第2部『王都帰還編』 / 1.時は来た

第177話 ラング准将の好きな色

◆第2部『王都帰還編』あらすじ◆


 夫のラング准将に支えられ、他国でのんびり療養生活を送る祐奈。侍女のカルメリータ、騎士のリスキンド、ワンコのルークも一緒にいて彼らもまだ王都には帰還していない状況だった。そんな夫妻の元に意外な客人が訪れる。それは以前お世話になった(?)悪戯老婆のミリアムだった。ミリアムがこんな警告してくる――「あんたたち、すぐに王都に戻ったほうがいいよ。『聖女殺し』の異名を持つ黒騎士が帰って来る」――。


 ミリアムの言うとおり、王都に帰還した『聖女殺し』がもうひとりの聖女アンに接触していた。聖女アンはサンダースとの危険な生活に神経をすり減らしていたのだが、そこへさらなる危険人物がやって来て絶体絶命。


 祐奈たちは元々王都に戻る予定だったので、予定を繰り上げてすぐに出発することに。夫妻をからかうことが大好きなミリアムが同行を主張し、帰還の旅はさらににぎやかになる。王都までの道中、過去に出会った懐かしい面々が次々再登場――ソーヤ大聖堂のイケイケ女司教ビューラ、一緒に苦手克服の部屋に入った引っ込み思案なアイヴィー、優しいおじいちゃんのハリントン神父など。


 初っ端からオズボーンがあれこれちょっかいをかけてきたり、祐奈に片想いするロッド司教が登場したりで、ラング准将が珍しくヤキモチを焼き、これにより祐奈は彼との関係の変化を実感するのだった。


 王都に戻ったあとはラング准将の家族と対面。そこで祐奈はラング准将の意外な過去を知ることになる。

 そして帰還した祐奈と王都イチの迷惑男ショーが再会したことで、ラング准将が鬼と化し……。


☆あらすじは波乱万丈ぽいですが、第2部は(第1部よりも)ほのぼのラブラブでお送りします☆


◆あらすじ終わり◆

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【本文】



 祐奈は夫のラング准将とティアニーで暮らし、いまだ療養生活を続けていた。

 もうだいぶ体力は回復しているのだけれど、万が一のことがあっては困ると、「そろそろ旅立とう」の見極めがなかなか難しい。ラング准将は自分には激烈厳しいわりに祐奈にだけはなぜが激甘の過保護なので、彼のゴーサインがなかなか出ないという状況だった。

 そんなわけで王都帰還の予定はまだ立っていない。

 カルメリータとワンコのルークは同居しているので運命共同体だし、騎士のリスキンドも近所に家を借りてこの地でのんびり羽を伸ばしているので、ウトナを目指して旅をした仲間全員、まだ王都に帰還できていない状況だった。


   * * *


 その日は朝から奇妙な出来事が立て続けに起こった。

 ひとつ目の出来事は、黒猫が三回も庭先を横切ったこと。

 祐奈とラング准将は開放感のあるウッドデッキで朝食をとる習慣があったので、すぐに黒猫の存在に気づいた。


「……なんて高貴な歩き方」


 祐奈は感心して思わず呟きを漏らした。往来を自由に行き来しているのを見るに野良なのかもしれないが、毛並みが綺麗で『ただものではない』感が漂っている。本人(本猫?)もツンとお澄まししていてプライドが高そうに見えた。

 黒猫は祐奈たちには目もくれずスタン、スタンと肩を揺らしながら歩いて右手に消えて行き、少したってから戻って来て今度は左手に消えて行った。それで終わりかと思ったらふたたび現れ、右手のほうに消えて行く――つまり右、左、右、と謎の横移動をしたわけだ。

 祐奈は黒猫を目で追いながら、『ランウェイを歩くモデルみたい』と思った。

 ラング准将が庭先を眺めながら微かに瞳を細める。


「黒猫が横切った場合、それを神からのメッセージだと解釈する風習があったな」


 祐奈は驚き、対面に座るラング准将を見つめた。


「そうなの? 私が生まれ育った世界にも、黒猫が横切った場合のジンクスがあった」


「へえ、奇遇だね……別の世界なのに」


「そうね」


 ふたり、顔を見合わせてなんとなく笑みを交わす。

 ラング准将が口を開く。


「この世界だと黒猫が横切ると『吉兆』とされる。メッセージは『それを見たら、迷わず進め』だ」


 迷わず進め、か――一見励ましのようでいて、『前進しなさい』という圧も含んだ暗示的な言葉だ。そしてこの世界だと吉兆とされるという部分――これも祐奈にとっては感慨深い。


「私の世界だと、どちらかというとネガティブな内容が一般的だったかも。『黒猫が横切ると不吉』と言われていた」


 それを聞いたラング准将の口角がわずかに上がる。こちらを見る瞳は木漏れ日のように穏やかでもあったし、少しからかうような気配もあった。


「ん……エド、その顔は何?」


 祐奈が尋ねると、


「いや……たぶんこれを聞いたら君は笑うと思う」


「言ってみて」


「以前は黒猫が好きでも嫌いでもなかったんだが、君と会話しているうちに、今はわりと好きだということに気づかされた。だから黒猫にまつわるネガティブなジンクスがあると聞いて、『馬鹿馬鹿しい』と思って」


 好感を抱いているものを誰かにけなされるとモヤッとするという感覚に近いのだろうか……祐奈は彼の気持ちを推察する。『いえいえそれは私をハッピーにしてくれる素敵なものですから、勝手に不幸の象徴みたいに決めつけないで』というような感じ?

