってきた。


「ベルクくん! これ、金貨よーーー!!」


 信者1号は簡単な計算も出来ない精神状態らしい。


 あれは俺の渡した金なんだが……。

 そうだ、後で俺が受け取りに行けば、お姉さんとお近付きになれる! ナイス、信者1号! いや、ベルク!


 取り敢えず、お姉さんに後で行くよとウィンクしておこう。

 バタンキュー。

 ……あれ?


 まあいい。まずはベルクを聖職者として労いつつ、慰めてやるとしよう。


「大丈夫だベルク! こんなの2回目で慣れる! 3回目からは癖になるぞ!」


 自分の人生経験を交えつつ、ベルクを慰める。


 しかし反応がない。


「……もう……お婿に行けない……」


 傷は深そうだ。


「私に任せて」


 そこに店主がやって来て、ベルクの肩に手を置くと、奥の方へ移動してゆく。


「大丈夫よ、ベルクちゃん、ワタシが慰めて、あ・げ・る・わ」


 奥へと……。


「えっ、いや、ちょっと止め、ア"ァァァーーーーッッ!!」


 ベルクは、あっ言う間に元気(?)になって戻ってきた。

 元通り、いやそれ以上の活きの良さ前だ。


 代償としてほっぺたに特大のキスマーク。


 時に立ち直させるには、優しさや誠意よりも恐怖が効果的な事もあるらしい……。



 さて、そろそろ治療に取り掛かろう。


 添え木と一緒に包帯を巻いてと。


「……何してんだ?」


 羞恥を恐怖で相殺させたベルクが怪訝な視線を向けて来た。


「包帯を巻いている。治療中だ」

「それ、添え木じゃないぞ?」

「椅子も添え木になる」


 どうやら、椅子を添え木代わりにしていたのが気になったらしい。

 確かに、普通は見ない光景だろう。

 しかし間違えた訳ではない。

 他に添え木になるものが無かった訳でもない。


 これは高度な計算が編み込まれた効果的な治療法だ。


「こうすればもう逃げられない。拘束と治療を一括にできる画期的治療法だ」


 両手足、椅子に包帯でぐるぐる巻き。

 これで、容易く逃亡する事は出来まい。


「ポーションで治さないで包帯を使ったと思ったら、そういう事か……。良心が欠片でもあると思った俺が馬鹿だった……」

「うん? ポーションなら巻いた後に飲ませるぞ?」

「確信犯だな……」


 そうこうしている内に拘束、じゃなくて包帯による治療は完了した。


 前の残りの回復薬を気絶している口から流し込む。

 残りだから量が足りないのか、目は覚めなかったが傷は見たところ癒えた。


 都合がいい。


「店主、こいつら見ての通り動けないから、ここで看病を頼みたいんだが?」

「あら〜、任せて、しっかりお世話してあげるわ」


 これで店主の魔の手は俺から遠ざかる筈だ。

 興味はこいつ等に向く。


 俺を見捨てて逃げようとした事の報い、怪我の治療、そして俺の身を守る為の盾、それら全てが一手に収まる最高の治療法だ。

 こいつ等からしても、罪滅ぼしになり、治療もされ、俺の為に殉教できるのだから本望だろう。


「悪魔もお前には白旗を上げると思うぞ」

「そう言えばお前も心を傷付けていたな? お前も治療してやろうか?」

「あら〜」

「待て! 俺は大丈夫だ! いや〜、こいつ等も治療してもらって嬉しそうだな〜」


 見事にくるりと掌を返すベルク。

 すっかり威勢は元通りだ。


 そんな騒ぎを聞いてか、信者達が目を覚ました。

 それを見逃さなかったベルクは、さっと動き新たに包帯を巻いた。

 場所は口。

 猿轡巻きだ。


「動けないアナタ達に変わって、ワタシがお世話してあげるわ〜」

「「「むぐむ〜〜!!」」」


 有無を言わせず、生贄に捧げる為のようだ。

 自分に飛び火するのを避けたかったのだろう。


 調子のいい奴だ。


 ある程度の安全を確保したところで、本題に入る。


 服選びだ。


 コーディネートしてもらうのも良いが、まずは自分で良い服を探す。


「おっ、良い服発見!」


 見つけたの俺みたいなスターに相応しい服。


 袖に紐みたいなヒラヒラの付いた純白の服。

 純白の糸は光沢でピカピカ、ボタンはまるで宝石だらけ宝石そのもの、アクセントの金糸と真紅のハンカチーフ。純白ハットも勿論完備。

 下も同系統の脚長ズボン。靴も純白で、踊る前提なのか、底厚でステップを踏む度にいい音が出そうである。


 全体的なデザイン、根本的なデザインは地球で見かけたスーツベースでは無く、貴族が着ていそうなスーツの亜種だが、それも含めて上品なスターである俺にピッタリだ。


「おい店主! まずはこれをくれ!」

「……これまた変わったのに目をつけたわね。それ、貴族の社交界で一発芸するとき用の服よ?」

「おお、貴族の社交界用か! 俺に正にピッタリだな!」


 それにしても貴族イコール社交パーティのイメージがあるが、貴族も一発芸なんかするんだな。

 貴族の一発芸、それはつまりスターのショー的なものだろうが、少し意外だ。


「……まあ、気に入ったのなら何よりだわ。でも高いわよ? 綺麗でも派手過ぎて使い道の無い素材を使ったけれど、それでも特殊素材だから金貨十枚よ?」

「十枚、これでいいか?」


 ダンジョンで拾った小銭を十枚アイテムボックスから取り出す。


「……毎度あり、お金持ちだったのね。下着はオマケしてあげるわ。まずは着てみて、サイズを合わせるわ」


 まずは適当に選んだ下着を着込む。

 伸びない生地のようで、少し着心地が悪い。パンツのゴムのありがたさが今、分かった。


「あら、裾が長いわね」


 余る裾が少し長い気もするが、そこは気にしては行けない。

 貴族パーティ用の特製品だから、普通よりも長かったのだろう。

 きっと。


「ぷぷぷっ」

「ジャパニーズスタイル舐めるな!」


 後で覚えてろよ。


 裾上げは瞬く間に終わった。

 裁縫技術もファンタジーだったらしく、一瞬だった。

 ベルクに向かい文句を言って視線を戻したらもう終わっていた。


 そのスゴ技にベルクへの怒りを忘れてしまった程だ。


 まあいい、次の服を選ぼう。


 俺はショッピングを続けた。




「ありがとう、また来てねぇ〜!」

「おう、また来るぜ、バニーちゃん!」

「ベルクちゃんも、服を着れるようになったら来てね!」

「は、はい」


 十着以上買い込んだ俺は意気揚々とバニーちゃんの店を出る。


 服は最高だし、店主のバニーちゃんも話してみれば良い人だった。

 女子にモテたる服を頼むと真摯に向き合ってコーディネートしてくれた。

 やはりお触りは少し多い気がしたが、それを上回る誠意がそこにはあった。


 今後とも、利用させてもらおう。


 因みに今は、最初に買った服を着て外に出ている。

 太陽も今の俺にはスポットライトだ。

 スター衣装により踊りだしたいくらいの気分だ。


 その反面と言うべきか、隣にいるベルクは居心地が来たときよりも悪そうである。


「どうした? 気分が悪いのか?」

「気分なら昨日から最悪だ。お前と出会った時からな」


 コイツ、人が気にかけてやってるのに。


「……お前だけ服を着てるからだよ!」


 なるほど。


「後はな―――」


「「「ぐむむむぅぅう"ぅーーーーー!!」」」


 あっ、信者2〜4号、椅子に縛り続けたままだった……。


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