チョコは本来薬だからチョコを貰う奴は病気だと主張する男、変態に絡まれたと嘆く

 


 ひと悶着あったが、それはあの恐ろしき婆さんがコチラに来たことで終わりを迎える。

 また騒ぎを起こしたら今度は何をされるか分かったものじゃない。


「メニュー表が無いと探しに来てみれば、そんなに持って何をしている?」

「えっ? メニュー表?」


 婆さんの用事はメニュー表の回収、そして俺が読んでいるフリをしていた物はメニュー表だったらしい。

 別々の内容が書いてあるように見えたが、それは手書きで揃っていなかったからそう見えただけのようだ。


「プッ、あなた、メニュー表の束をカッコ付けて読んでいたんですね」


 さっそく女神様は俺を笑う。

 女神様もメニュー表だとは気が付かなかった癖に。

 手遅れかもしれないジェントルとしての面子を保つには誤魔化すしかない。


「な、なんの事ですかー? お、俺はただ溢れたコーヒーのお替りを頼もうとしていただけでー」

「同じメニュー表を何枚も持って?」

「俺はコーヒーにこだわる人なんですー」


 口調がつい元通り余所余所しい敬語になってしまうが、今は気にしている場合では無い。

 男の矜持がかかっているのだ。


 だがここで違う人も話に入ってきた。

 言わずもがな、婆さんである。未だ自主的に俺達に話しかけてくるのはこの婆さんしか居ない気がする。

 転生したて、生まれ変わったばかりなのに初っ端から青春は程遠い。


「コーヒー? その溢した飲み物はブラックのブラウンだぞ」

「ブラックコーヒーじゃなくてブラックのブラウン?」

「知らないのか? ブラウンは枯れ葉スライム、主食が枯れ葉であるスライムを天日干しにし、粉末にした物をお湯で戻したものだ。枯れ葉スライムは茶色であるからブラウンスライムとも呼ばれる。だからブラウンだ」

「なっ!?」


 俺はとんでもないモノを飲んでいたらしい。

 スライムってあれだよな? ダンジョンに召喚したし……。

 プレイには必要かも知れないが、断じて口に入れるモノでは無い。


「ちなみにブラックのブラウンとは?」

「いや詳細聞かなくて良いから!」

「天日干しせずに絞った新鮮な体液だ」

「あ゛あぁぁぁーーーーーっっ!!」


 体液って言わないでぇぇーーーー!!


「フッ、ジェントルで大人なのは誰でしたっけ? いやぁ〜、私は知りませんでしたよ。ジェントルで大人とはゲテモノを好めるレベルで好き嫌いをしない人の事を言うんですね。あなたこそジェントルで大人に相応しいですねぇ〜」


 冷たく笑いながら追撃する女神様。

 酷い、ショックを受けている人間を追撃して笑うなんて。

 しかも率直に馬鹿にするのではなくネチネチと嫌味を言って、こちらの反応を愉しんでいる。

 控え目に言って性格が悪い。


「これに懲りたら調子に乗らない事ですね。反省したら早く仕事を探してきてください。おそらく、露出教があるから全裸でも絶望的では無いですよ」


 この流れに生じて自分のミス、俺の全裸に気が付けなかった事を帳消ししに来る。

 街の俺達に対する反応からそんな訳あるかと声を上げたいが、そんな事を言えばまたネチネチと話を繰り返されるだろうから、そんな事は言えない。


「はい……」


 俺に言えるのはこれだけだ。


 しかしここで救世主が現れた。

 勿論婆さんだ。


「仕事? さっきから聞こえていたがそんなものは探さなくても、冒険者ギルドで依頼を受ければいいだろう」

「依頼?」

「何ですか? それは?」

「冒険者登録で説明されなかったのか?」


 普通は説明されるものらしい。

 …この野郎ォ。

 この街の連中は禄に説明しない。職務放棄な奴らばかりだ。


「冒険者ギルドに行けば魔物の討伐や素材採取の依頼が誰でも受けられる。つまり全裸であれ魔物を倒してくればそれで済む。倒せさえすればどんな格好であれ問題無い。仕事を求めるならば冒険者ギルドに行けばいい」

「冒険者ギルドとはそう言う組織でしたか」

「ありがとう婆さん」


 何であれ実に素晴らしいお役立ち情報だ。

 女神様も身分証を発行できるとか、戦士が集まっている事ぐらいしか知らなかった様だし、本当に助かる。

 他の奴らは話しかけても逃げるしな……。


「じゃあ早速冒険者ギルドに」

「待ちなさい」

「何か?」

「その前に服を買ってきなさい」

「いやそれが金がなくて」

「あれが全財産だったのか?」

「そう言う訳じゃないですけど、さっき渡した小銭と同じものしか無くて」

「ん? 金貨があれば買えるぞ」

「「へっ?」」


 またもや新事実。

 金貨は五円玉的な小銭では無いらしい。


「……これも知らなかったのか」

 そう言うと婆さんは金貨とやらを一つ取り出した。


「これは金貨、10万フォンだ」

「「じゅ、10万!?」」

「そうだ。名前の通り純金製で、形状が違う程度なら十分使える。素材そのものに価値のある硬貨だからな。多少他の街よりも食料の高いこの街でも一月食うだけなら一枚で事足りる」


