第143話 野蛮な国と穏健な国


 国境を越えたあと、カナンルートとローダールートは再び南北に分岐する。


 通常時(34年サイクル)は聖女が一名しかいないので、国内ではローダールートを進み、国外に出てからは、散らばる拠点をジグザグに進んで行くらしい。――それが今回は二名体制になったため、南北に振り分ける形となったのだった。


 本来、986年に一度の聖女二名来訪時は、カナンルートを進む二番手の聖女は、カナンでその役目を終えてしまうので、国外へ進むことはない。


 とはいえ、スタート時に『あなたはカナンで死ぬので、国外ルートは存在しません』と当事者に告げてしまうと、旅に支障が出かねないので、二番手に対しても国外ルートは一応確保してあるのだ。


 最終目的地であるウトナは西の果てにあるのだが、祐奈たちのルートは下回りであるので、現在はひたすら南に下っている状態だった。


 ちなみにもう一人の聖女は上回りのルートを進んでいるはずである。あちらも祐奈と同じく北部拠点のカナンから国境を越えたため、大陸をほぼ真横に突っ切る形だ。


 地図で眺めた場合、あちらの上回りルートのほうが直線的でかなり短く感じられるのだが、実際の移動となると結構時間を取られて大変とのことである。――というのも北部は山が多いので、迂回したりアップダウンがあったりと、進むのに難儀するらしいのだ。


「早く南海岸に出たいものだよ」


 リスキンドが窓の外を眺めながら呟きを漏らす。


「海を見られるのは、だいぶ先のことになりそうですね」


 祐奈は頭の中で地図を思い浮かべながら口を開いた。現在地だと、まだ半分くらいしか南に下りてきていないし、それに海に出るより先に、祐奈たちは『アターベリー』という国に立ち寄らねばならない。


 リスキンドが次の拠点の説明をしてくれた。


「『野蛮な国・ギグ』と『穏健な国・アターベリー』が隣り合わせで、長いこといがみ合っていたんだが、それがこの度、両国の縁談が無事にまとまったようだ。――アターベリーが、野蛮な国の姫を迎え入れることで合意した。すでに花嫁が来ているかは、スケジュール的に微妙なところだな。話が纏まるまで結構揉めたらしいから、遅れが出ている可能性もある」


「私たちが通過するタイミングで嫁入りとは、ずいぶんタイムリーですね」


「――ていうか、この縁談が決まったのって、祐奈っちが原因だからね」


 リスキンドにズバリそう言われ、あまりに想定外な内容だったので、祐奈はぎょっとしてしまった。


「え、なんでですか?」


「ここの聖具は『剣』と『盾』の二つがセットになっていないと意味がないらしいんだ。ところが長きに亘り、ギグに剣が、アターベリーに盾が――という具合に、二つが別れてしまっていたらしい」


「どうしてそんなことが?」


「ギグとアターベリーは元々一つの国だったんだ。それが西と東に別れた際、聖具を剣と盾に分けて一つずつ持つことになった。――今回聖女が通過するあいだだけ、ギグの剣をアターベリーに預けてくれればそれで良かったんだが、互いに信用し合っていないので、貸し借りは嫌だとなったらしくて」


「三十四年前の聖女来訪時はどうしたのでしょう?」


 聖女が一名しか来ない場合は、国外拠点は全て網羅するはずだから、アターベリーにも立ち寄ったはずだ。


「その時は関係がまだマシで、聖具の貸し借りも問題なくできていたらしいね。でもここ二十年くらい、関係がかなり悪化したから」


「貸し借りが嫌だから、結婚すると?」


 そんなのってあるの? 聖具の貸し借りの話すら円滑に進まない仲なのに、苦楽を共にする結婚生活が上手くいくのだろうか?


