この日限定な自称仏教徒、爽やかな朝を望む
ズタボロの朝を迎えた俺は、改めて爽やかな朝を目指し優雅にホテルのロビー兼食堂で朝食を食べて……いなかった。
理不尽にも女神様と一緒に正座させられている。
「さて、釈明を聞こうか?」
正面でデッキブラシを槍と見紛う迫力で構えるのは俺達をこのホテルに案内した婆さん。
苛立ちをぶつけるようにデッキブラシの柄をダンッダンッと床に突き立てると、床石の縁から砂埃が漏れ出る。多分床石同士の接着を壊している。あっ、床石が砕けた。
大変お怒りでいらっしゃる。
だが言わせて欲しい。
俺はただの鈍器にされた被害者だと。人を斬った剣が悪いのではなく、人を斬った剣士が悪いのは変えようのない理。俺が悪い要素など欠片も存在しない。
何よりも俺は怪我人だ。それも大怪我を負った。何故か今は傷跡一つ残っていないが……。しかしあの女神様の凶行を見た後なら気にかけて当然だと思う。見かけ上大丈夫でも状況的に絶対安静だ。
まあ、怖くてそんな事言い出せないのだが。
「大変申し訳なく」
「思っております」
今俺達に出来るのはただ謝る事だけ。
少し辺りを見渡せば怒りの訳も分かる。
上を見上げれば室内にも関わらず何物にも遮られる事のない空が広がり、床の一部は陥没、多分ここの基礎よりも深い穴が空き、その周りの床もひび割れ無事では無い。
昨日までは欠陥の見当たらない品の良さそうな高級ホテル然とした建物がこの有様、怒って当然だ。
不幸中の幸いは俺達の泊まっている最上階の部屋の下は他の客室では無く、直接天井を高くしたロビーが有ったことぐらいだ。お陰で部屋としての被害は二部屋、俺達の部屋とロビーで済んだ。
しかしホテルの看板たるロビーが一番大きな被害を受けた。一番被害を受けてはいけない部屋がだ。
不幸中の幸いは僅かな誤差でしか無い。
「しっかり弁償させていただきます。女神様の金銀財宝で」
「はぁっ!? 何故私が払わないといけないんですか?」
「当たり前だろう! 女神様の攻撃のせいでこうなったんだから!」
「そうさせたのはあなたが原因でしょうに! と言うかさっきから言葉使いが馴れ馴れしくなってませんか? 私女神ですよ!」
「馴れ馴れしいって俺達、一晩共に寝た仲でしょう!」
「ふんッ、誤解を招く言い方するな!」
「あ゛ばぁあ゛ぁッ!!」
女神様の断頭チョップ、また地中にお邪魔する俺、拡大するホテルの被害。
何とか埋まった頭を抜こうとするが、その時後頭部に女神様の断頭チョップに勝るとも劣らない衝撃が襲った。
「ブッフッ!!」
見なくても分かる。
婆さんのデッキブラシ柄だ。
押し付けられた柄からは一向に力が抜けず、俺の頭蓋骨はミシミシと鳴ってはいけない悲鳴を上げる。
お怒りだ。滅茶苦茶お怒りだ。
顔を見なくても分かる。
とても中年よりも初老に近い孫がいる婆さんの出せる力では無い。下手したら大男でもこの力は出せるかどうか分からないレベルの力だ。
間違いなくリミッターが怒りで外れている。
幾ら起き上がろうと藻掻こうが、柱のようにピクリともしない。俺の頭の方がミシリとする。
と言うかこのままだと頭蓋骨粉砕以前に窒息して死ぬ。
顔面から地中にめり込んでいるから呼吸が出来ない。
俺は必死に地面を叩いてギブを表明する。
おっ、力が弱まった。
ただいま、空気!
「で、幾ら出せるんだ?」
「へ?」
第一声がそれ?
まず普通に説教が続くと思って上手く返せなかった。
「ブッフッ!!」
再びデッキブラシで地面へ。
ロクに呼吸を整えられないまま戻って来てしまった。
堪らずギブを表明。
あれっ、力が込められたままだ。
ちょっ、ムリムリ!!
