貰っていない物を貰ったと言い張る男、人里に出る

 

 俺達は絶賛飛行中。

 強く一歩飛躍した為にモモンガのごとく空中移動をしている。

 直下の落下で無いだけまだましだ。


 しかしコントロールは全く出来ていない。

 ただただ斜め下に猛スピードで落下しているだけである。


「「イィィーーーギィァァァーーーーーッッ!!!!!!」」


 そして避けられぬ運命、顔面からの超絶スライディング。

 隕石のように地面を抉りながら進み、やっと止まった。


「……め、女神様、い、生きて、います、か……?」

「か、かろうじ、て…………」


 モソリモソリとやっとの事起き上がり、振り替えると惨状が広がっていた。

 俺達から一直線に伸びる溝、そして巻き上がっている砂埃。

 本当によく生きているな、俺達。


 だが悪いことだけでは無かった。


 よく目を凝らすと遠くに大きな壁が、街が見えた。

 偶然ちょうど良いところに落ちてきたらしい。


 砂を払いつつ、そちらを目指す。

 まだ日が昇ったばかりだからか、門は閉じている。

 走らずに進む。


 やがて到着した。


 岩と呼んでもいいサイズの石材を組み立てた小さなビル程もある巨大な壁。

 そしてそれに見劣りしない巨大な木製の扉。

 壁の上には城っぽい凹凸の柵と見張り台が付いている。

 テーマパークでも見たことがない雰囲気溢れる西洋風の建築だ。


 まだ町に入ってもいないのに軽く感動する。

 観光名所を見た気分だ。

 それにテーマパークに来たようにワクワクする。

 流石は本物。


 これは町の中も期待出来る。


「この扉、いつ開きますかね?」

「この世界は目覚まし時計がありませんからね。日の光を浴びて今門番が起きたところかも知れません。

 見張りの人も居ませんし、結構時間がかかるのでは? 他に待っている人も居ませんし」


 確かに壁の上にも周囲にも俺達以外はいない。

 これは結構待たされそうだ。


「じゃあ待ち時間で設定でも考えときますか? こんなに厚い壁だと警備が厳しくて身分証を求められるかも知れませんし」


 いくら本当の事を言っても信じようとしないのが警察や警備である。俺は何度も無罪を主張してもあいつらは徹底的に疑ってくる。

 証拠を一切残していなくてもそんなことをする連中だ。

 異世界から来ましたなんて言っても信じる訳がないどころか、頭のおかしい奴か悪巧みしている奴扱いをして入れない筈。


 そんな時に役立つのが身分証。

 公的な第三者の保証でやっと連中は渋々と受け入れる。


 しかし日本なら職質や年齢確認が俺の場合やたらとしつこいから、偽の身分証を持っていたのだがここには無い。

 ペンと似た素材さえあれば精巧に描く自信があるが、それも本物を知らなければそれも出来ないし、もし身分証を求められた場合は精巧な作り話で誤魔化すしか無いだろう。


「あなた、悪知恵だけはよく働きますね。

 ですがそれはいいアイデアです。偽の身分を考えましょう。必要なのは身分証を持っていない理由と身分ですかね」


 やはり女神様は俺を勘違いしているが、方針は決まった。


「そもそもこの世界の身分証ってどんなのか分かりますか? 免許証とかなら持ってないってだけでも誤魔化せそうですけど?」

「確か、ギルドカードと言うものがあるそうです。ほとんどの人が持っているそうですから、下手に無くしたと言ったら再発行を求められるかも知れませんね」

「だったら元々持っていない理由をでっち上げるしか無いですね」


 元々持っていない理由。

 俺達がそう言って相手が納得する理由。

 おっ、あるじゃないか


「俺、お忍びで隠れて町に来たスターって言う設定はどうですか? お忍びだったら身分証を忘れる事もありそうだし、何より俺の溢れ出るスター性なら誰も疑いませんよ!」


 我ながら完璧なストーリーだ。

 女神様と1日を過ごすために隠れているとかコソッと耳打ちすれば簡単に町に入れる。


「巫山戯無いでください。そんなオウムも真似しない完璧な出鱈目、通用する筈が無いでしょう? そんな嘘で入れるセキュリティの高い場所はそれこそ牢獄ぐらいです。まだ私が女神だと真実を言った方が素通り出来ますよ」


 何故か完璧だと認めるが採用してくれない女神様。

 警備の硬い牢獄に潜入できる程の嘘なら、門番も突破出来るんじゃないか?


