貰っていない物を貰ったと言い張る男、冒険者登録をする?

 

 町に入った俺達は、まず冒険者ギルドを目指す事にした。


 女神様によるとそこで身分証になるギルドカードが発行出来るらしい。

 取り敢えず手に入れておくことに越した事はない。


 だが一つ困った事がある。

 道が分からない。

 聞こうにも皆逃げる始末。おそらく警察代りであろう兵士までも、急用を思い出して去っていく始末だ。

 全く、失礼な連中である。


 逃げられない店にいる店員に聞く事も考えたが、朝が早すぎて開いている店がまだ見当たらない。

 出歩く人も少ないし道訪ねはお手上げ。


 おかげで迷いながら道を歩いている。


「女神様、そもそも冒険者ギルドってどんなところですか?」

「冒険者の集まるギルド、魔物狩りやダンジョン攻略を生業とする戦士達の集まるギルドですね。魔物がいる世界では必ずと言って良いほどあって、魔物討伐と言う高い需要から大きい組織です。

 ここは見たところ城壁も強固で、近くにダンジョンがありましたから、冒険者ギルドの必要性は高い筈です。きっと大きい建物でしょう」

「じゃあ手当たり次第大きめの建物を目指せば良いんですね?」

「そう言う事です。それに目立つところにあるでしょうから、大通りを歩いて行きましょう」


 そんな訳で取り敢えず今歩いているのは門から続く大通りだ。

 しかしそれらしき建物はまだ見付からない。

 歩いてみて分かったが、そもそもこの街は迷い易い街だ。


 まずこの街の大通りは真っ直ぐな一本道でなかった。

 門から続く一番大きいと思われる大通りでも百メートルも行かない内に街の中にある城壁にぶち当たり、二手に分かれしまう。

 その道の先も同様だ。すぐに城壁で曲がり角が作られ、道が分かたれている。


 そしてもう一つ厄介なのがこれ等街の中にある城壁。

 高くて先が見えない。

 上がった俺の視力も無意味だ。

 大きい建物を探す事が難しい。ある程度近付かなければ見つける事が出来ない。

 城壁のせいで結局手当たり次第に進むしか無いのだ。


 そして最大の問題が一つ。


「……女神様、異世界の文字、読めないんてすけど?」

「……奇遇ですね。私もです」

「「…………」」


 文字が全く読めなかった。

 看板が読めない。

 大きめの建物は見つかるが、それが正解かどうかも分からない。


「ここは何の建物ですか?」

「ひっ、しゅ、宗教は、お断りですっ!」

「あの、ここは何の建物でしょうか?」

「ひぃー! 子供は売りません! どんなに金を積まれたって! 子供は売りませんっ!」

「「…………」」


 店員らしき人に聞いてもこの始末。

 人に化け物を見る視線を向けて店内に逃げ去って行く。

 残るのは固く戸締まりされた店舗だけ。

 まるで冒険者ギルドが見付からないどころか何の建物なのかも分からない。

 と言うかここの連中はどんだけ失礼なんだ!?


