第162話 必ず、生きて戻ります
彼と城に泊まり、翌日は寝込んでしまい、翌々日のこと。
――すっかり熱の下がった祐奈は町の食堂にやって来ていた。宿、酒場、食堂が小ぢんまりと一ブロック内に固まっている。
全員でテーブルを囲み、朝食をオーダーして待つあいだ、祐奈はリスキンドのことを警戒していた。絶対にからかってくるはずなのだけれど……
「祐奈っち。何か身構えてない?」
「リスキンドさんのからかいは、いつも度を越しているので」
「あのねぇ。俺がそんな子供みたいなことをすると思っているの? 二人が幸せになったら俺だって嬉しいのにさ。疑われてショックだよ」
「リスキンドさん……」
祐奈はなんともいえない表情で彼を眺めてから、ハッと我に返って小さく首を横に振ってみせた。
「――いえ、騙されませんよ」
「友達じゃないか。こんなことでからかうわけないだろ。祝福の気持ちでいっぱいだよ」
「……本当に?」
「本当だってば。なんだかんだ、もう長い付き合いなんだからさぁ」
こうまで言われて、まだ『胡散臭いな』と思ってしまう自分は、心が穢れているのだろうか。
「『友達だから隠しごとはなしだぜ』みたいに話を持っていかないですか?」
「あ、バレた?」
「バレた? じゃないですよ」
「冗談はさておき、なんでも腹を割って話せるのが、友達のいいところなんだぜ。二人がくっつくか、くっつかないかで、ずっとヤキモキさせられていたんだ。報告くらいしてくれよ」
「何を報告するんですか?」
「どうだった? ――衝撃度が十段階でいうと幾つだったのか教えて」
なんという下劣さ……。祐奈はいっそ清々しいほどだなと感心したくらいだ。
ラング准将はといえば、大人な態度で聞き流している。――というか、リスキンドごときのからかいなど、心底どうでもいいのかもしれない。なぜならラング准将は大人だから。
――でも祐奈は違う。こういう時は断固抗議の構えだ。
「言うわけないでしょ」
「チッ、『友達』押しで攻めても、おいそれとは騙されないか……」
「さすがに私も学習能力があるので」
「あら、そう? じゃあ旅のあいだずっとからかい続けて、鍛えた甲斐があったってもんだ」
「鍛えていたつもりなんですか?」
「世の厳しさを教えてあげたんだよ。のほほんと生きていると、足元掬われちゃうからな、っていう」
それはまったくもって『大きなお世話』なのだが、リスキンドがそう言うと、なんとなく許せてしまえるというか、腹も立たないのが不思議だった。
――ところがカルメリータは大らかに流せない気持ちだったのか、隣席のリスキンドにジロリと睨みを利かせている。
今日は少し席の配置を変えていて、リスキンドとカルメリータが隣合い、祐奈とラング准将が並ぶ形だった。
「それなら私もリスキンドさんを鍛えてあげませんと」
「必要ないから。俺はちゃーんと常識を心得ているし、世の道理もわきまえているからね」
「私からすれば、ガキ大将がそのまま大きくなったような感じですよ」
カルメリータの手厳しい台詞に祐奈は笑い出してしまった。――カルメリータ自身だって、悪態をついたあとに笑みを浮かべている。
ラング准将も柔らかに笑んでいた。
リスキンドは頬杖を突き、片眉を上げてみせた。
「なんだかいつもどおりだねー。決戦前でも、特にご馳走を食べるわけでもなし」
ウェイトレスが料理を運んできた。ベーグルに、スクランブルエッグに、コーヒーというシンプルなメニュー。
ラング准将が、
「湿っぽくする必要もない」
と言えば、リスキンドは悪戯に微笑んでみせた。
「そうですか? 俺ぁ結構、大袈裟でドラマチックなお別れとかも、好きなんですけどね」
似合わないセンチメンタルな台詞。けれどのらりくらりとした軽い調子であったので、彼お得意の茶化しかと思ったのだが……意外と瞳がしっとりして見えたので、もしかすると本気だったのだろうか。
ラング准将がリスキンドを流し見る。
「お前の軽口も、もうこれで聞き納めかもしれないと思うと、不思議と名残惜しいものだな」
