第173話 ラング准将の愛が止まらない……


 ――ローダーに転移した祐奈とラング准将は、激しく消耗していた。


 特に祐奈の状態は深刻で、魔力をほとんど根こそぎ使い果たしてしまったことによる、揺り返しのダメージを負っていた。


 それに加え、日頃から戦闘訓練を受けていない一般人の彼女が、一瞬とはいえ腕を失い、自ら回復させ、その後も危険な状況の中で戦い続けたことで、精神にも強い負荷がかかっていた。その影響は戦闘状態を離脱したあとになって出てきた。


 ――転移後、祐奈は二週間のあいだ、ほぼ寝たきりの状態になってしまったのだ。


 普通ならば、ここまで消耗が酷いと回復するのは絶望的であるはずなのだが、戦いの最後に祐奈が自身に回復魔法をかけ続けたことで、なんとか最低限、状態を維持したまま離脱できたようである。そのため障害が残るほどのダメージは残らなかった。


 ただ、極度の疲労により、動けなくなってしまっただけで……。


 ラング准将はボロボロになった祐奈を抱き上げ、近くの宿に運び込み、甲斐甲斐しく世話を焼いた。


 祐奈は基本寝たきりであったのだが、トイレには一人で行けたので、その点は彼女としては本当にありがたいことだった。付き合いたての状態で、彼に下の世話をされていたら、かなりこたえたことだろう。


 とはいえ、歩くのに不自由して、壁を伝いながらゆっくりしか進むことができなかったので、結局彼が抱っこして運んでくれることが多く、やはり恥ずかしい思いをすることとなったのだが……。


 けれどラング准将は大変良くできた人で、洗面浴室に運んだあとは、しばらく放置して、かなり時間がたったあとで迎えに来てくれたので、ドアの外でずっと待たれるという体験をせずに済み、祐奈はとても助かったのだった。


 ――入浴は『浴室まで運んでくれれば大丈夫』と言い張ったのだが、これについては聞き入れてもらえなかった。ここまで体に力が入らない状態だと、浴槽で溺れるかもしれないと言うのだ。


 そこでラング准将が抱きかかえて入れてくれた。


 なんというかもう……祐奈はこのことについては、今思い出しても恥ずかしいくらいだった。


 彼はまるで宝物でも扱うかのように祐奈に触れ、丁寧に髪や体を洗ってくれた。祐奈が自分の髪を洗う時はもっと適当だから、『そんなに大事にしなくていいんです』と叫び出したくなった。そしてその流れで歯磨きまでしてくれそうになったので、祐奈は全力でこれを止めさせなければならなかった。


 彼はずっとずっと優しくて、祐奈に甘かった。


 もう聖女ではないのだし、そんなふうに尽くす必要はないと思うのだが、彼のスタンスは旅をしていた時とそう変わらず、何事も祐奈第一で動いているような気がした。


 いや――旅をしていた時と同じどころか、むしろ日に日に甘くなっていっている気もするほどだった。


 糖度って上限があるようなイメージだったのだが、ラング准将の振舞いを見ていると、どうやらそれも怪しくなってきた。このぶんだと無限に甘くなっていくかもしれない。


 そうしたらどうしよう……という馬鹿げた危惧を抱いてしまうほど、ラング准将は祐奈を甘やかし続けたのである。


 ラング准将からのもったいなすぎる甘やかし攻勢以外にも、祐奈が悩まされていることがあった。


 ――それはカルメリータのことである。


 彼女と再会したあと、そのままカルメリータも屋敷に住み始めることになった。(ルークも一緒に)


 カルメリータは『侍女として祐奈様のもとで働きたい』と言ってきた。しかし彼女はウトナまでの長旅を終えたので、もうあとは一生遊んで暮らせるほどの給金を国からもらえるはずだから、何も働く必要はないと思ったのだ。


 『近くに住んで、友人として付き合いませんか?』と提案してみたのだが、それだとどうしても距離ができるし、『絶対に侍女のほうがいい』と言って聞かない。


 まぁ確かに友人という関係だと、毎日一緒に過ごすことはなくなるだろうから、そうなると寂しいかぁ……と祐奈もほだされ、ラング准将も『カルメリータに居てもらったほうがいい。彼女ほど仕事のできる侍女はいないし、別の人間を雇っても、彼女ほど君を尊重してくれないと思う』と言うので、結局彼女を雇うことになった。


 というか……なんで侍女を雇う前提なのかしら……と祐奈は思わなくもなかった。


 しかし侍女の雇い入れ自体を断ってしまうと、ラング准将が『じゃあ、祐奈の面倒は全て私がみることにしますね。かえって良かった』とか言い出しかねないところがあったので、祐奈は抵抗を諦めたのだった。


 ラング准将に押されると、とことん弱い祐奈である。


 ――ところでそろそろ動ける程度に体力も回復して来たので、王都シルヴァースに戻り、彼の家族に会いたいなと思っている。


 というのも今現在、祐奈は彼の妻になっているからだ。ラング家の人々にまだ会っていないというのに、妻……。由緒正しい名家出身の彼が、こんな勝手なことをして良いのだろうかと心配になってしまう。


 一体どうやったのかは分からないのだが、ラング准将はこの状態――国外、かつ、祐奈が半引きこもりのようなリハビリ生活を送る中で、二人の入籍手続きを済ませてしまったのだ。


 『結婚していただけますか?』と尋ねられ、とても幸せな気持ちで『喜んで』と答えたのだが、まさかその翌日に入籍を完了させてしまうなんて思わないよね……と遠い目になってしまう祐奈だった。


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