 ――野蛮な国と穏健な国ということで、お国柄もずいぶん違いそうだ。短気な人と温和な人が結婚すると、ロクなことにはならない気がしてしまうのだが……。


 先行きの暗そうな縁談が、聖女通過のために決まったと言われると、祐奈は居心地の悪さを感じてしまった。これからアターベリーに行くのだ。『あんたのせいで、こんなことに』みたいな態度を取られたら、どうしよう……。


 祐奈が不安に思っているのを感じ取ったのか、対面からラング准将が落ち着いた声音で告げた。


「これは祐奈のせいではありませんよ。気にしなくて大丈夫です」


「ええと、でも……」


「そもそも一組の聖具を分割してしまうほうが悪い。アターベリーとギグが勝手にやらかしたことだから、聖女が通過するあいだ元の状態に戻しておくのは、両国の当然の義務です。こちらは縁談など強要していません。『通過する際、組み合わせておくよう』――伝えたのは、ただそれだけ」


 ラング准将は理論的な見解を示した。――それはそのとおりでぐうの音も出ないというか、正論というのは何よりもキツく作用することがある。ある意味、居丈高に要求されるよりも、よほど両国をピリっとさせたかもしれない。


 リスキンドが『悪いことばかりじゃないよ』とばかりに注釈を加える。


「まぁほら――双方、これが良い機会ってのもあったんじゃないの? ギグはこれまで勢いと力業だけで乗り越えてきたところがあるから、アターベリーの職人気質なところを取り入れたかったのかも。そしてアターベリーのほうは器用さと勤勉さが売りではあるけれど、国防力に欠けていた。今回の縁談で、互いに持っていなかったものを補える」


 ……互いに利点があるというのなら、それはそれでいいのだけれど……。


 しかしカナンルートは国境を越えたあとも、問題が多いなぁと祐奈は思った。少し気が遠くなってくる。


「ギグから来る花嫁が、聖具の片割れである『剣』を持って輿入れするのですかね?」


 貸し借りが嫌だと言っているくらいだから、先に聖具を送っておく……なんてことはしなそうである。


「かもしれませんね」


「では、お嫁さんが着いていないと、聖具が揃わないので発てませんね」


 剣と盾、組合わさっていないと意味がないらしい。つまりそれは、盾だけだと魔法習得ができないということだろう。


 先ほどリスキンドは嫁入りの予定が押している可能性があると言っていたが、聖女来訪時に聖具が揃っていないというのは、国際問題に発展しかねない。着いてみないと状況は分からないものの、大丈夫なのだろうか……。


「花嫁が来なかったら、魔法習得を諦めて、先に進むって手もあるんじゃない?」


 リスキンドはスピード重視のほうがいいんじゃないかという意見のようだ。


 しかしラング准将はそれとは反対の意見だった。


「魔法は入れておいたほうがいい。なんとしても」


 ローダー以降の二人旅で、ラング准将には思うところがあったのだろう。


 祐奈も同感だった。


「そうですね」


 どちらにせよ、魔法習得は出立の時になる。それよりも先に、祐奈は国賓として今回の輿入れに関わる形なので、色々知っておいたほうがいいかもしれなかった。


「ギグという国はどうして野蛮な国と呼ばれているのですか?」


「とにかく彼らは苛烈みたいだねぇ」とリスキンド。「家族を侮辱されると、血が流れるって」


「……それって野蛮というより、熱血な感じですね」


 暴力で解決しようとするあたりは、第三者からすると引いてしまう部分はあるものの、ギグも単に極悪非道というわけでもないようである。『家族を大事にする』という、彼らなりの正義は少なくともあるわけで、信念のもと行動しているような印象を受けるからだ。


 リスキンドは好奇心旺盛なので、情報収集に関しては抜け目がなかった。


「あとはそう――ギグには生肉を食べる習慣があって、それが近隣諸国から理解されずに、野蛮人というレッテルを貼られてしまったのかもね」


 生肉を食べるとか、生魚を食べるとか、その辺は文化だからなぁと祐奈は思った。ギグに関しては周囲の偏見に惑わされず、フラットに見るべきではないかと感じた。勝手な思い込みはよくなさそうだ。


「アターベリーは?」


 目的地でもある穏健な国・アターベリー。


「弱腰のわりに奇跡的に無傷で生き残った国だね。周辺の争いに巻き込まれることもなく、古い町並みがそのまま残っている。地形が複雑で攻められづらかったっていうのと、外交を上手いことやってなんとか切り抜けてきたって印象。――質素で生真面目な気質。なんでもちゃんとしていて、常識人」


 生真面目、ちゃんとしている、というキーワードを聞くと、なんとなく親近感を覚える。日本人のイメージに近いというか。


 祐奈はアターベリーに行くのが少し楽しみになってきた。


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