「え。俺ってラング准将の予想では、殉職する感じですか?」
「この中で誰が一番早く死にそうか……となると、お前だろうからな」
「ひどいよー。でも確かにそうだなと納得できてしまうところが、複雑」
リスキンドは軽快に冗談めかしてそう言ったあと、皆を順繰りに眺めていった。そしてその視線が、隣席にいるカルメリータのところで止まった。
「せっかくだから、この流れで、出立の挨拶をしておこうかな。――カルメリータ。無事に帰れたら、スキップを教えてあげるね。それから……これまでありがとう」
スキップが苦手で、克服したがっていたカルメリータ。リスキンドの台詞は彼女をからかっているようでいて、その根底には強い友愛が滲んでいた。そして彼女に対する敬意も。
見る見るうちにカルメリータの瞳が潤み、眉尻が悲しげに下がった。
「リスキンドさん、やめてください。『無事に帰れたら』なんて言い方。無事戻れるに決まっているじゃないですか」
「でも、ちゃんと感謝の気持ちを伝えておきたくてさぁ」
カルメリータはここエヴェレットでお別れとなる。そのことはすでに彼女には伝えてあった。本人は『最後まで』と同行を強く望んだようだが、ラング准将が連れてはいけないと話したようだ。
エヴェレットは暑くて快適な環境ではないので、ティアニー(マッピングの都市)で帰りを待つように、と。ルークもカルメリータについて行くことになる。
――ウトナから離れたティアニーという地をラング准将が設定したのは、おそらく戻れないであろうことを考慮してのことだろう。悲しい知らせがティアニーに着くころには、かなり日がたっているだろうから、カルメリータも気持ちの整理をつけやすいかもしれない。それに町自体に活気があるので、気も紛れる。
――四人と一匹というメンバーで長い旅を続けて来たが、ここで一段落だ。
ずっと一緒だった。苦楽を共にしてきた。けれど何事にも終わりはある。
カルメリータがこらえきれずにとうとう泣き出してしまい、ハンカチで目頭を押さえている。
「まさか私が……リスキンドさんに泣かされるだなんて!」
リスキンドは優しい笑顔で彼女を眺めてから、ふたたび口を開いた。
「――大好きだよ、カルメリータ。あなたは俺の姉も同然だ」
「もう、わざと泣かしにかかっていますね。すでにボロボロなので、これ以上はやめてください」
カルメリータは笑顔を作ろうとして失敗し、顔をくしゃりと歪ませている。
するとラング准将までもがリスキンドに続いた。
「私からも感謝を。――旅のあいだ色々細かな点に気を配ってくれて、ありがとう。カルメリータがいてくれたおかげで、本当に助かった」
カルメリータは口元を震わせ、ハンカチを握りしめて、じっとラング准将のほうを見つめ返していた。
ラング准将は嘘やお世辞を言わない人だ。この人にこうまで手放しで褒められたら、格別に嬉しいだろうなと祐奈は思った。言葉も出ないほどに。
「――カルメリータさん」
祐奈が口を開くと、彼女から縋るような視線が返された。
「祐奈様、本当にもうだめです。あなたに何か言われたら、私……泣きすぎて、目がとんでもなく腫れ上がってしまいます」
「じゃあ、前向きなことを言いますね」
祐奈は微笑んでみせた。
「――必ず、生きて戻ります。約束です」
結局、カルメリータは大泣きし、目がとんでもなく腫れ上がってしまった。
リスキンドが珍しくからかいの言葉を口にせず、彼女の肩を優しくさすっていた。
……ああ、家族なんだな、と祐奈は思った。いつの間にか、かけがえのない存在になっていた。当たり前のようにそばにいて、つらい時は肩を抱き、喜びも分かち合ってきた。
これから立ち向かう障害は大きいけれど、恐れることはない。
信頼できる仲間がいる。ここで別れてしまうカルメリータもルークも、心は一つだ。皆で乗り越える。
――明日が来ることを信じて。
19.ありがとう(終)
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