神の代行者になるサンタクロース

 


「女神様、俺が全裸のままだって気が付いていたなら、教えてくれてもいいじゃないですか」


 俺は全裸でいたことに指摘しなかった女神様に苦情を言う。


「はいっ!? 教えろって、気が付いていなかったんですか!? 全裸ですよ!? 普通誰に言われなくても自分が一番理解しているものでしょう!?」


 確かに……何故俺はこの状態をなんとも思わなかったのだろうか?


 こればかりは周囲に人が居なくて本当に良かった。

 新たな人生の始まりを牢獄で過ごす羽目にならなくて。


「すいません。確かに気付いて当たり前の事でした。ところで、服、持って無いですかね?」

「有るわけないでしょ? 私は予期せぬ事態で巻き込まれた身ですよ? 道具なんて今私が着ているものしかありません」

「ですよぇ…………女神様、まさかとは思いますが、どちらにしろ俺はこの状態で異世界に送られる予定でした? あの、勿論、事故ですよね?」


 一瞬最悪の可能性が脳裏を過った俺は、努めて笑顔で女神様に質問する。


 そもそも武器と言う特殊なものが無いだけでもモンスターが出るここのような場所では致命的なのに、服までもが無ければ洒落にならない。


 全く知りもしない異国のような場所と言うだけでハードルは限界まで高いのだ。そこに無一文と言う要素が加わったらハードルどころではなくもはや壁である。

 その状態で服まで着てないなど、その先に立ちはだかるのは壁なんて生易しいものでは絶対に無い。

 山脈を通り越して三途の川である。それも川幅が短くすぐに渡りきれてしまう極細の三途の川だ。


 生きてたら絶対に越えられないし、乗り越えようとしただけで終わる。先なんかありゃしない。


「……人が必ず間違うように、私たち神々もミスぐらいするものです」


 マジか……。


「と言うか服、どうしたらいいんですか!? 街とか見つかっても入れないじゃないですか!?」


 やはりこの場合、入れるのは牢獄だけだ。


「……別行動と言うことで」

「なるほど、まず女神様が街を見付けたら先に行って服を買ってきてくれると」

「いえ、街を見付けたらおさらばです」


 ……はいっ?


「それって俺を見捨てるって事じゃ!?」

「だって連れ添っていたら私まで変態扱いされるかも知れないじゃないですか!」

「逆ギレ!? あなた加害者ですよね!」


 それに俺は変態ではない。

 ただ全裸にひん剥かれただけの品行方正などこに出しても恥ずかしくない立派な男である。外見がイケメンではないから中身に気を使っているのだ。

 ……何故か一生童貞だったけど。


「そもそも私も無一文ですから! 服なんて買うお金ないですから!」

「だったら稼いで来てくださいよ! 処女だって捨てられますよ!」

「最低ですね! ナニヤらせる気ですか!? あなたの童貞と同じにしないで下さい! 捨てられれば良いものじゃないんですよ! 貞操観念って言葉ご存知ですかねっ!? これだから一生童貞なんですよ!!」

「っ! 女神様の貞操なんかもう何億年も前に化石になってるでしょうが! こっちはピチピチの童貞のまま死んだ憐れな少年なんです! ここは誰よりも大人、女神として若者に未来を残して下さい! 女神様の化石貞操と違ってこっちは服なきゃバッドエンド一直線なんですから!」


 俺が全裸のまま街になど出たら問答無用で捕まるに決まっている。

 警察と言う連中は何も証拠を残して居なくても人を四六時中変質者扱いしてつけ回すような偏見に満ちた奴らだ。

 俺がちょっと動物園に注射器持ってチンパンジーを見に行っただけでどんな大事件だと言うほど厳戒態勢を繰り出してくる失礼極まりない連中である。

 梅の花を見ていただけで騒ぎになったこともある。梅毒と梅はなんの関係も無いのにだ。俺は独り身の寂しさを紛らわしていただけなのに……。

 ともかくそんな連中が人の事情を素直に聞くとは思えない。


 しかも周りの連中も自業自得だとか言って警察を全力で応援し、誰も俺を信じないと言う偏見に満ちた奴らだった。

 両親なんかは警察官にお茶を出して全面協力する始末。


 世の中は偏見に満ち溢れている。

 地元でさえ証拠も残していないのにそんな状況だったのだ。全裸の異邦人に偏見を向けない奴はいない。


 俺が未来に進むためには、彼女をゲットするために服は必須なのだ。


「誰の貞操が化石ですか!!」


 しかし女神様は俺の想いを汲み取ってくれない。

 服の代わりに股間目掛けて鋭すぎる蹴りを頂いた。


 ――――――――


 生命の始まりの代償、母になる始まりの通過儀礼、妊娠とはこんなにも痛いんだな。

 漠然とそんな共感のようなものが脳裏に浮かんだ。

 同時に母の愛を実感する。

 こんな痛みを受け入れて子を授かる。そうして生れた子を愛さない母がいるものか。故に全ての子への行いは愛なのだ。


 俺は愛と言うものに今日この時、気が付いた。


 ――――――――


「ふがぁ―――――――――――――――――――――――


 ―――――――ッッッッ!!!!!!」


 完全に無防備な股間に炸裂する終焉の雷。


 痛みのあまり意識が遠のく。

 そして俺自身も色々な意味で遠のく。


 アレ? また死んで世界の壁を越えたのか?