 そんなこんなで歩いている内に、また門を見つけた。

 城壁の内側に繋がる門だ。

 自力で先に進む道を見つけてしまったらしい。

 全く、親切心の無い街である。


 門は高い位置にあり、階段から繋がる。


「女神様、やっとそれらしい道を見つけましたね」

「まったくです。さっさと街の中心へと向かいましょう。おそらくそこに冒険者ギルドがある筈です」


 俺達は階段を昇り、門をくぐった。

 先にあったのは広い広場、そしてそこを囲むように造られた一つの巨大建造物。

 砦のような場所だった。


 壁際には斬られた跡のある試し切りの藁束や矢の刺さった的、そして立て掛けられた練習用の武器がある。


「もしかしてここが冒険者ギルドですか?」

「それらしい場所ですね。到着かも知れません」


 やはり日頃の行いか、続く道ではなく本体を見つけられたらしい。

 俺達は真っ直ぐ進む。


 そこにあった扉は少し固く閉ざされていたが、少し押すと開いた。

 バキッと音がしたのは気のせいだ。

 音に合わせて人の視線が集まっているように感じるのも、気のせいである。


 中は大きなテーブルの並ぶ食堂のようなところ、いや食堂だった。


「女神様、食堂にしか見えないけど、あってますよね?」

「冒険者ギルドって酒場と併設している事も多いと聞くので、間違いではないと思います」


 少し不安になって小声で確認したが、これで正しいらしい。


 取り敢えず近くにいた奴に声をかける。


「登録ってどこですればいいんだ?」

「ひぃっ、登録っ! なっ、何のっ!」

「何のって一つしか無いだろう?」


 またこの反応だ。

 失礼極まり無い奴である。

 見たところコイツも冒険者らしく戦士っぽい、少し兵士っぽいが戦いを生業としている格好なのにこの怯えよう。

 失礼なのもあるが、ここの安全は大丈夫か? 兵士も腰ぬけだし冒険者も同じ有様。

 明日にでも魔物に陥落させられそうだ。


 だがまあ、ここまで来たからにはこんな態度でも大して問題にならない。

 建物は逃げられないし、出口を俺達が塞いでいるからだ。

 よし、逃げられないようにここで冒険者登録してもらおう。


「聞き方を変えよう! 誰が登録してくれるんだ?」


 沸き上がるこれまでの苛立ちを抑えて、笑顔を作って俺は聞く。

 少し大きな声を出してしまったが、都合が良い。

 これで部屋全体に聞こえただろう。そのうち担当者が来る筈だ。


 しかしここにいる連中は余計に怯えただけで、前に進み出る者はいない。

 連中の悲壮感が高まり、時間だけが過ぎて行く。


 本当にどんだけ失礼な連中なんだコイツらは?


 そうこうしていると流石に女神様もキレたらしい。

 正面から説教を始める。


「あなた達、失礼ですよ? あなた達の職務は何ですか? 人々を助ける事ですよね? 助けないどころか怯えてあなた達に何ができます? 穀潰しも良いところです。先程も道を訪ねても逃げて行く兵士がいましたし、この街の治安はどうなっているんですか? 恥ずかしく無いんですか? あなた達の家族は何と思うのでしょうね? あなた達がそのようなら一体どうなるのか?

 ……まあいいです。この件はあなた達の上と話し合いましょう。そこに案内しなさい」


 冷たく言い放つ女神様に、失礼な奴等は腰を抜かしてへたり込んで行った。

 それほど? やっぱり失礼な連中だ。女神様はその軟弱な失礼さを指摘したのにこの体たらく。

 俺もガツンと言おうかな?


 そう思っていたら、俺が話しかけた奴が声を震わせながら言い始めた。


「と、登録すれば、お許し、い、頂けますかっ!? いえこの身はどうなっても構いません! だからせめて家族は!」


 失礼過ぎるがその態度はもはや懇願だった。

 元から登録だけをすれば良かったのに、何故こうも怯えるんだ?

 その姿はあまりにも憐れで、怒りも収まってくる程だ。


「まあ、いいでしょう。その代わり早急に登録しなさい。詫びる気持ちがあるのなら」


 女神様も失礼だがその弱さに強く言えなくなったらしい。

 一応釘を刺しつつ許している。


「わ、分かりました……」


 室内に居た連中は涙ぐみながら一枚、また一枚と服を脱いで行く。


 ん!?


 そして最後の一枚、パンツを脱ぎ捨てる。


「こ、これで、いい、でしょうか?」

「あ、ああ、それで問題ない」


 思わずその異様さに、くしゃくしゃの顔に押されてそう答えてしまう。


「これで登録は完了、俺達は仲間、そうだな?」

「「「はいっ……」」」


 そして逆に気まずくなった俺はそう彼らを宥める。

 何故俺が全裸の野郎を宥めなければいけないのだ。

 この世界も理不尽で溢れている。


 取り敢えず契約完了だ。

 何か俺が宥めたら奴等は一瞬光ったし、正しい冒険者登録方法ではあるのだろう。

 これならば何となくあのような態度をとるのも分かる気がする。そりゃ服を脱がなければ登録出来ないのなら、みんな嫌がるだろう。


 俺達は足早に、この場を去るのだった。


「ちょっ! ナニ見ているんですか女神様!? 行きますよ!」


 足早に、この場を去るのだった。


 《熟練度が条件を満たしました。

 ステータスを更新します。

 スキル〈脅迫〉を獲得しました。

 スキル〈聖職者〉のレベルが上がりました》


 ……あれ?

