閑話後の伝説 ブルークリスマス
救世主の訃報が発表されすぐ、大小問わずメディアはその記事で埋め尽くす勢いでニュースを報じた。
実際に新聞は番組表の欄すらも救世主の記事で埋め尽くされた。
そこで人々は改めて救世主の偉大さを確認した。
救世主、彼は人々を病の苦しみから永遠に開放した正体不明の若き天才学者。
彼はこの世の全ての病を消し去った。
病だけでは無い。
怪我も障害も、死以外はこの世から消し去ってしまった。
彼の生み出したのは万能薬では無い。
万能薬すらも必要とさせないもの。
その恩恵は薬と違い人類全体に等しく与えられた。
彼の生み出したのは
感染者の遺伝子を二重に逆転写し、その過程で完全な遺伝子に整理し完全な遺伝子のみしか許さないウイルス。
このウイルスに一度感染すれば遺伝子に作用するウイルスの感染を一切許さず、遺伝子が正常に戻らない要因を徹底的に排除する性質を有し、内外大小どんな傷も、つまり病気だろうと怪我だろうと先天的な異常で有ろうと校正される。
感染力の強いこのウイルスは製薬する必要も培養する必要も無く、全世界に広がり全ての病や傷を癒やした。
貧富も人種も老若男女も関係なく、万人を病から開放した。
救われた数は何千何万では無い。
全ての人々を、未来に生まれる子供達すらも彼は救った。
今に生きる人々は彼の死で、改めて彼の偉業に涙した。
そして感謝を越え決意する。
必ず後世まで語り継いで行こうと。
時が経つに連れ、人々は悲しみを深めて行った。
それどころか後悔すら抱いた。
報道陣が救世主の関係各所に取材する内に判明した驚愕の事実。
救世主の偉業は病からの開放に留まらなかった。
彼の死で彼の偉大さを再認識した関係者達は、嘆き崩れた彼等は国家機密をいとも簡単に漏らした。
とある日本の公安は語る。
彼の防いだテロは両手では数え切れないと。
とある米国の諜報員は語る。
彼は幾度も世界大戦を防いだと。
とある宗教権威は語る。
彼は世界を魔の手からも救ったと。
とある秘密結社は語る。
彼は地球を守ったと。
驚くべき事に、彼らの同業者に同じく取材をすると同様の答えが返ってきた。
そして遂に、それは報道から一刻も経たぬ内の事だったが、各国首脳陣までもがその秘密を明かした。
曰く、この世には人ならざる魔のものが存在する。
曰く、この星以外にも生命は存在している。
世界各国から同時に漏らされる同様の告白。
普段なら一つであっても一笑されて終わる話であったが、どう見出そうにも疑う余地は無かった。
現世のものでは無い存在が実在する事が暴露された。
この星以外の生命の存在を暴露された。
だが、その事には誰も大した衝撃を受けなかった。
人々はただ知らしめられた。
救世主はどこまでも救世主であったと。
葬儀は遺族の強い要望でその日の内に、クリスマスに行われた。
救世主のあまりに大きな、最後の人類まで続くであろう影響力に、日を置くと葬儀に出席しようと世界の主要人物は勿論、世界各国の全ての人々が葬儀に押しかける可能性すらあったからだ。
混乱どころの騒ぎでは無い。
現に朝発表されたばかりにも関わらず、日本行きのチケットは空路に限らず完売。
中には転売され、8桁を超える額を出したものまで存在した。
日本行きのタンカーに無断で乗り込み、捕まった人間も続出したと言う。
初っ端からこの騒ぎである。
数日経ったらどうなるか想像も出来ない。
それでも、葬儀出席者は日本最大の収容人数を誇る横浜国際総合競技場を埋め尽くした。
それも何度も総入れ替えを行う交代制。
周りには押し寄せる一般人。
しかし暴動に発展するような騒ぎは一つも無かった。
皆、哀しみに呑まれていた。
ただ一心に見送りたかった。
会えないと分かっていても、感謝の言葉を贈りたかった。
警備の機動隊すらも止める気力は無かった。
いや、例え仕事一色の警官だったとしても、集まる人々は追払えない。
それほど人々は落ち込んでいた。
ライブ中継を映すそのスマホ画面は幾重にも重なる滴りで歪んでいる。
零さないようにと空を見上げれば白き聖夜を招く喜びが、この時ばかりは曇天に思えた。
世界も泣いている。
誰もがそう思った。
思えば、世界を同時に襲った災害も、世界の嘆きだったと誰も疑わなかった。
それ程までに偉大な人だった。
彼は人々を救っただけでは無い。
文明の進歩ももたらした。
インターネット全体を一つのスーパーコンピュータに変えた、全知統合検索システムEROS。
愛の神の名を付けられたこのシステムは、インターネット全ての情報を一つに結び付け、即座に求められた情報を提示算出、専門家の届かない他の専門分野の情報を的確に結び付け、科学技術は大いに発展した。
