この日限定な自称仏教徒、朝なのに眠りかける

 


 新しい朝が来た。

 希望の朝だ。


 ゆっくりと目を開くと映るのは朝日を後光にする希望の朝そのもの、絶世の美女神様。

 思わず息を飲むその美しさに、そんな彼女が近くに居るという高揚感に当てられ、微睡みは失せ一気に意識は覚醒する。


「おはよう! 女神様!」


 気持ちよく爽やかに朝の挨拶。

 当たり前のように交わす挨拶、これがいつか本当に当たり前となり、いつしか変わらない日常と化すのだ。


 さて、今日も良い日になりそうだ。

 今日もでは無いかも知れないが……。


 ん? あれ? 起き上がれない。挨拶と共にバッと起きるつもりだったのに。

 何だこれ?


 ジャラジャラ。

 動く度に何処からか鳴り響く金属音。


「女神様、これは?」


 …………俺は、ベットに鎖でぐるぐる巻にされていた。


「駆除対象の害獣を部屋で野放しにする馬鹿なんて居ません」

「駆除対象の害獣って酷すぎないかそれっ! 取り敢えず外してくれないか、これじゃ朝に反り立つモノも慰め―――うぐばぁっッ!!――」


 抗議するも返ってきたのは理不尽な踵、それも顔面に向けて。

 直後、大木の折れるような破裂音。

 俺の頭は枕にめり込むどころか下のベッドをぶち抜いて床にヒビを入れた。


 事件だ、普通にニュースでやるレベルの大事件だ。

 鎖で拘束されたいたいけな青年が理不尽な致死レベルの暴行を受けている。

 サスペンスドラマでしか無いような架空レベルの大惨事。


「……お巡りさん、事件で―――」


 あまりの事に、俺の事を日頃ストーキングしていた仇敵たる警察に思わず助けを求めてしまう程だ。


「事件とは失敬な、神罰です」

「イギィアッっ!!」


 しかし相手はそもそも法に治まる筈も無い女神様、止めるどころか追撃、俺の頭を踏み潰す。

 神が理不尽から救ってくれるのなら、理不尽を与えるのもまた神であると哲学的な事を俺は理解させられた。


 起き上がろうと藻掻くと目の前には、女神様の瑞々しくも白磁器のような素足。

 その奥にいらっしゃる黒パンティ様。


「ありがとうござ―――」

「ふんッ!」

「――いイィぃギィいあぁァァっっ!!」


 理不尽の後のご褒美につい感謝を漏らすと、更なる理不尽に襲われた。


 女神様に踏んづけて頂いた俺は床を突き抜け、一階エントランスの床に新雪に飛び込んだが如く見事な人型を刻み込み、地面に埋没した。

 完全に即死の一撃を決められたが、あの脚に蹴って頂けたと思うと悪い気がしない。


 なるほど、これがパートナーのいる爽やかな朝の目覚め。


 それにしてもまだ鎖が巻き付いている所為で中々這い上がる事ができない。

 擦り付けるようにしてモゾモゾ動く事ぐらいしか、むむ!


 モゾモゾ、ゴソゴソ…………。




「ふぅ、改めておはよう、女神様!」


 何かとスッキリして諸々から抜き……抜け出すと、薄っすらとかいた汗を拭いながら、爽やかな笑顔で再び朝のご挨拶。

 色々と朝のジョギングをしてきたかのような爽快感だ。


「チッ、やはりまだ生きていましたか。薄っすらと汗をかくだけで笑って済ますとは、化け物以外の何物でもないですね。一体どうやったら死ぬんですか?」


 もはや隠す気が一欠片も無い殺意。

 それどころか堂々と殺し方まで聞いてくる始末。

 これもここまで来ると清々しい。


 しかしだからと言って何も言い返さないのは違う。

 明らかに誤った行為を注意しないのは人として間違っている。誠実さと言うポイントは大きい。

 だが相手は女神様だし、結局何を言っても変わらなそうなのも確か。


 ここは穏便に他の誤りを指摘して、俺の誠実さをアピールしよう。


「女神様、この汗は別件だよ。だから女神様は俺を傷付けてなんかいない。安心してくれ!」


 誠実に細かい事も訂正し女神様の凶行を庇うこの姿勢、女神様の好感度上昇間違い無しだ。

 殺意を向けられても許すどころか庇う様に、殺意も消す筈。


 現に女神様は俺をジッと見詰め来た。

 まさかの即効性。


 俺にもやっと常世の春が―――


「“神拳”!!」


 マジで常世が近付いてきた。


 俺は神の光としか呼べない極光に呑み込まれ、腹パンで上空に打ち上げられる。

 圧倒的な打撃は貫通した穴から俺を上げ戻し、そこで留まる事なく天井を消し去るも、留まる気配が見受けられない。霞む視界には雲が映る。

 極光は俺を焼くどころか、直接消し去る様に溶け込んでくる。まるで俺の存在そのものが極光に上書きされ塗りつぶされる様だ。


 悲鳴を上げることも出来なければ、血の一滴流す余裕すら無い。

 外へ行くもの全てが消失する。


 極光を拒まねば、刻一刻と全てが消失してしまう。


 女神様の光に塗り潰される訳にはっ!!