 だが女神様の眼差しはひたすらに冷たい。本気で採用する気は無いようだ。

 不採用だからってそんなゴキブリを見るような視線を向けなくても……ハァハァ、悪くないかも。

 おっと危ない、俺はノーマル。彼女の色に染まる為に、受け入れる証として俺は何色にも染まらない。


「そうです。ここは私が女神だと言う事を正直に言いましょう。そもそも私が女神だと言うことは隠そうとしても隠しきれません。門番が私を女神だと気が付いたところで何も言わずに堂々と入ればいいのです」


 俺の意見を完全否定しておいて女神様はとんでもない愚策を出してきた。

 こんなのが通用する筈がない。


 派手の上限と気品を知らない金銀財宝のクリスマスツリー。

 今の女神様のどこに女神要素があると言うのだ。

 そもそも本人には怖くて言えないが、この格好で外を出歩くこと自体、正気の沙汰ではない。

 女神云々以前、人として問題のある格好だ。

 馬鹿にされる成金ではなく、恐怖される成金である。


 俺は女神様が根本的に間違っている箇所を心の内に隠しながら指摘する。


「女神様こそ変な事を言わないでください。『私は女神です』『はいそうですか。お通りください』そんなやり取りが成功する筈無いです。冷静に考えてください」


 本当の事を指摘するとどんな理不尽が俺を襲うか分からないからだ。


「確かにいくら私が女神オーラ全開でも、下っ端の門番ごときには理解出来ないかも知れませんね。私の真価を計れるのは家柄の良いエリート万能完璧イケメンだけ。こんなところでは、地球のように私を知れる素敵な殿方がいる筈ありません」

「……」


 違う方向で納得すると共に、とんでもない偏見、価値観を暴露する女神様。

 やはりこの人は彼氏いない歴が永すぎて狂っている。

 正直に駄目だししなくて本当に良かった。もし指摘していたら俺に偏見を持っている女神様は容赦なくその手を汚していただろう。


「では、他の方法にしましょう。

 ここはシンプルに色仕掛けで。下っ端門番なんかに私の魅力を見せつけるのは非常に気が進みませんが、この際は仕方ありません。ウインクの一つくらいはしてあげましょう」


 金の亡者のウインク……いくら女神様が美人でも恐怖しか感じないだろう。真っ先に目に入るのは美貌では無いのだから。

 何も知らない奴から見たら脅しでしか無い。


 やんわりと却下しておこう。


「女神様、相手が男だけとは限りませんよ? 却下です。あっ、でも相手が女性なら俺の色仕掛けで成功するかも」

「そんな事したら私まで牢獄行きになります。もしその方法を取ったらこの男に脅された痴漢被害者として保護してもらいますからね? ん? この男を生け贄に差し出したら穏便に中に入れるんじゃ?」


 俺はやんわり核心に触れず否定して、ナイスアイデアまで出したのに女神様は容赦なく口撃してくる。

 尚、異性としてはこんな女神様でも全然OKだ。俺の想いを受け止めてくれるのなら、何時でも俺は童貞を捨てる。

 しかしそれはそれ、これはこれだ。


「却下です却下! そんな事したらそれこそ女神様に全部剥ぎ取られてここまで逃げてきたって言いますからね!? ある意味こっちは命も含めて剥ぎ取られているんですから!」

「ちっ! 仕方ありません。他の方法にします。

 政略結婚から逃げてきたか弱い世間知らずの箱入り娘とその人権無き僕と言うことで。これなら身分証を持っていない言い訳にもなりますし、完璧です」

「どこが完璧ですか!? いや百歩譲って姫設定は良いとしても、俺の扱いは何ですか!? 人権無き僕って奴隷よりも酷い気がするんですけど!?

