第169話 オズボーン
オズボーンはクレーターに足を踏み入れながら、あの規模の極大魔法がぶつかり合ったにしては、穴が浅いと考えていた。
爆心地に近寄る途上で、落ちていたキューブを拾い上げる。立方体(正六面体)だったキューブは全ての角が割れ、切頂六面体(せっちょうろくめんたい)(十四面体)になっていた。あの衝撃で元の形状を保てなかったのだろう。
「……欠けたとなると、散らばった破片のほうが、まずいかもしれない」
呟きを漏らすが、少し考えてから、まぁいいかという結論に達した。さして問題にはならないだろう。……たぶん。
ふと強く引かれるものを感じ、キューブを視線の高さまで持ち上げて、中を覗き込んでみた。そして目を丸くすることとなった。
「なんとまぁ! あの子はすごいことをやってのけたものだね」
キューブの中には宇宙がある。この入れものの中に実際に存在しているというわけではなく、これは高次元の影を感覚的に眺めているだけにすぎない。しかしこうして俯瞰することで分かることもある。
祐奈は魔法エネルギーを極限まで圧縮し続けることで、即席のワームホールを作り、それを維持し、この世界とキューブ内を繋げた。そして極大魔法をそこに流し込んだ。盛大に、ありったけの量を。
そしてその強大な魔力を、緻密に、完璧にコントロールしながら、方向性を定め、ループさせた。それは信じがたいほどに美しい処理方法だった。
キューブ内に流し込まれた高エネルギーは半永久的に循環し続ける。キューブの中で正しく循環されるなら、この世界にもそれが波及する。
長きに亘って誰も――聖典ですら実現できなかった『安定した状態』の完成形がここにあった。
これでもう聖典が34年に一度、聖女を呼び寄せる必要もないし、986年に一度の大規模メンテナンスも不要となる。
聖女はたとえるならば、詰まった配管清掃のために呼ばれていたのだ。そこここで滞留し噴き出しそうになっている魔力の澱(おり)を、方向性を定めた極大魔法を行使することで、押し流す。
しかしこれはあくまで応急処置であり、詰まりの原因自体が解消されるわけではないから、定期的に聖女を招き、それをさせ続ける必要があった。
でなければ世界が砕け散ってしまうから。
しかしこうして絶えず強大なエネルギーが巡っているならば、管が詰まること自体がもうなくなる。
――祐奈はたった一人で、世界の在り方を変えてしまったのだ。
さらに足を進め、オズボーンは祐奈とラング准将が立っていた中心部に辿り着いた。
半ば土をかぶるようにして、深い青の何かが落ちているのが見えた。
オズボーンは上半身をかがめ、その石片を摘まみ上げた。――それを確認した瞬間、意図せず、にんまりと口元に笑みが浮かんだ。
「ああ、くそ……ラング准将にしてやられたね」
オズボーンは片側の口角を上げたまま、青い石片を手のひらの上でポンと投げ、落下してきたそれをきつく握り締めた。
この場所でまさか、カナン遺跡内にあるべきものを発見しようとはね。――ラング准将は、転送板の欠片をいつから隠し持っていたんだ? もしかすると、世界に穴を開けたあの一件――若槻陽介を異世界に押し帰したあの時も、彼はこれを持っていたのか?
若槻陽介を戻した時は、事故に近い成り行きだったのかもしれないが、今度は違う。ラング准将はあの件で確信を得て、大一番でこれを利用した。
――あの極限状態の中、ラング准将が石片を乗せた右手を、祐奈のほうに差し出した。彼女はそれを眺めおろし、彼の意図を理解し、自らの手を重ねた。
外から見ると、死を覚悟した二人が、手を取り合っただけのようにしか見えなかった。ラング准将の手の中にあるものを確認することができたのは、近くにいた祐奈だけだったのだ。
オズボーンはなんともいえない晴れがましい気持ちで、青く澄んだ空を見上げた。
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