 大量に落ちていた小銭は10万という大金だったようだ。


「魔物を倒したら落ちていたのですが?」

「魔物を倒したら硬貨が残るものだ。何故だかは誰も知らない。しかし、強い魔物を倒すほど高額な硬貨が残るのは確かだ。金貨一枚を落とす魔物でもそこそこ強いぞ? ……一体、何を何匹倒したんだ?」

「爬虫類を沢山」

「そうか…まあ今はいい……。それにしても何故気が付かなかった? こんな事は子供でも知っているぞ? 特にそこのお前さんなんかは金銀の装飾をジャラジャラさせているのに?」


 婆さんはそう言って胡散臭いものを見るような視線を女神様に向ける。

 俺も純金だと気が付かなかったが、女神様の場合はあんなに気に入り執着していたのにも関わらず、本物を見分ける事が出来ない。


 流石にこれはマズいと思う。本物の美しさが判らない癖に金銀宝石を身に纏う、それはただの趣味の悪い成金だ。


 金銀宝石は希少価値以前に万人の求める美しいものだからこそ価値が付く。宝石にも経済にも興味の無い男の俺にでも分る当然の事実。


 女神様はその万人が求める美すらも判っていない。


 いや、別に鑑定士がいるくらいだから真偽が判らないのならまだいい。俺も真偽なんか知らないし、知ってるヤツの方が少ない。

 だが、偽物であっても美しいと思ったからこそ、宝石を選ぶのだ。だから最低でも、自分の選んだものと同等のものは美しいと思えなければならないと思う。

 しかし女神様は金貨を小銭扱い。つまり特段美しいと思った訳でも無いのに、美しさに魅せられた訳でも無いのに執着している。


 女神様は完全に付けられた値札しか見ていない。

 女神様の見方からすると、札束を身に纏っているのと同じだ。ただ価値あるものを見せびらかしたいだけなのだから。

 悪趣味にも程がある。


「まあ、俺はそんな女神様でも全然オーケーだせ! 寧ろ金銭至上主義の美女は大歓迎だ! 金で買える素人、本物の恋愛まで楽しめる究極の娼婦! 俺はそんな金で心が買える女性が大好きだー!!」


「「フンッ!!」」

「くぶぁ!!」


 何故か醜いところを晒して落ち込んでいるだろう女神様を勇気付ける言葉を贈ったのだが、当たり前の様に制裁を食らった。

 これまた何故か婆さんの一撃もオマケ付きで。


 女性を褒めただけなのにこの対応、世の中、やはり理不尽だ。




 ホテルから吹き飛ばされるままに、ロビーから追い出された。


 そのまま服を買いに行けとの事だ。


「はぁー」

「おい、不満があるなら聞くぞ!」


 つい溜息を吐いてしまうのも仕方が無い。


「全裸の変態野郎を付けられて喜ぶ男がどこに居るってんだ?」


 この買い物には同行者がいた。

 いきなり買い物と言われても店の場所を知らないと抗議したら案内人を付けられてしまったのだ。


 付けられた野郎は婆さんの孫の孫。

 ……一体あの婆さんは何歳なんだ?


 おかげで女神様と買い物デートプランはご破算。


 最悪だ。


「誰が変態だ! 誰が!?」

「お前だよお前、公衆の面前で全裸な野郎が変態以外の何なんだ?」


 そして更に最悪な事に孫の孫とやらは全裸の変態だった。


「これはお前のせいだろぉがぁ!? お前のせいで俺は服を着られなくなったんだぞ!?」

「質の悪い嘘言うな! 俺に男を脱がす趣味は断じてない!」


 しかも頭のおかしい変態だ。

 俺のせいで全裸だとか言う訳の分からない変態である。

 全くの事実無根だ。と言うか服を着られないってどんな状況だ? まずやろうとしても俺には無理だ。

 うん? もしかしてホテル破壊に巻き込まれて服が全部燃えたとかか? 

