第178話 なんか問題発生っすか? もしかして離婚?


 しばらくして旅の仲間のリスキンドが訪ねて来た。

 現在ラング准将とリスキンドは騎士団所属のままで、『海外にて長期勤続休暇を取得中』という扱いになっている。

 彼らは騎士団での勤続年数が長く、そしてウトナへの旅という最重要任務を見事務め上げたので、国から褒章として特別な休みを与えられたのだ。この休みはかなり長く取ってもOKで、自分で復帰時期を決められるという融通の利く有給休暇であるそうだ。

 ヴェールの聖女に対する初動ミスを、国が詫びた形だろうか。『ヴェールの聖女がショーにセクハラしたという疑いを、客観的に調べずに黒だと決めつけ、ラング准将とリスキンドに面倒を押しつけて少人数でウトナまで行かせてごめんね』という気持ちの表れなのかも。

 おそらくラング准将は自分ひとりなら「休暇は不要」と権利を辞退しただろう。けれど祐奈の体調がなかなか回復しなかったので、迷わず長期勤続休暇を取得してくれた。

 ――というより彼は元々「祐奈が回復しないうちは帰国しない、それで騎士団をクビにするならどうぞ」というスタンスだったようなので、それに対する国の返答が「いえいえお休みはいくらでも取ってください、当然の権利です、だから騎士団を辞めないで」になったのだろう。

 リスキンドはラング准将に懐いているので、


「お、ラッキー、俺にも有給休暇出るんだ? もちろんラング准将とティアニーに残ります。俺、ラング准将の顔を見ていないと寂しくて死んじゃうんで」


 とウサギっぽい謎理論を展開し、ずっと近所に居座っている状況だった。

 宣言どおり、リスキンドはラング准将の顔を見たさに(?)毎日遊びに来る。

 そしてこの日やって来たリスキンドはいつも以上にハイテンションで……。


「おーいルーク~、相変わらず可愛いやっちゃな~うりうり」


 ワンコのルークを抱っこして頬ずりをし、元気いっぱい。

 ルークを可愛がりながら、リスキンドも夫妻が着席しているテーブルに加わる。

 リスキンドから愛情の押し売りをされたルークはげんなりした顔つきで前足を突っ張り、『おいやめろ、たわけ』の徹底抗戦。

 この攻防を見ていた祐奈は『リスキンドさん、ルークは朝からアンニュイモードだから、そのくらいでやめてあげて』とハラハラした。

 ラング准将に至っては氷のまなざしをリスキンドに向けている。


「……お前はなんでそんなに浮かれているんだ」


 ルークに本気犬キックされたリスキンドはやっと下にリリースし、体を起こして上機嫌にラング准将を見つめ返した。


「いやー、今朝方すごく良い夢を見まして。ビッチな美女が目の前に現れ、『あなたがビンタされたいのは、右頬? 左頬?』と尋ねてきたんですよ。ワクワクが止まらない、究極の二択じゃないですか? どっちを殴ってもらうか、ちょー迷った」


「そうか」


 祐奈はラング准将の短い相槌を聞き、思わず俯いてしまった。

 なぜかしら……今の「そうか」が「殺」に変換して聞こえたのだけど……。


「あのエド、大丈夫?」


 心配になり尋ねると、ラング准将は祐奈にだけは物柔らかな視線を向ける。


「あまり大丈夫じゃない。俺が朝から不吉な予感を覚えていて、リスキンドは対照的に浮かれている――以上のことを踏まえて、これから起こる惨事の方向性が見えてきた気がする」


「方向性……」


 つまりどんな方向性?


「何が起ころうとも、君にはなるべく迷惑をかけないよう善処する」


 ……「何が起ころうとも」という表現、色々不安! 祐奈はひええ……とのけ反ってしまう。

 ひとり事情の分かっていないリスキンドが『ん?』という顔で、祐奈とラング准将の顔を交互に見遣った。


「あれ、なんか問題発生っすか? もしかして離婚?」


「……リスキンド、久しぶりにきつめの稽古をつけてやろうか?」


 ラング准将から洒落にならない殺気が漏れ出し、


「わー、ごめんなさい、ジョークです!」


 リスキンドが冷や汗をかいている。

 祐奈は図太い彼がこんなに慌てているのはレアだなと思った。


「ジョークでも不吉なことを言うな」


 ラング准将がわりと真面目に気分を害しているようなので、祐奈はびっくりした。リスキンドをかばうわけではないが、ただの冗談なのに……。

 そんな不毛なやり取りを皆でしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

 キッチンでレモネードを作っていた侍女のカルメリータが「はーい」と返事をしてそちらに向かおうとする。

 ラング准将は何か感じるものがあったらしく、速やかに椅子から立ち上がった。

 リスキンドも。

 ……誰が来たのだろう?

 気になり、祐奈も腰を上げた。

 カルメリータがこちらの様子に気づき『あら?』という顔つきで足を止める。

 結局全員で玄関に向かうことに。

 扉を開けると、そこには――……。


「おーっす、元気なお節介ババアが来てやったぞ」


 小柄な白髪の老女が二指の敬礼をしてご機嫌な挨拶をしてきた。


「ミリアムさん……!」


 祐奈は驚き目を丸くした。以前、峠の宿でお世話になった悪戯老婆のミリアムだ。

 ラング准将と祐奈を一緒にお風呂に入らせようとしたり、セクハラをしてからかってきたり、なかなか濃ゆいおばあちゃんだったけれど……まさか遠方のティアニーで再会するとは!


「………………」


 ラング准将は表情を変えぬまま数秒のあいだミリアムを見おろしたあとで、彼女を招き入れることなくパタンと扉を閉めてしまった。

 

 閉め……え、閉めた???


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