 何か覚えのないスキルを獲得した。

 やはりこの世界も理不尽に溢れている。


 兎も角俺達は何も悪い事をしていない筈なのに、足早にこの場を去るのであった。

 この様子だと、女神様も変なスキルを獲得したな。

 お互いに聞かぬが吉である。




 《サイド:新米兵士ベルク》


 俺は勇者軍所属、この街グラムジークの新米兵士ベルク。

 今日俺は、第二兵舎の留守番を言い渡された。

 同じ任務に着くのは同じく新米の同期達。


 上官や先輩達は今一人もいない。

 突如邪龍消滅の報を受けて、皆邪龍の住み処に向けて出陣したからだ。他の兵舎も合わせてほぼ総戦力が調査に向かった。

 新米の俺達にはまだ荷が重いと言う事で、留守番である。


 新米に留守番を任せていいのかと思うかも知れないが、問題はない。

 この街は元々邪龍に備えて造られた街、邪龍以外に脅威は周辺の魔物などがあげられるが、邪龍に門を破られない限りここは難攻不落、敵は侵入出来ない。

 最悪襲撃を受けても、先輩達が戻るまで門を閉ざすだけで済む。


 そして先輩達の向かった邪龍の住み処、【邪龍の天空砦】はA級ダンジョン、悔しいが俺達では餌にしかならないだろう。

 勇者軍屈指の精鋭である先輩達でも未だ邪龍を抜きにしても攻略出来ていないダンジョン。

 幸い巨大な魔物の巣食うダンジョンで集団戦に向くが、それでも俺達には荷が重すぎる。

 留守番といっても実情は留守を守るのではなく、戦力外として置いていかれただけだ。


 悔しさが無いと言えば嘘になるが、今の俺達は先輩達の帰りが待ち遠しくて仕方がない。


 何故なら邪龍の消滅を確認に行ったからだ。

【老師】グルゼン様からの情報だから、まず間違いはない。

 だが魔王軍の四天王として約百年もの間、それを考えなくとも何千年もの間世界を脅かしてきた邪龍、消滅をそう簡単に信じる訳にはいかない。

 誰もグルゼン様を疑う者は居ないが、それでも誤認だと言う可能性を捨てられないのだ。

 その討伐確定の報が待ち遠しくない者など、世界に存在しない。


 先輩達の調査が終わって初めて、世界は歓喜に包まれるだろう。

 その分今は祈るような気持ちが収まらない。


 そんな風に待っていると突如兵舎の扉が破壊された。


 中庭の訓練場からの被害を防ぐために、相当頑丈に造られた扉が意図も簡単にだ。


 そして現れた二人組に、邪龍消滅の報よりも大きな激震が俺達を駆け巡った。


 全裸の男、雰囲気からして露出教の聖職者に、この街を買えそうなほどの財宝を身に纏った美女。

 対奇襲の訓練を受けてきた俺達でもあまりの事に反応が出来なかった。


 男は女となにかを話すと、俺に目をつけた。


「登録ってどこですればいいんだ?」


 そう話しかけてきた。


「ひぃっ、登録っ! なっ、何のっ!」


 正体不明の恐怖で言葉が上手く紡げない。

 頭に駆け巡るのは露出教の悪評と評判。

 曰く全裸を布教している、曰く誰彼構わず布教しようとする、曰く彼は規格外に強い、曰く彼らの執念は凄まじい。


 一つ先輩の話が思い浮かんでくる。

 未だ人類が魔王軍に対抗できるのは彼らのお陰だと。

 突如現れたS級冒険者、【無衣無冠の王】アポクリフィス・エルバー・フォン・イルガーデン。

 防具武具どころか下着の一つも身に付けずに無双する人類最強格の一人、露出教を広めようとする宣教師。

 彼らの集団は圧倒的戦果の対価を富名声で求めない。

 求めるのは助けられた者達の衣服のみ。仮入信、脱衣の為ならばどんな戦果ももたらすと言う宣教師達だ。

 最盛期の勇者パーティーに匹敵する力を持つと言う。


 全裸の男からも圧倒的強者の圧力を感じる。

 俺は新米だがこの男との力量を感じる力には自信がある。

 この男はおそらく、一人で勇者パーティーを上回る力を持っている。


 そしてふと、グルゼン様からの報を思い出す。

 邪龍を倒したのは正体不明の二人組。

 もしやコイツらの事なんじゃ!