 見開いたまま閉じられそうにない瞳には地上で大きく脚を天まで振り抜いた女神様が映る。

 俺の足元には何もない。


 そして次の瞬間には背中に強烈過ぎる衝撃。

 同時に硬い陶器の割れる音。

 続けて終着点にぶち当たったことで俺の上昇は止まり、降下が始まる。


 走馬灯を見ているような状況のせいか、落下が酷くスローモーションに感じられる。

 また俺は母なる大地に迎えられるらしい。


 ん? あそこに大地よりも母性溢れる双丘が。

 軌道修正よし!

 後冬至、ただいま生還します!


 目指せヘブン! 辿り着けるならば本当にヘブンに逝っても構わない!


「地獄に堕ちなさい! ふん!!」


 女神様はさらりと避けて、俺の背中に踵落とし。

 曲がってはいけない方向に曲がる俺の体。鳴ってはいけない音。

 しかし未だシンボルから発する絶滅の痛みのせいで、痛み自体はあまり感じられない。


「ドゥオハァッッッッ――――――」


 気が付けば目の前の大地が砕け、俺はそこにめり込んだ。



 《ステータスを更新します。

 スキル〈再生〉のレベルが上がりました》



 暫くの土葬の後、股間を押さえながら、歯を食い縛りながら、やっとの思いで大地から這い上がった。


 スキルのレベルが上がるとは、やはりと言うべきかかなりの重傷だったらしい。


「め、めはみはま……ひ、ひどひでふ……」

「自業自得以外のなにものでもありません」


 呂律の回らない中で必死に紡いだ女神様への苦情も女神様はスルー。

 俺の方を見もしない。

 女神様酷い。


「と言うか何です? そのゴキブリ以上の生命力は? 害虫度が上がると生命力も上がるんですか?」


 さらに俺をゴキブリ扱い。いや、ゴキブリ以上の害虫扱い。

 グスン、ズズズ。

 色々な理由で色々な体液が俺の顔を濡らす。

 その液体の中に血が混じっていないのが自分でも不思議だ。


「まあ、そんなことよりも上を見てください」


 人の体と心をぼろ雑巾にしておいて、そんなこと扱い。

 グスン、ズズズ、ズズズ。


 俺の傷がそんなこと扱いなるほど上は凄いんだよな!

 悲しみを無理矢理怒りに、前に進む動力源に変えて上を見る。


 すると……空が割れていた。

 ガラスのように空が砕けている。

 人型を中心に……。


 うん、多分俺が割った。


「何ですか……あれは?」


 一応確認と僅かなる希望にすがって女神様に聞いてみる。


「何って、あなたが割った空ですよ」

「やっぱり俺が……」

「まさかここが屋内だったとは気が付きませんでしたね」

「ん? 屋内!?」


 空は空でも屋内の空、天井だったらしい。


「どういうことですか?」

「あのドラゴン、あの爆発にも関わらず残った無傷の素材。そして本物にしか見えない空、これらから考えるとおそらくここはダンジョンですね」

「ダンジョンってモンスターが出てきてお宝があるような、あのダンジョン?」

「はい、ファンタジー世界定番のあのダンジョンです。私も見るのは初めてですが間違い無いと思います。無人なのもその影響かも知れません。なんにしろ屋内であることに間違いはありませんから、まずは出口を探して外に出ましょう」


 そう言うことで出口を目指すことになった。



 まずは周囲を探りつつ直進。


 ダンジョン、漢字で表すと迷宮。つまり迷路のようなものだ。

 アリアドネの糸はおろか運命の赤い糸すらない俺達は、壁伝い方式を試すために端に向かっている。


 尚、ロックドラゴンに追われている時に爆走できる事が判明したので今も爆走中。

 早く人間に会いたい!