 ん? 塗り潰される?


「――うぇるかむッ!!」


 この行為はきっと俺を女神様の色に染め上げる行為。

 つまりはツンツンし過ぎた求愛!!


 ならば俺は全力で受け容れるのみ!!

 心の扉全開、目指せ心の同居!!


「かもんカモン過門!!」


 ん? あれ? 侵食が止まった。

 それどころか極光が俺から弾かれて行く。


「逃さんっッ!!」


 極光を吸い取る引き寄せる吸い取る!!


 寄せれば寄せる程反発が強くなるが、俺はこの程度で諦めない。

 限界まで掻き集める。


 俺を中心に解き放たれる神のグランドクロス。

 俺の輝きが明るい世界を尚も照らす。


 結局反発が強過ぎて全ては手に入らなかったが、大部分の獲得に成功した。


 途端、俺の脳裏にステータスの声が流れる。


 《高次元エネルギーの獲得を確認。ステータスを更新します。

 種族進化を試みます。

 失敗。

 存在の格が進化可能域を大幅に超えています。この高次元エネルギー量では不足と判断。再試行を中止します。

 擬似神格の獲得を試みます。

 失敗。

 固有スキル〈不屈〉の作用を確認。擬似神格の獲得は不可能と判断。再試行を中止します。

 神格の獲得を試みます。

 失敗。

 エネルギー及び格が不足しています。

 高次元エネルギーの変換を一時中断します。

 固有スキル〈不屈〉のレベルが3から7に上がりました。

 スキル〈再生〉のレベルが3から10に上がりました。

 スキル〈再生〉のレベルが上限に到達しました。

 熟練度のスキル容量超過を確認。

 スキル〈再生〉を再構築します。

 再構築成功。

 スキル〈再生〉がスキル〈超再生〉に覚醒しました。

 スキル〈超再生〉のレベルが1から10に上がりました。

 スキル〈超再生〉のレベルが上限に到達しました。

 スキル〈超再生〉の固有化を確認。スキル領域が逸脱した為、再構築を試みます。

 再構築成功。

 スキル〈超再生〉が固有スキル〈再生〉に覚醒しました。

 固有スキル〈再生〉のレベルが1から5に上がりました。

 固有スキル〈再生〉の獲得により存在イデアが更新されました。

 器の上昇を確認。

 高次元エネルギーの変換を再度試みます。

 固有スキル〈再生〉の強化を試みます。

 成功。

 固有スキル〈再生〉のレベルが5から10に上がりました。

 固有スキル〈再生〉のレベルが上限に到達しました。

 固有スキル〈再生〉の覚醒を試みます。

 成功。

 固有スキル〈再生〉が固有スキル〈超再生〉に覚醒しました。

 器容量の拡張を確認。

 高次元エネルギーの変換を試みます。

 能力値アビリティ“神力”を獲得しました。

 魔法〈神属性魔法〉を獲得しました。

 固有スキル〈再起〉を獲得しました。

 固有スキル〈再起〉のレベルが1から10に上がりました。

 固有スキル〈再起〉のレベルが上限に到達しました。

 固有スキル〈再起〉の覚醒を試みます。

 試行中。残りの高次元エネルギーを全て変換。

 成功。

 固有スキル〈再起〉が固有スキル〈再臨〉に覚醒しました》



 留まる事なく流れ続けた通知に思わず頭を押さえる。

 イマイチ内容が整理出来ないが俺のステータスは大幅に強化されたらしい。


 こんなにも多くレベルアップしたという事は、やはりアレは何だかんだ女神様の愛の裏返しに違いない。

 そのレベルアップしたものの大部分が再生やらと、レベルアップしてはいけない類いのスキルで、正直今回は本当に死にかけたが、ここで受け入れるのが男の度量。

 俺は全力で女神様の愛に応えよう。


 そんな決意を固めながら、俺は頭から自然落下を初める。


 死の恐怖から感じていた凍てつくような寒さも、今の俺には暖かく、いや熱いくらいに感じられた。

 まるで炎が出ているように熱い心の熱。

 愛を見つけた俺にはその想いの炎が生み出した焦げ臭さまで感じられる。


 これが愛に目覚めた感覚。


 でもちょっと熱すぎやしないか?

 炎の幻影まで見えてきた。

 焚き火では無くガスバーナーのような炎が、俺の頭上から広がっている。


「って、本当に燃えてるじゃねぇか!? 一体どれだけ蹴り上げられたんだぁーー!! あ゛あぁァァーーーッッ!!!!」


 今の俺は燃え上がる隕石だった。

 猛スピードかつ高温で俺は墜落して逝く。


 どれだけ高いんだと俺は下を見る。


「ばぁッぁぐぁるぁあ゛あ゛あぁァァーーーーーっっッッ!!!!」


 炎の吹き出し口が顔面に変わった!!

 口を閉じる事はすら出来ない!!