ギブ、ギブだって!!
さっきよりも必死でバシバシと地面を叩く。
「ぷはッ!!」
「幾らだ?」
「ちょっ、待っブッフッ!!」
俺はこの光景を知っている。
拷問だ。
ひたすら繰り返し顔を水に沈められるアレだ。
それをまさか地面でヤられるなんて。
早く、早く、婆さんの求める答えを!
バシバシと地面を叩く。
地面を叩く!
地面を叩くぅーーー!!
金、金、俺の持ってる金!
ここに泊まるときに婆さんに渡したような、五円玉に似た色の硬貨しかない!
多分価値は五円玉と同じ。魔物を倒した後に散らばっていたし、簡単に落ちているものだ。煤けている分もっと低い価値かもしれない。
でもホテルには泊まれた。女神様の財宝姿を見てのものだろうが、取り敢えず何枚も出して何とかなった。
これに賭けるしかない。
俺はアイテムボックスから両手に小銭を取り出す。
取り出し続けながら地面を叩き続けた。
そして俺は賭けに勝った。
死の縁から開放される。
「……いいだろう」
「ゼーハァゼーハァゼーハァ、あ、ありがたき幸せ」
小銭をいつの間にかデッキブラシと持ち替えた箒で掃き集めると、パン屋の紙袋サイズの袋に詰めスタスタとカウンターに向かった。
色々有り過ぎたが、何とか朝食まで生き延びた俺は優雅に女神様とお食事タイムを迎える。
「それで女神様、今日のご予定は?」
ジェントルに新聞(多分)を読んだフリをしながらコーヒー(多分)を飲む俺は、女神様に尋ねる。
ウプッ、このコーヒー的なもの不味、何だこれ? 薬? 香りも枯れ葉っぽいし? 少なくともコーヒーじゃない。
「そんな不味いなら飲まなければいんじゃないですか? 傍から見たら阿呆でしかないですよ」
「俺がアホ? ジェントルで大人な俺のどこが?」
聞いた質問の答えは返ってこなかった。
何故か貶される。
新聞を読みながらブラックなコーヒーで一服する、余裕のある優雅なジェントルメンそのものだ。
「その新聞読んでコーヒー飲めばなれると思っている発想です。その新聞らしきものに関しては文字も読めないでしょうに、挿絵、反対ですよ」
「そ、そんな事ないぞ!」
何故か俺の考えている事が読まれた。
あと新聞が反対? すぐに直さなければ。
と言うかこの新聞的なもの、全体的な色は同じだが折りたたみ方が違うから持ちにくい。何かすぐにバラけそうになる。
ただ上下をひっくり返す。それだけでも一苦労だ。
えっ、これどうなってんの?
「アッアッ熱ッ、熱っちゃッ!」
新聞をコーヒーもどきに引っ掛けて俺の身体にブッ掛かった。
滅茶苦茶熱い。今まで溢した何よりも熱い。
異世界のコーヒーもどきはこんなにも熱いのか!?
「全裸だからそんな事になるんです」
あっ、そう言えば俺、まだ服を着ていないままだった。
「そんな格好ではそもそも何をやっても滑稽になるだけです。元々どうにもならない事を考慮しなくても」
さり気なく、いや当たり前に全裸だけでなく俺自身を口撃してくる女神様。
あれ、いつの間にか顔にもコーヒーもどきが跳ねたのか?