「あっ、またドラゴンらしき群れです。繁殖力豊かなことで、ふんっ!」


 と繁殖力が高いという俺達に喧嘩を売る存在が所々に出現するが、俺達は足を緩めず、存在を許さず進んでゆく。


 今回現れた草が生えたドラゴン12匹は前に出た女神様が一匹を武器に振り回し、速やかに圧倒的物理で殲滅。

 ドラゴンはすぐさまガラスのように砕けて無傷の素材に変化。

 何かに使えるかもしれないからドラゴンの素材は少し後ろを走る俺がアイテムボックスに回収。


「おっ、右奥に体を擦り付けてスキンシップしていやがるドラゴン発見、“リア充、爆発しろぉぉーー”!」


 遠くにいるふざけたダークなドラゴン24匹は俺が爆破で殺処分。

 なんか数字もふざけているな! このヤロォ!

 因みにこいつらの素材は女神様が遠隔で引き寄せてアイテムボックスに収納。

 こういう超自然的な力使えるのに何でリア充は物理で殲滅するんだろうか?


 まあ、リア充を殲滅できれば何でもいいか。


 そう考えているうちにも動きは早送りで進む。


「むっ、見てください! 今度は12頭25尾のふざけたドラゴンです! 本当に喧嘩売ってるんですかね!」


 怒りを露にする女神様に示された方には一際大きな、それこそそこらのビルよりも大きなドラゴンがいた。

 流石に特撮モノよりは小さいが、とてつもない迫力を放っている。何故か奴の周りだけ闇みたいなのが広がっているし、どう考えても今までのリア充害虫とは違う。


 そして何よりも気に食わない事がある。


「女神様! アイツ現在進行形で単体増殖していますよ! 常にヤってる状態なのか! どれだけ喧嘩売れば済むんだゴラァぁぁ!!」


 奴は増えていた。

 全く違う種だが、闇からドラゴンを産み出している。好きに増やせるらしい。

 首と尻尾が多いと思ったら自己完結しているようだ。


 羨ましい!

 それって一人で慰めても本番って事だよな!

 そんなに俺達を嘲笑いたいか!!


「―――――ッッッ!!」


 女神様なんか無言だが凄い形相でお怒りだ。

 恐ろしい色合の雷が物理的に溢れている。

 普通なら俺もこれに恐怖するところだが今は頼もしい。


 女神様の瞳に神の光が灯り、全身から神々しい神威を発する。

 そして俺に命じた。


「“我が使徒にして代行者、後冬ごとういたるよ! あなたに神命を降します! 我が神意に従い、我等が敵に裁きの鉄槌を降しなさい!”」


 刹那、俺に莫大な力が流れてくる。

 偉大なる神の意志、世界の代弁者の神意が。

 それに共鳴、共感するごとにその神意が俺の力となる。


「“我、神命に従い、代行者とならん”」


 女神様に応えると、俺は女神様と同じ色の光に染まる。

 そして重なる想い。

 重なる言霊。


「「“リア充、爆発しろぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!”」」


 女神様の神光が俺の雷を染め上げ交ざり合い、流星となった雷が12頭25尾のドラゴン、クリスマス野郎を貫く。


 刹那、果てまで照らす極光。

 続けて轟く轟音。


 それらが止んだ時、そこには何も無かった。


 遅れてガラスの砂のようなものが集まり素材と化す。


 リア充は跡形もなく滅びた。

 発生していたドラゴン群も同様だ。


 正義は必ず勝つ!



 《経験値が一定値を上回りました。ステータスを更新します。

 “異世界勇者”のレベルが40から50に上がりました。

 “異世界勇者”のレベルの上昇を確認。

 “勇者”の職業ジョブを獲得しました。

 称号【勇者】を獲得しました。

 勇者と認定します。

【魔王の眷属】の討伐を確認。

 “異世界勇者”のレベルが50から60に上がりました。

 “ポイント交換”機能を解放します。

 “異世界勇者”のレベルが60から66に上がりました。

 大罪スキル〈嫉妬〉のレベルが1から5に上がりました。

 称号【嫉妬の支配者】を獲得しました。

 大罪スキル〈嫉妬〉のレベルが5から10に上がりました。

 称号【嫉妬の支配者】が【嫉妬の王】に変わりました。

 固有スキル〈不屈〉のレベルが上がりました。

 スキル〈鑑定〉〈アイテムボックス〉〈高速走行〉〈再生〉〈全裸強化〉のレベルが上がりました。

 称号【全裸の勇者】を獲得しました。

 女神様セントニコラとの共鳴を確認。

 加護〈セントニコラの加護〉を獲得しました。

 称号【セントニコラの使徒】【セントニコラの代行者】を獲得しました。

 世界神【露出教主】マリアンネの介入を確認。

 加護〈マリアンネの祝福〉を獲得しました。

 称号【露出教名誉司教】を獲得しました。

 スキル〈聖職者〉を獲得しました。

 スキル〈全裸強化〉のレベルが2から5に上がりました》


 なっ!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る