 ただの風圧でもキツイだろうに、閉まらない口から溢れているのは風ではなく灼熱の炎。


 今の俺は空を飾る流星。

 このままでは永遠に夜空で瞬く終骨死おほし様。


 まさか女神様の想いを受け止めた後にこんな事が待っているとは。

 一難去ってまた一難、間違い無く一難が最期の大災難レベルなのにそれが二度も続けて来るとは酷すぎる。

 と言うか加えて今は俺が災難中の災難である災害の一つ、隕石状態だ。普通に墜落地点もヤバい。


 何とかせねば! 


 しかし俺に出来るのは祈る事ぐらい。

 ん? 祈る?

 そうだ、俺は今、流れ星。

 落ちるまでに三回願いを言えば叶うかもしれない。


 さあ、願いを込めて!!


「だうばうぼぶぼばぁぁあ゛ぁぁーーーッッ!!」


 駄目だ。風圧、いや炎圧が強過ぎて何も言う事が出来ない。


 だが俺は諦めない!


 例えそれがただの祈りに過ぎないとしても、それは紛れもなく俺の願い。心の底から願う、俺を形作る道標。

 声を上げるに過ぎないとしても、声すら出せなくて何が出来る?


 願いは心の内に秘めているものかも知れない、人に曝け出せない恥ずかしいものかも知れない。


 でも願いは妄想じゃない! 


 願いは目標だ! 掴み取りたい未来だ!!


 心の内に在ったって、気が付いていなくたって、人は必ず何かしらの形で自然と歩み寄る。

 歩み寄ってしまう理想こそが願いだ!

 形にしたいものこそが願いだ!

 外に出すべきものだ! 外に在るべきものだ!!


 心にしまっていても、腐らせておくものでは無い!!

 ましてや、強制させられて手放すべきものでは無い!!


 それが止められたなら、動けなくされたのなら、声ぐらいは張り上げて願ってやる!!

 声だけだとしても、歩みを止めてはならない!!


 宣言してやる!!


「ぐぁがぁぁるぁああぁぁーーーー!!」


 俺の願いは!


「ウォォォァアァァーー!!」


 俺の、願いは!!


「どぉぉぉてぇぃぃそつぎょぉおぉォォーーーッッ!! どぉうてぇぃいぃそつぎょぉおォーーーッ!!!! 童貞卒業ォォーーーーーッッ!!!!」


 目前に広がる光景、即ち世界中に轟く勢いで発せられた俺の願い。

 どうか届け俺の願い。

 せめて声を聞いて落下地点から避難してくれ。


 ん? あれ?


 願いを言う事は出来た、しかし言えたけど間違えた。

 紛れもなく一番の願いだけど、今ここでする願い事じゃない。


「まだ燃え残っているようですね。ゴミの燃えカスは跡形もなく焼却せねば、環境が汚染されてしまいます」


 言い間違えた願いはしっかりと地上まで届いたらしく、真下には極寒の笑みを仮面のように貼り付けた、無表情と作り笑顔を同居させた世にも怖ろしい雰囲気の女神様がいらっしゃった。

 その手には眩く神々しい光が握られていた。


「――神の怒りは破壊に非ず 一切合切の消失 即ち浄化なり 白紙へと還元せよ――“神撃”」


 ゆっくりと開かれた手から解き放たれる光の柱。

 それは俺を顔面から貫きを天を穿いく。


「イィいぎぃゃァァあ゛ぁあ゛ぁぁーーーーーーッッッ!!!!」


 さっきの拳よりも凄まじい一撃だ。

 存在を許さない強い拒絶の力。何もかもを白紙に戻す力だ。

 どうやったらこんなにも消し去りたいと思えるのだろうかと疑問が浮かぶほど、強い念の籠もった攻撃だ。

 見えないが多分、突き抜けた先の空は消失しているだろう。


 うん、女神様は俺が好きじゃない。知ってた。

 それを直視しざるを得ない一撃だ。

 でも諦めん!! 正面から向かい合い続けるのみ。

 何れ嫌よ嫌よも好きの内だ!!


 そんな強い意思で何とか耐え抜く。



 光が消えると、俺はホテルの屋根付近で停止していた。

 落下と女神様の一撃で勢いが相殺されたらしい。


 お陰で周囲には被害なく墜落する。


 《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 固有スキル〈超再生〉のレベルが1から3に上がりました》


 不思議と俺も無傷。

 いや、完全回復している。

 矢鱈滅多ら上がったスキルのおかげだろう。

 またレベルが上がっている。


 朝食すら食べないままに色々死にかけたが、今思うことは一つ。


 女神様に殺されかけた事?

 いや違う。これは出逢ってから平常運転だ。死にかけることもまた然り。

 女神様への想い?

 これも違う。俺の女性への想いもまた年中無休の平常運転。

 今に特別思うことでは無い。


 俺が今思う事、言いたい事は一つ。


「……スキル、回復の力じゃなくて、防御系の力が欲しい…………」


 瞬く間に何度も攻撃されて、俺はそんな事を強く思った。


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