第112話 習得した奇妙な魔法


 ――古語解析の他に、魔法はもう一つ取り込むことができる。


 元々祐奈は氷の魔法を習得しようと考えていた。アリスが火の魔法を使っていたので、対抗するものがよいのではないかと思ったためだ。


 しかしロッドの説明だと、『火、水、氷、風、雷、大地の魔法は習得不可』とのこと。あてが外れてしまった形だ。


 アリス隊が消息を絶った今、急ぎカナンに戻ったほうがいい。そのためには宿の老婆に大量の食料品を渡さなければならないので、少なくとも馬が二頭、慎重を期すならば三頭必要になる。食料品の他に着替え類の通常の荷物もあるのだから、やはり三頭は必要になるだろうか。祐奈が馬に乗れないので、複数の馬と乗り手たちをこの町で見つけなければならない。それも信用に足る人物を。


 これから探して見つかったとしても、出発は午後になるだろう。それもあまり遅くなるようだと、宿のない辺鄙な場所で夜を明かす羽目に陥るので、結局今日は出発できなくなる。


 ……では、乗馬のスキルを魔法で習得する? しかしそれも得策とはいえなかった。時間をかければ自力で習得できるようなことを、魔法で覚えるのはもったいない。となると……


「ラング准将。私は『圧縮』する魔法を習得したいと思っているのですが、問題はありますか? 大量の食料を圧縮して小さくし、老婆の宿についたら『回復』で元の大きさに戻したらどうかな、と」


 ラング准将が柔らかな視線でこちらを見返し、頷いてくれた。


「面白い発想ですね。それならば馬一頭で行ける」


「今はちょっと思いつかないですが、『圧縮』なら別の場面……攻撃魔法と組み合わせるなどして、応用が利くかもしれません」


「そうですね。使い方によっては、切り札になるかもしれない」


 彼がふと口を閉ざし、考え込んでしまった。


「どうかしましたか?」


「いえ……圧縮をした場合、重量は変わりませんか?」


 重量か……。


「すみません、考えていませんでした」


 祐奈はしばらくのあいだ考えを巡らせていた。……ふわふわに握ったおにぎりと、ぎゅうぎゅうに握ったおにぎりみたいなものよね。人力だとこの程度だけれど、魔法でさらにもっと圧縮していくと……


「たぶん重さは変わりません。山のように積まれた小麦粉を、爪の先ほどの大きさまで縮めた場合、コンパクトにはなりますが、同じ重さのはずです。それだとポケットに入れたら布が破けてしまいますね。馬の負担もキツイ」


 ちょっと恐ろしいことになりそうだ。そこまで圧縮をかけると別の物質に変わっていまいそうだし。


 ただまぁ、組織が破壊されたら『回復』魔法で時間軸そのものを戻せるので、再生については心配ない。ただし生物に使用するのは非常に危険だろう。圧縮した時点で生命活動が止まってしまうので、回復をかけても魂は戻らないだろうから。


 祐奈はツラツラと考えごとをするうちに、おにぎりつながりで、フリーズドライの卵スープを思い浮かべていた。


 フリーズドライか……あれは元の重量よりも軽くなっているよね……。水分を抜くことで結果的に圧縮されているからか……。


「水分だけ抜くという方法なら、圧縮し、かつ軽くなります。あ、でも……これだと『圧縮』の領域ではなく、『水』の魔法になっちゃうのかな。それとも私が魔法を取り込む際に、『圧縮』だと言い張れば、聖具も認めてくれるのかな……?」


 祐奈が考えも纏まらぬまま喋り続けていると、ラング准将がアドバイスしてくれた。


「応用が利くかどうかの観点で判断すると、水分を抜く方法ではなく、重量が同じで圧縮していくほうがいいように思えます」


「そうか……確かにそうですね」


 フリーズドライ工場をオープンするつもりなら、水分を抜く方法でも良さそうだが、これだとあまりに使用方法が限定的すぎる。


「一頭の馬で運べる総重量を意識して、購入する物資を選ぶようにしましょう。小麦粉やワインなど重いものは最小限にして、パンなどのかさばるわりに軽いものを大量に混ぜ込んで、見栄えを補う。あとは高級で日持ちしそうな食材を持参するようにすれば、宿のあるじの機嫌も損ねないでしょうし」


「なるほど、それがいいです」


 目途がつき、祐奈は笑みを浮かべた。


『――圧縮――』


 聖女のブレスレットを当てて、取り込みを始める。わりと時間がかかったので、祐奈は途中ちょっと焦ってしまった。


 圧縮もまた、ちょっと問題のある魔法なのかな……? と思ったためだ。



***



 必要なものを買い揃え、祐奈の魔法で『圧縮』した上で、いくつかの袋に分けて入れ、馬の背に積んだ。


 大ぶりの荷鞍を着けてしまうと人間が乗ることができなくなるので、コンパクトなものを肩あたりに取り付け、左右に荷を分けて括りつけることに。バランスをよく考えなければならなかったが、元の体積より小さいため扱いやすく、馬もなんとか耐えられそうな様子だった。


 ラング准将は祐奈を抱えて馬に乗せながら、ある予感に囚われていた。


 ――アリス隊の護衛騎士たちは、おそらく全員死んでいる。


 せめてもの救いは、マクリーン、スタイガー他、優秀な部下が数名、ローダー到着時に離脱していることくらいか。レップ大聖堂で彼らが離脱の意志を示していたのを、ラング准将は直接聞いている。彼らは今頃、無事王都への帰路を辿っているものと思われた。しかしだからといって、多くの護衛騎士たちが犠牲になっているのだから、『離脱者は運が良かった』と言うのもはばかられる。


 それにしても、多くの護衛騎士たちがカナンに転移したあと、あの状態の赤い扉をくぐったのかと思うと、信じがたい気持ちだった。勘が鋭くなければ異変に気付けなかったかもしれないが、それにしても、だ。


 少なくとも数名は気付いた者がいたのではないか? けれど皆、従順に従った。――集団心理とは、かくも人を鈍感にさせるものなのか?


 そしてアリスはなぜそれを許したのか。


 慈愛に満ちた聖女だとも思っていないが、彼女は計算高く、無駄なことはしない人物像であったはずだ。自身を護ってくれる者を切り捨てたのは、なぜ――……


 ――二人の聖女。


 カナンでのあの禍々しい空気が消えたということは、決着が先延ばしになったということだろう。つまりウトナに持ち越されたということかもしれない。


 そもそもラングはウトナに着くのはどちらでも良く、自分が護衛する聖女は負けても構わないと考えていた。職務放棄さえしなければ、罪人扱いはされないで済むのだから、と。


 しかし今では祐奈を勝たせたいと強く思っている。彼女自身は派手な帰還を望むまい。しかしこの任務をやり遂げて永住するとなれば、名誉を回復しておく必要があった。祐奈にも今後の生活というものがある。


 ショーを審問会にかけ偽証の罪を認めさせたとしても、祐奈がアリスに負けたあとだと、どうしても効果が薄らいでしまうかもしれない。敗者の名誉など、他者からするとどうだっていいことだろうから。


 ――必要なのは、勝利。


 そして名誉云々を抜きにして、ラングの勘は、ウトナで聖典を手にした一人しか生き残れないであろうと訴えていた。


 二人の聖女は戦う運命にある。


 圧倒的に不利な状況にあっても、逃げることは叶わない。





【後書き】


 11.美と智の殿堂(終)


***


 ※次章『12.氷の女王』には、ハプニング的にちょっとエッチなシーンがあります。(相手はラング准将です)

 苦手な方は、章ごと読み飛ばしてください。


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