第105話 解決法


「あなた方には指導係をつけます。そして研修をしっかり受けていただきます。研修後、指導係の意見を聞いて、どちらが朗読役を務めるかを、最終的に司教が判断することとします」


 いくらか話ができる状態になったので、改まった調子で祐奈が告げると、理屈っぽいグロリアがまず物申してきた。


「指導係の意見を聞いて決める、ですって? それはちょっと生意気じゃない? 指導係風情が、選定にまで口を出すなんて」


 童顔で舌足らずなグロリアが指導係のことを『生意気』と言うのは、なんとも変な感じがした。


「あなた方は指導係から学ぶ立場です。まずはご自身の立場をよく自覚してから、意見をおっしゃってください」


「でも――」


「それから今後、指導係を勝手にクビにすることは許しません。指導係にはもっと強い権限を与えることにします。あなた方の運命は指導係にかかっているので、これからはちゃんとわきまえてください」


「強い権限を与えるですって? あんたにそんな権利はない」


「それがあるのです。今お伝えした内容は、ベイヴィア大聖堂の運営規約に則っていますので」


 抜け目ないグロリアは規約にも目を通していたらしく、祐奈の返答を聞いて、勝ち誇った顔になった。


「嘘を言ったね、今。聖女が嘘偽りを申すのは、大問題なんじゃないの? こっちが規約なんて知らないだろうと高を括っていたんでしょう。朗読係は、敬虔な信者の中から、司教が選定する――規約にはこの一文しかないのよ。これまで朗読者に指導係がつけられてきたのは、あくまでも慣例であり、絶対にそうしなきゃならないって話じゃないの」


「運営規約の最後には、改定の条件が記されていました。――第十八条第三項――『規約の改定は、枢機卿以上の役職に就く神職者の承認を得るものとする』――分かりますか? つまり改定の権限は、この私にもあるのです」


 ちなみに、規約には大聖堂全般の運営に関することが記されており、朗読係のことだけ述べているわけではないので、第十八条まで存在している。


「なんですって?」


「聖女は枢機卿よりも上の役職になります。よって、先ほど私が規約に追加事項を書き加えました。朗読係の候補者には指導係をつけること、候補者が指導係をクビにすることはできないこと、指導係が候補者に適切な指導を行っているのにそれに従わない場合、候補者に罰則を科すことができること」


「ありえないわ!」


「ご不満でしたら、中央に異議を申し立てることも可能です。どうぞおっしゃったら? 『自分たちはベイヴィアで我儘放題したいのに、大聖堂側が言うことを聞かないのだ』と、権力者たちに訴えてみればいい。ちなみに――ここにいらっしゃるラング准将は侯爵家の方です。彼は私が定めた内容に、全面的に賛成してくださっています。主張を通したいのなら、侯爵家以上の強力な後ろ盾を見つけてくださいね」


 グロリアは口を開きかけ、結局閉じた。そしてそのまま押し黙ってしまった。


 バーバラも口を挟むことはなかったが、そのおもてには怒りの感情を滲ませていた。


「――話は以上です。お引き取りを」


 祐奈がそう告げると、二人は忌々しそうに口元を歪め、踵を返した。



***



 二人の候補者がそれぞれ自室に引き上げ、応接間には祐奈、ラング准将、そしてロッド修道士の三名が残った。


 ローテーブルを囲んで皆がソファに腰かけると、ロッドが案ずるように口を開いた。


「指導係の受け手がいるかどうか……ここにいる者は皆、彼女たちへの恐怖心が刷り込まれておりまして」


 そうでしょうね、と祐奈も思った。


「グロリアさんもバーバラさんも、先ほどは大人しく引き下がりましたが、あれは一時的なものでしょう。私たちが去ったら、きっと元のとおりに戻ってしまう」


 指導係が有する権限を規約に定めておいても、彼女達がそれに従うかは別問題だ。あのふてぶてしさを見るに、きっと先のやり取りはなかったものとして、また傍若無人な振舞いをし始めるに違いなかった。


「一体どうしたら……」


「全ては指導係にかかっています。ベイヴィア大聖堂は、何事にも揺るがない強い指導係を据えるべきです。彼女たちの人格を変えられるくらいに、強くあれる人を」


「そんな人がいますか?」


「――あなたの従兄たちはどうですか?」


 祐奈の問いに、ロッドは言葉もない様子であった。緊張からか恐怖からか、彼の目元が微かに引き攣っている。


「『従兄と自分はそっくりだった、血のつながりとは恐ろしい』とおっしゃっていませんでしたか? グロリアさんもバーバラさんもあなたのことを気に入っているけれど、顔が好みなだけで、優しい性格については物足りなさを感じていたのですよね? 双子の従兄はあなたに顔がそっくりで、高圧的なのだとしたら――まさに適任かと思いますが」


「確かにまぁ……報酬をある程度積めば、良い暇潰しになると考えて、来てくれるかもしれません。ただ、彼らは神職に就いてはいないので、朗読係に必要なことは何も教えることができないのです」


「それはロッドさんが補ってくだされば。とりあえず従兄には、グロリアさんとバーバラさんの暴走を押さえてもらえればいいんじゃないでしょうか」


「彼らは大層な鬼畜でして……グロリア嬢とバーバラ嬢の自尊心は、一月ともたずに叩き折られるかと思います」


「叩き折られたとして、問題がありますか?」


「……いえ」


 否定しながら、ロッドも気付いたらしい。――なんの問題もないな、と。


 善悪や倫理を気にしていられるほど、ロッドたちベイヴィア大聖堂の人間には余裕がないはずだった。彼らは二人の候補者に苦しめられ、抗うこともできずにいたのだ。そしてその状況は、ここで思い切った手を打たなければ、今後も続くものと思われた。


「ただ……グロリアさんとバーバラさんは女性なので、無体なことをされないよう、気をつけてあげて欲しいのです」


 彼女たちが度を超して我儘であったとしても、だからといって暴行されてよいことにはならない。


「分かりました」


「従兄には、先に誓約書を書いてもらったほうがいいと思います。禁止事項を明確にして」


「そうですね。文言はよく考えてみます」


「それから、改定した規約は『今回に限る』と明記しておいたので、次回以降はまた元に戻ります。選定に関して指導係があまりに強い権力を持ってしまうのも、よくないかと思ったもので」


「承知しました」


 ロッドはすっかり祐奈に心酔しているようだ。――ラング准将はロッドの顔を眺めながら小さく息を吐いていた。男の視線には隠しようもない熱がこめられているように感じられる。


「――祐奈は部屋で休ませます」ラング准将がロッドに告げる。「空腹の状態でお酒を飲んだので、冷たい水と、何か食べものを」


「すぐに準備いたします」


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