 せめてここは駆け落ちした敵国の王子と姫設定にしてくださいよ! うん、これなら完璧です!」

「そんなゴミみたいな王子がいる筈無いでしょう。馬鹿ですか? いや馬鹿でしたね」

「ちょっ、どれだけ俺を貶してくださればお気が済むのですか!? ハァハァ……ってそうじゃなくてですね!」


 ………


 …



 結局議論の結果、無言で進む事にした。

 特に俺達から何か言うことはない。

 方法は違うが本質的には初めの案だ。

 題して『勝手に勘違いしてもらおう作戦』。


 女神様に対しては、俺の気づかいスキルで、『女神様の女神オーラを感じ取ってもらいましょう』と言う事にしている。

 本当は俺のスターオーラを感じ取ってもらう作戦だ。

 ふふ、完璧である。


 そして女神様にも違うオーラで作戦に一役かってもらう。

 こんなギラギラの大金持ちアピール全開の化け物が目の前に現れたら、大抵の門番は動揺で言葉も紡げまい。

 関わり合う事から全力で逃げたくなる筈だ。


 いつの間にか門も開いていたので時間的にも完璧。

 流石は俺。

 何故自分が童貞なのか、自分でも不思議だ。


 女神様と二人で堂々と門へ進む。


 両端には鎧姿に槍を持った兵士が計四人。

 立派に直立不動、に見えるが思惑通りに動揺している。

 目の前の出来事が理解出来ていないようだ。


 兵士がそうこうしている内に、俺達は門を通り抜ける。

 ふふふ、大成功だ。

 何も止められる事はなかった。


 不思議と門をくぐり抜けた先には大勢の兵士が整列していたが、俺達には触れずに、正確にはガン見されただけで何も言われないままに、俺達はそこも通り抜ける。


 反応からして、俺のスターオーラではなく触れてはいけない女神様のギラギラ成金オーラに当てられたようだが、成功は成功。

 俺達は勝利を分かち合う。


「やりましたね女神様! 女神様の圧力の結果ですよ」

「ふふふ、よくやりました。あなたの変態力のおかげです。今回ばかりは誉めて使わしましょう」

「「はははははっ!」」


 何だか話が噛み合わないが、この喜びの前ではどうでも良い。

 今は喜ぶ時間なのだ。

 余計な事は考えまい。


 ヒソヒソ―――


「おい、何だ今のは?」

「馬鹿、聞こえたらどうする! あんなのに絡まれたら面倒くさい事間違い無しだぞ!」

「面倒どころじゃない。露出教徒と金持ち貴族なんかに関わったら、下手したら人生終わるぞ!」

「俺は聞いたぞ。最前線の奴等が露出教徒に絡まれて、命を助けられる対価に服を剥ぎ取られたらしい。それから何人かは強制的に数日間入信させられて、帰って来なかったらしい。まともな奴も後方で寝込んでいるそうだ」

「おい知ってるか? 宝石を身に纏った貴族を尋問した兵士が、宝石を尋問中に傷付けたとか因縁つけられて、上司もろとも奴隷に落とされたらしい」

「と言うか門番担当の奴等は何している! あんなの町に入れて良いのか!?」

「断る理由が無いからだろう! 余計面倒な事になる!」

「身分証のチェックぐらいはするべきだと思うが?」

「あそこまで身分のはっきりした奴等もいないから、良いんじゃないか? 露出教徒に金持ち貴族、身元は身分証よりも分かりやすい。何かあっても見つけやすいしな」

「馬鹿、変な事を言うんじゃねぇ! もし本当にあいつらが事件を起こしたらどうする!」


 ―――ヒソヒソ


 余計な事を考えまいとするが、レベルアップによって強化された聴力には余計な事がはっきりと聞こえる。


 そして女神様の言う変態力の正体もはっきりした。


 俺、まだ全裸のままだった。


 おかげで露出教徒扱いである。

 失礼な。

 実際は名誉司教だけども……。


 もう、開き直って布教活動でもするか?

 露出狂扱いよりは、露出教扱いの方がましだ、多分。

 何だか門をスルーするのにも使えたし……。


 ともあれ、俺の、いや俺達の異世界人との接触は最悪のスタートを切るのであった。

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