 いや、そうだとしても実行犯は女神様。俺は断じて関係ない。


 つまりコイツの言い分はどう考えても間違い。

 何だかんだと俺を敵視してきて迷惑極まりないものだ。


「嘘とは何だ! 嘘とは!? 昨日俺達勇者軍の兵舎に来て布教しやがっただろう! そのせいで、そのせいで俺達は! うぅぅ……」


 テンション高く突っかかって来たと思えば勝手に泣くし、情緒不安定にも程がある。

 しかも全裸の変態の癖に股間を必死に隠しながら、くねくねと歩くと言う謎。それでいて今日に声を張り上げて怒鳴る。

 本格的にヤバい奴だ。

 下手に一緒にいると極一般的に最高な好青年である俺まで変態だと思われてしまう。取り敢えず黙らせなければ注目される。


「俺は昨日、冒険者ギルドに登録しにしか行ってねぇよ! この街に来たのも昨日! 俺達今日が初対面だ! 勇者軍の兵舎なんか……」


 さっさと言葉が続かないよう反論するが、そこで何か引っかかりを覚えてた。


 勇者軍の兵舎?

 どこかで聞いたことがある。確か昨日、冒険者カードを見せろと言われて……あっ、確か婆さんが俺達が冒険者ギルドだと思っていた建物は勇者軍の兵舎だとか言っていた。


 よく見ればコイツ、何故か登録しろと言ったら勝手に服を脱ぎ出した変態の一人だ。

 それも俺達の応対をした。


 あれは野郎共が皆脱ぎ出すと言うあまりに醜い光景だったから、記憶から消去したのだった。

 気が付けない訳だ。

 まあ、元より野郎の顔など覚えないが。


 まあ何にしろ俺に否は無い。

 非の打ち所が無い男。それが俺だ。


「お前、兵舎に居たやつか。なら初対面じゃないか。だが、お前達の服を脱がそうと思った事すら無いぞ?」

「布教しただろぉ! 露出教を!」

「布教した覚えもねぇよ! 俺達は冒険者ギルドに登録しに行っただけだ!」


 布教の件は〈聖職者〉スキルがレベルアップしたから薄々思い当たる節があるが、向こうがどこをどうやってか勝手に布教されただけだ。

 本当に布教されていたと言う事も今初めて知った。

 と言うかこの件に関しては俺が被害者だ。初めて街に来た純粋無垢な俺達の話を聞かず答えず、全てはこの街の連中の不親切さが原因。俺は無知に付け込まれた憐れな詐欺被害者と何も変わらない。


「兵舎と冒険者登録のどこに関係がある!? 見え透いた嘘を!」

「それは誰も人の話を聞かないからだ! 訪ねても皆逃げるは、お前らも禄に話を聞かないわで、冒険者ギルドだと思ったんだよ! つうか露出教の布教と服を着れない事に何の関係があるんだよ!? お前こそ見え透いた嘘を言うな! つくならもっとマシな嘘をつけ!」

「くっ……」


 ヤバい奴は口を噤んだ。

 流石に禄に話を聞かなかった件は言い訳出来ない程に心当たりがあるからだろう。

 分かったのならさっさと道案内を済ませて欲しいものだ。


「って、誤魔化そうとしても無駄だぞ! 経緯はどうあれ露出教を受け入れると一週間服を着れない事ぐらい、露出教徒じゃなくても知ってる! そんな事も隠そうとして、確信犯だろう!」


 だが黙らないからこそのヤバい奴。

 尚も内股股間隠しの体勢のまま意味の分からない事を怒鳴り続ける。

 呆れを一周してよく前屈み姿勢で大声出せるなと関心するくらいだ。


 もしかして構ってちゃん何のか?

 パーフェクトヒューマンな俺に師事したくても素直になれないツンデレ野郎なのか?

 全裸の変態野郎と関わるのは御免だが、そこまで俺のオーラに魅せられたのなら問答無用で突き放すのも気が引ける。


 取り敢えずさっさと黙らせて、本性を引き出してやろう。


「露出教のせいで服を着れなくなるならその理由を言ってみろ」

「なっ、それは……」

「露出教の教義を信じるからこそ、自主的に服を着ないだけだろう?」

「それは違うっ! 服を着ようとしても弾かれるんだよ!」

「いい加減普通に考えてみろ。信仰したと偽っただけでそんな強制力が働くなら今頃世界平和だって実現している。意地になる程俺に惚れるのはいいが、もっとまともな嘘をだな―――」


 そう淡々と諭す俺の視界と耳に、ふと不快なものが通り過ぎた。


「見ろよアイツら、露出教徒だぜ?」

「まったく、汚いものを見てしまったな」

「俺、エリーナに目の汚れを癒やしてもらおーと」

「お前、前はカリナって娘と付き合って無かったか?」

「お前こそ彼女取っ替え引っ替えだろ?」


 俺はガシッとヤバい変態の肩を掴む。


「お前の話を信じよう! 詳しく聞かせろ!」


 そして聖職者として、清い心で信者の言葉を聞こうと心を改めるのだった。


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