 とはいえ先の反応はなんとなくラング准将らしくないというか、大人の男性である彼に対してこんな感想を抱くのは失礼かもしれないけれど、『好きなものをひいきするのって微笑ましくて可愛いな』と思ってしまった。

 祐奈はくすりと笑みをこぼしながら彼に言う。


「黒猫を好きになった理由は?」


「色が好き。最近は黒が一番好きだ」


 現状、彼が黒の家具や黒い服にこだわっている印象がない。つまり黒のアイテムが好きなわけじゃなさそうなのに、それでも一番好きな色なの?


「意外。エドって黒が好きだったっけ?」


 気軽に尋ねたら、琥珀色の瞳に絡め取られた。


「そう――君の髪と同じ色だから」


 うわあ……鼓膜を震わせた音が、体の中で熱に変わる。

 祐奈は思わず赤面し、照れて俯いてしまった。


   * * *


 俯いたことで気づいたのだが、いつの間にか椅子の脚の横にワンコのルークが来ていた。

 ルークはなぜか直立二足になり、アンニュイな顔つきで庭先を眺めている。祐奈の位置からはルークの斜め横顔を上から眺めおろすアングルだ。そのせいか白黒の陰影が強調され、『やれやれ……』というような、達観した表情を浮かべているように感じられた。ルークは時折このように不思議な顔つきをすることがあるのだが、それでも直立二足でこんな感じになっているのは初めて見た。

 祐奈は慌てて顔を上げ、対面のラング准将にコソッと告げる。


「ねえ、ルークが後ろ足で立っている。そして遠い目をしている」


「…………」


 ラング准将は落ち着いた態度を崩さずに、祐奈からの馬鹿げた報告を聞いていた。そして彼の位置からはルークが視界に入らないので、体を右に傾けてそっとテーブル下を覗き込んだ。一拍置き、ラング准将が姿勢を正す。

 ふたりは数秒のあいだ黙して見つめ合った。

 やがて。


「ねえ祐奈――ふたりきりで、どこか遠くへ行かないか? 今すぐに」


 そう尋ねる彼の琥珀色の瞳は凪いでいて、冗談なのか本気なのか判別しづらい。

 ふたりきりでとあえて口にしている――つまり同居しているカルメリータ、そしてワンコのルークを含めていないあたり、切羽詰まった何かを感じさせるのだが……。

 祐奈はたじろぎ、じっと彼を見つめ返した。


「あの、なぜ?」


「これからものすごく面倒なことが起きそうな気がする」


「それって第六感的な?」


「そう」


 あなたが言うなら、すごく当たりそうだけど……祐奈はヒヤリとした。とはいえ『すごく当たりそう』というだけで、何もかも放り出して今すぐ遠くに行くというのは現実的ではない。

 祐奈がすぐに「YES」と言わないことは想定済みだったのか、ラング准将は返事を待たずにテーブルに片肘を突き、優美な仕草で口元を押さえた。


「エド? 大丈夫?」


「……朝からずっと嫌な予感がしてたんだ……」


 祐奈に話しかけているというより、ひとりごとのようだ。彼の視線は庭先を彷徨っている。こんな彼はものすごく珍しい。普段ものすごく合理的なのに、それらすべてをふっ飛ばして超感覚的になることもあるんだ……と意外に感じた。

 結婚しても、ふとした瞬間に新たな一面を知ることってあるのね……。


「そうなの?」


 彼の感じていた『嫌な予感』とやらがものすごく気になる。祐奈自身は気が小さいけれど、センシティブであるわりにその手の予知能力は持っていない。考えてみると、二択ではよく『はずれ』のほうを引く気がする。だから直感力に優れた人って憧れる。

 ラング准将がやっとこちらに視線を戻し、気重そうに口を開いた。


「厄介事が起こる前触れとして、右の二の腕――肘の少し上あたりが痛くなるんだ。朝起きた時にこれを感じて、どうしたものかと思っていたんだけど……」


 そのあとに黒猫が庭先を三回横切るという珍事があり、次いでワンコのルークが直立二足でアンニュイ顔になっているのを見たら、『やはりそうか』となるのも分かる。

 祐奈は困ってしまい、結局話題をそらすことにした。だってラング准将が「どうしたものか」状態ならば、祐奈にはどうしようもないと思えたから。


「ええと……腕が痛むって、古傷とか? でもあなたの腕に傷なんてあった?」


「思い出せない?」


「え?」


 祐奈は小声で尋ね返したあとで息を呑んだ。ラング准将が気まぐれにこちらを見つめてきたからだ。祐奈が話題をそらした罰なのか、あるいは彼なりの現実逃避なのか、朝なのに夜の気配が交ざっていた。視線がどこか艶っぽい。

 祐奈が緊張しているのを眺め、彼が笑みを浮かべる。とても綺麗な笑みで、少し棘があるようにも感じられた。


「祐奈は俺の体を隅々まで記憶しているのかな? どうだろう――気分転換に、傷のあるなしクイズでもする?」


 そんなことを言われてはもうひとたまりもない。のぼせたような状態になり、ぐら――……と視界が揺れる。

 ………………まいりました、ごめんなさい。

 祐奈は心の中で白旗をあげた。




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