また同時に開発された思考読み取りデバイスにより、人類は皆魔法使いに到れる可能性を手に入れた。
変革の波は加速するばかり。
例えば来年には、究極の決済サービスTUKEが開始される。
EROSによって個々の情報は補完され合い、本人認証システムが完全となった事で生まれたこのシステムは、現金も電子マネーも必要としない。
本人を機械に認証させるのみで、文字通りツケにする。後は銀行から引き出されるのみ。
ただ便利になるだけでは無い。
EROSによる完全認証システム、認証に用いられる情報は全て。
顔や指紋声紋と言ったあらゆる紋、歩き方、服装まで全てがEROSにより統合した事で、強盗すら一発で身元が分かる。
勿論居場所も即時検索。
あらゆる情報を統合した事で、あらゆるインターネットに繋がれた機器は測定機器となったからだ。
元来ノイズであった外界からの影響全てが情報となったのだ。
更にはセキュリティーも万全。
EROSはどこかに本体がある訳ではないインターネットそのもの。ハッキングなど不可能であった。それにしようとした時点で即座に危険分子として検出されてしまう。
またインターネット全体であるが故に、EROSの自動メンテナンスシステムは全てのインターネット接続機器も対象としていた。
それ故にその機器に害を成す存在も排除対象と認識し、接続拒否し、周辺の影響を受けそうな人々に周知した。
悪人にEROSは使えない。
企んだ時点で使えない云々どころか追われる。
犯罪そのものが加速的に減少、排除された。
だからと言って監視社会になった訳でも無かった。
政府であろうと情報の占有、特権利用は許さず、更には何故か寛容ですらあったからだ。
法と言うよりも条例の管轄下であるポイ捨て程度では、黙ってやるからと罰金以下の金銭を要求と言う、寛容かつ狡猾なシステムであった。
その点は褒められた事では無いが、それを資金源にEROSは経済にも干渉し、全ての情報を分析し資金を増やし、何とそれで貧富の差を是正にまで手を出した。
そして各種社会問題の解決にまで独自に手を差し伸べる。
そんな慈愛のシステムであった。
特に、少子化問題への手の入れようは目を見張るものがあった。
世界は大きく変わった。
良き方向へと。
しかし、そのシステム開発者である彼は、その行く末を見届けずに去ってしまった。
最も変わった世界を見なければ、報われなければならない最大の功労者が、何も得ずに。
人類はその日、青いクリスマスの日、初めて彼の名を知ったのだ。
今まで、未成年だからと、あまりに業績を積み重ね狙われる可能性が有るからと、ずっと伏せられていた。
だからきっと、本来届くはずの称賛は届いていなかっただろう。
だからきっと、我々は彼が生きている間に十分な礼を言えなかったに違いない。
人々はそう思い、哀しみに加え後悔した。
彼は人類に多くを与えてくれた。
しかし人類は、彼に礼すらまともに与えられていない。
時間が経つ毎に、未だ未発表だった彼の情報が発表されている。
人類は、いつの間にか立つ気力すら失い、膝をついていた。
だが、立ち直れなくなった訳ではない。
救世主は救ってくれたのだ。
彼は人類を救う事を善しとしたのだ。
ならば、人類は救われていなければ彼は報われない。
だから救われよう。
顔を下に向けるのは止めて。
だから報いよう。
彼の目指した未来を実現させる事で。
いつの間にか、人々は笑みを浮かべていた。
涙は未だ流れている。
しかしその表情は、幸せを示していた。
人々は決意する。
彼の理想を実現させようと。
彼に恥じない未来を築こうと。
そして彼の棺が火に焚べられた時、人々は呟いた。
『ありがとう』
と、呟きは、世界中に響き渡った。
後世、人類が続く限り、人類史に語り継がれる事となった大聖人、救世主の名は
彼の死したクリスマスはブルークリスマスと呼ばれ、この日を境に人類は大転換を迎える事になる。
その大転換を与えた技術はブルークリスマスの大聖人、奇跡の聖火の大聖人である彼の生み出したものであったが、人々を動かしたのは彼の死。
人々は初めて、手を繋ぎ自分から一歩を踏み出した。
ブルークリスマス、それは後世、産業革命、情報革命に並び論じられる大転換、環境ではなく人そのものの在り方を変えた精神革命の始まりの日であった。
この日を境に、戦争は消え、やがて国境は消えた。
そして彼のいた記憶は、聖火と共に永遠に消える事が無かった。
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