第108話 ルート選択


 翌日、早朝。


 ベイヴィア大聖堂から依頼された『朗読係の選定』業務については、祐奈にできることはもうなかった。グロリアとバーバラに問題があるので、彼女たちにはしっかりした研修を受けてもらう必要があり、現時点でどちらかを指定することはできない。あとは大聖堂側で頑張ってもらうしかなかった。


 しかし道筋は示すことができたので、大聖堂側が祐奈の助力に感謝の意を示し、『聖具をお使いください』と申し出てくれた。そこでこれから魔法を取り込み、午前中にここを発とうという話になった。


 ――問題は魔法を習得したあと、どこへ向かうか、だ。


 さらに東に向かい、レップ大聖堂を目指す案が一つ。――レップ大聖堂は、以前アリス隊と合流したポイントでもある。あそこではオズボーンのアドバイスを聞き、魔法習得をしなかった。あれが鍵になっている気もするから、もう一度行って確認したほうがいいのか。


 あるいはローダールートを逆行するのはここできっぱりとやめて、北上してカナン遺跡を目指すのか。


 ただし赤い扉を越えるための攻略法はまだ見つかっていないから、ただ死ぬために戻ることになるかもしれない。それでは意味がないというのは、十分に分かっている。


 しかしいつまでも国内に留まっていて、それで問題が片付いていくわけでもなかった。こうしていることが『前進を拒んでいる』とされ、職務放棄とみなされる恐れもある。このことでラング准将が国家反逆罪に問われても困る。


 ――この時、祐奈とラング准将は自室のリビングにいた。ベイヴィア大聖堂から『聖具の準備が整った』と呼ばれるまで、待機している状態だった。


 そこへ修道女が手紙を運んで来た。――ラング准将宛で、差出人はリスキンドだ。


 開封し目を通していたラング准将が微かに眉根を寄せる。


「――アリス隊がカナン到着後、消息を絶ったとのことです。彼らはやはり、ローダーからカナンに転移したようですが、そのあとに」


 祐奈は耳を疑ってしまった。消息を絶ったというのは、どういう意味だろう? 


 祐奈はローダーでアリス隊がすぐそばを通るのを見ている。その時に改めて思ったものだ――なんと見事な隊列だろうか、と。多くの護衛騎士、立派な装具、豪華な造りの馬車、毛並みの美しい馬。全てが圧巻だった。


「本当にカナンに転移したのでしょうか? アリスさんだけが単独で移動し、あとの護衛隊はまだローダーに取り残されているとか……」


「いいえ、隊は全てカナンに転移したとのことです。というのも転移後に、隊の連絡係が中央に報告を入れるため、カナン遺跡から外に出ています。そして手紙を投函し終えて元の場所に戻ったのですが、すでに誰もおらず、赤い扉は閉ざされていた。扉にはロックがかかっていたので、中には入れなかったそうです」


「あの恐ろしい扉をアリスさんたちは越えたのですね」


「カナンの町に出ていないのは確かです」


「――では、国境を越え、国外に出たのでは?」


「ところが隣接する国では、アリス隊の受け入れをしていないらしく……。そうなると遺跡内で何かあったと考えるべきでしょうね」


 どうにも腑に落ちない。アリスは聖典から愛されていたようだ。聖典が支配する空間で、彼女が攻撃されるはずはなかった。


 ……これも何かの仕掛けなのか? とにかく材料が足りないので、祐奈にはなんとも判断がつかないのだった。


「カナンにはオズボーンさんが来ていましたよね。彼なら何か知っているかも……」


「枢機卿もいたようですよ」


「そうなのですか?」


 祐奈はオズボーンにからまれただけで、そのままカナン遺跡に入ってしまったから、枢機卿まで来ているとは知らなかった。


 しかし考えてみれば、オズボーンは枢機卿の側近であるから、枢機卿自身もカナンに来ていたというのは自然なことかもしれなかった。


「リスキンドさんは枢機卿と何か話せたのでしょうか」


「少しだけ会話を交わしたらしいです」


「どんなことを?」


「遭遇したタイミングが、祐奈と私がカナンから消失したすぐあとだったらしく、そのことについて。枢機卿が――というよりオズボーンが、我々が消えたのは、転移したせいだと話したのだとか。とりあえず無事らしいと知れたので、リスキンドは安心したようですが」


「枢機卿が遺跡に入って来たのは、ローダーから転移して来るアリスさんを受け入れるためだったのですかね」


「おそらくは」


「隊はその後消息を絶ったけれど、枢機卿はそのままカナンに残っている……?」


「ええ、どうやらそのようです。枢機卿はまだ町に留まっているようなのですが、リスキンドはその後コンタクトできていないようだ。オズボーンも枢機卿と一緒でしょう。彼らがなぜ身を潜めているのかは不明」


「奇妙ですね」


「良い知らせもあります。――赤い扉の向こうから発せられていたあの禍々しい気配が、すっかり消失したと書いてあります」


「では、もう安全に通れる?」


「おそらくは」


 祐奈は考えを巡らせた。今の話を聞き、ある思いに囚われている。


 レップ大聖堂で習得できなかった魔法のことは気にはなるものの、それでもただちに北へ向かうべきだ。論理的な思考を経てのことなのか、あるいは単なる勘なのか自分でもよく分からなかったのだが、強くそう感じた。


「――レップ大聖堂には寄らず、このままカナンに戻ったほうがいいように思えます」


「そうですね。私も同じ考えです。北上しましょう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る