 だが今はそんな事、どうでも良かった。

 あまりに急な事でそんな余裕はない。

 今は男の応対をするだけで精一杯だ。


「何のって一つしか無いだろう?」


 こんな兵舎で何の登録も出来ない。

 男の言う登録とは露出教への入信の事だろう。

 と言うかそれしか考えられない。


 露出教への入信なんて絶対にごめんだ!


 噂によると少し頷くだけで最低一週間仮入信がなされてしまうらしい。

 そして何と、仮入信すると呪いか何かで服を着たくても着れなくなるそうだ。

 仮でも一週間全裸のまま、それも人前で一週間経たなくては解けないらしい。もしくは別の誰かを仮入信させるまで。


 最悪だ! そんなの恥ずかし過ぎて死ぬ!

 一生皆の笑い者だ!

 ただでさえ俺にはベッドで全裸を見せる彼女も居たことが無いのに! 一生独り者確定だ!

 と言うか露出を愛してくれる彼女が居てもそんな彼女は嫌だ!


「聞き方を変えよう! 誰が登録してくれるんだ?」


 だが男はこちらの心情を一切考えてくれない。

 何故か怒気を含ませながら俺達に問う。

 これは見逃してくれない奴だ。

 力量的にも敵いっこない。今の威圧でハッキリと分かった。


 もう死ぬしか無いのか……。

 一生人前に出られないのも、一生彼女が出来ないのも、それは死と同じだ。

 ここは、綺麗に死んだ方がましである。


 だが男達はその選択すらも許してくれないらしい。


 黙っていた女が静かに刺すように話し出す。


「あなた達、失礼ですよ? あなた達の職務は何ですか? 人々を助ける事ですよね? 助けないどころか怯えてあなた達に何ができます? 穀潰しも良いところです。先程も道を訪ねても逃げて行く兵士がいましたし、この街の治安はどうなっているんですか? 恥ずかしく無いんですか? あなた達の家族は何と思うのでしょうね? あなた達がそのようなら一体どうなるのか?

 ……まあいいです。この件はあなた達の上と話し合いましょう。そこに案内しなさい」


 聞けばこの女は兵士達の反応が気にくわなかったらしい。

 街のどこかで同僚がやらかしたらしい。

 俺達に冷たい怒りを向けていた。


 そしてその矛先には俺達の家族も含まれていた。

 ただの脅しではない。この女にはそれだけの力がある。

 身に付けている装飾品の価値を見れば明らかだ。


 歯向かえば、きっと俺達なんか家族ごと奴隷商に売られてしまうだろう。

 俺は全面降伏して、必死に言葉を紡いだ。


「と、登録すれば、お許し、い、頂けますかっ!? いえこの身はどうなっても構いません! だからせめて家族は!」


 この状況では自分のすべてを捨てるしかない。

 悔しいが、悲しいが、それでは何も変えられない。

 守るにはこうするしか無いんだ!


「まあ、いいでしょう。その代わり早急に登録しなさい。詫びる気持ちがあるのなら」


 女の許しが出た。


「わ、分かりました……」


 零れ落ちそうになる涙を堪えながら一枚、また一枚と服を脱いで行く。


 そして最後の一枚、パンツに手が差し掛かる。

 これが俺の人生だ。

 これを捨てたとき、俺は人生を捨てることになる。


 だが、これで家族の人生が守られるなら、安いものだ!

 俺の人生なんか、くれてやる!


 ……股間が風にさらされる……俺の人生は今、終わった……。


 ふふ……良かったじゃないか…家族の日常を守れたのだから…俺は、日常を守るために勇者軍に入ったのだから……邪龍なき今、これで暫しの日常が手に入る……。


「こ、これで、いい、でしょうか?」

「あ、ああ、それで問題ない」


 だから涙を流さないように、受け入れる。


「これで登録は完了、俺達は仲間、そうだな?」

「「「はいっ……」」」


 ここに、契約は完了してしまった。


 ステータスに【仮露出教徒】と刻まれる。


 邪龍は討伐されたが、俺達の世界はここに終了するのであった。



 その後、あの二人組が冒険者ギルドに登録しようとしていただけだと知り、俺達は大号泣する事になる。

 そして情報を教えずにこの事態を招いた奴等に、八つ当たりとして露出教を布教する事となるのだが、それはまた、別のお話。


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