目の下に生暖かい液体が。
ぐすん、ズズズっ。
「それで予定でしたね」
何事も無かったように、いやそれこそ当たり前であるから気にも止めない女神様。
俺としても何度も殺しにかかられているが、何も感じなくなる訳ではない。寧ろ重く重なってくる。何度も良さをアピールしているのにと。
女神様は俺の心を傷付けた事を何とも思わず会話を続ける。
「言うまでもなく服でしょう。さっさと買いに行ってください」
しかし女神様の提案は至極真っ当なものであった。
「確かに、流石に買いに行かないと」
「早く粗末なモノを隠してください」
……一々女神様の言葉は心に刺さる。
ちゃんと俺のだって平均ぐらいは……いや野郎のモノなんてまともに見たことは無いが、少なくとも女神様が基準にしているのだろう男優のは平均よりも大きいだけだ、きっと、多分……。
「あっ、でも女神様、買うって言っても、そもそも有り金が無いんだけど?」
「…………余りに深刻な問題がありましたね」
「取り敢えずはその宝石を売るしか?」
「ッッ!! これは私の宝石です! あなたハッキリと私へのプレゼントと言いましたよね? あれは嘘だったんですか?」
「うぐっ」
さっきまで平然と俺を取るに足らないもの扱いしていたのに、俺の行動原理を理解し痛いところを突いてくる。
その女神様の様は残念ながら俺の良き理解者や腐れ縁の立ち位置でなく、ただ純粋に宝石を守ろうとする強欲なドラゴン。
余りに悲しい言い方をすると値段の付けられる価値ある物にしか信用を、救いを見い出せなくなった心を閉ざした孤独な人。
しかしそれでも俺の事をよく分かっている。
何故にこんな時だけ……。
俺は女性にした約束を決して違えない。
不可能であっても最大限の誠意を見せる。
何故なら約束をする以上愛していると、愛そうと決めているからだ。例え俺の一方通行だとしても、いやだからこそ自分で決めた事ぐらいは、信念は最後まで貫く。
自分が不確かなら、愛という想いも不確かだ。愛してもらおうと思う以上、本気で愛するしかない。しかし俺は正直、本当に愛しきれる自信がない。移りやすいし、そこには性欲もある。だから純粋な本物と言い切る自信は無い。だからこそ、せめて他の可能な事では妥協しないと決めている。
プレゼントとは表現しきれない想いを形として、証として渡すもの。プレゼントの返却要求なんてもっての外だ。証を返せとは自分の否定だ。
俺にそんな選択肢は無い。
プレゼントが女神様の物である以上、自主的に俺の為に使ってくれても良いんじゃないかと思わなくもないが。
「……宝石の件はいいとして資金はどうすれば? どちらにしろ金は必要だし?」
「それは確かに目下の大問題ですね。ホテルの宿泊期間も一週間、何にしても稼がなくてはいけません。取り敢えず幾らか稼いできてください」
「全面的に俺任せ!?」
「女神たる私に人間に混じって働けと? さっさと内蔵でも売ってお金を供えてください」
「貢がせるだけじゃ飽き足らずまさかの臓器売買要求!?」
神だからと言うが、どう考えても神の言う言葉では無い。
悪魔の類でも代償に心臓を寄越せとかで、内蔵を金に変えて来いなんて要求、聞いたことも無い。
まだ悪魔の方が肉食動物のようで健全だと思う。
「百歩譲って言うなら働いて来いでしょう!」
「働く? 何を馬鹿なことを。まずは自分の姿を見てください」
「自分の姿?」
姿を見ろと言われても、変なところと言えばコーヒーもどきを溢した事ぐらいしか思い当たるところは?
ああなるほど、確かにコーヒーもどきで汚れた服で面接に行ってもまず落ちる。そもそも仕事まで辿り着かない。
ん? 汚れた服?
「あっ……」
俺、全裸だ。
絶対に仕事になんかありつけない。
「やっと気が付きましたか? そんなコーヒーで汚れていては仕事にありつける筈がないでしょう」
「…………」
だが、女神様の懸念はコーヒーの汚れの方で正解だったらしい……。
「いやいや! それ以前に俺全裸! 全裸だから!!」
「はい、だからさっさとその汚れを拭いて稼ぐなりして、服を買いに行ってください。言っておきますけど内蔵云々は半分冗談ですから。分かったらさっさと私の分も稼いでください」
「いやもう半分は!? って、そうじゃなくて、全裸でどうやって職を得ろと!?」
「ん? あっ……」
マジかこの人、本当に気が付いていなかった……。
「仕方ありません」
「あの? ……そのナイフは?」
「ゴミを資金に変えるリサイクルです」
そして本当に冗談は半分で半分は本気だった。
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