第104話 大暴走


 ラング准将がバグって(?)しまったので、祐奈はグロリアとバーバラのほうに視線を向けた。


 二人の喧嘩はヒートアップしていき天井知らずだった。とうとう掴み合いに発展してしまったので、善良な修道女二名が必死で引きはがしにかかっている。


 しかし一人は老齢で、一人はとても痩せていたものだから、パワフルなあの二人に勝てるはずもないのだった。


 老齢のほうはバーバラに後ろ足で蹴飛ばされ尻もちをつき、痩せているほうはグロリアが繰り出した裏拳を浴びて悲鳴も上げずに引っくり返ってしまった。


 これを見た祐奈は瞬間的にブチ切れてしまった。酒の勢いもあったのだろう。(たぶん)


 ……祐奈の名誉のために、ここは酒のせいということにしておいたほうがいいかもしれない……


「いい加減にしろー!」


 祐奈はラング准将の拘束を振りほどき、腹の底から怒鳴った。


 それでも二人が聞こうとしないので、すぐさま雷撃を放つ。


 グロリアとバーバラは中空に眩い光が弾け、次いで小卓が吹っ飛ばされたのを見て、あんぐりと口を開けた。ドカンという結構な破壊音が響いたから、愕然としたようだ。


 ――祐奈はふらりと足を進めた。呪文名を唱えていないけれど、キレている状態の彼女は放電を続けていた。


 パチパチ、パチパチと拳大の火花があちこちで弾け、眩しいくらいだった。


 そのうちの一つがバーバラの髪を弾き、頬に当たったようだ。パチッと瞬間的に刺激を感じた程度のはずなのに、バーバラは大袈裟に喚き立てた。


「い、痛ーい! なんなのこれ」


 他の火花が今度はグロリアの丸いおでこに当たった。


「きゃあ痛い! ひどいじゃない!」


 祐奈はふらつきながら足を進め、二人のすぐ前までやって来た。グロリアとバーバラは化け物でも見るかのようにヴェールの聖女を見つめている。


 彼女たちが怒りと不満の感情を抱えているのは明らかであったが、それよりも恐怖の度合いのほうが強いのか、飛びかかっては来ない。


 祐奈は小柄なグロリアを指差し、こう言い放った。


「どちらを朗読者にするか、決めろ、決めろとせっついて。なんでそんなに高圧的なの? 他人のことを馬鹿、馬鹿言うなんて、思い上がりもはなはだしいですよ!」


 グロリアの手に放電が当たると、彼女は小さく飛び跳ね、悲鳴を上げて祐奈を睨み返した。


 次に祐奈はゴージャスなバーバラを指差した。


「やれ『お酒を用意しろ』だの、『紅茶に砂糖を入れるな』だの、『今日は気を利かせて入れろ』だの……あなた何様なんですか!」


「私は使えない下僕を教育しているだけで――」


「あなたにそんな権利はない。そのくらい自分でやりなさい。ここにいる修道女はあなたの奴隷ではありません」


「そんなこと、お前ごときに言われる筋合いは」


 バーバラのそばで放電が起き、さすがに彼女はその口を閉ざした。しかし瞳にはまだ反抗心が満ち満ちている。


 彼女の山のように高い自尊心のおかげで、これまで一体何人の善良な人々が泣かされてきたのだろうか?


「あなた、他人に嫌味を言わないと死んじゃう病気にでもかかっているのですか? ――気付いてください。言動が異常ですよ」


「相手がズレまくっているから、教えてあげているだけよ! 私がしていることは正しいし、親切でもあるの。他人から悪いところを注意されたら、直すチャンスなんだから、ありがたがって聞くべきでしょ。そうでないと成長できないんだから」


「自分が絶対に正しいと思い込んでいる時点で、あなたはすでにズレているんです。根本的にズレているセンスのない人から、ズレを指摘されるほうの身にもなってください」


「なんですって? そんなことないわ! 私は細かい点によく気付くんだから。周りはみんなトロいやつばっかり。私が人として優れているから、色々気付けるのよ!」


「いいえ、あなたはただ意地が悪いだけ。まともな人は他者に対する寛容さを持ち合わせています。まっとうな人に苦言を呈されたならば、きちんと聞くべきかもしれません。けれどあなたはどう? いつも怒ってばかり。いつも誰かを馬鹿にしてばかり。一方的に責めてばかり。――周囲からすると、この上なく不愉快な人ですよ。どうして手本にならない人からのアドバイスを、ありがたがって聞かなければならないのですか? むしろあなたが周囲から謙虚さを学ぶべきでは?」


「私は素晴らしい人間よ!」


「あなたの複製を作って、あなたに出会わせてあげたいです。そうしたら数時間と我慢できずに、醜い罵り合いを始めるでしょうね。だって互いに相手を認めず、許しもしないのですから。――他者を嫌う権利はあなただけにあるとお考えですか? それは違います。あなたが誰かを嫌うように、相手もあなたを嫌っていますよ」


「そんな馬鹿な。私は魅力的な人間よ! 私ほどの人間は他にはいない」


「なぜそんなことを言えるのか理解できません。――善良な誰かにケチをつけて、威張り散らしているような人間を、一体誰が好きになれるというの?」


 祐奈はバーバラとの長い口喧嘩を経て、胃のむかつきを覚えていた。声音は平静さを保っていたものの、不快さでどうにかなってしまいそうだった。


 なんの言葉も届きそうにないと感じていた。同じ言語を話せたとしても、心が通じ合うことは未来永劫ないのかもしれない。


 バーバラもグロリアも狂信的に『愚かなのは自分以外の全員だ』と信じて疑いもしない。


 この人たちの怒りは放っておいてもあとからあとから湧いてくる。怒りが尽きないのだから、他者を罵り、傷付けることを決してやめはしない。きっと命ある限り続けるのだろう。正直なところ関わり合いになりたくなかった。


 ――とはいえ、すぐに旅立ってしまう祐奈はいいのだ。去ったあともしつこく悪口は言われそうだが、もう勝手にすればいいとも思う。しかしここに残る人にとって、彼女たちの攻撃的な在り方は脅威でしかない。


 聖女という立場を使えば、いくらかの抑止力にもなるかと思い、あえて嫌な物言いをしてみた。けれど単なる罵り合いに終わっただけだから、あまり意味はなかったかもしれない。


「ふざけるんじゃないわよ! 嫌われ者のヴェールの聖女が、偉っそうに」


「そうよ、とっとと出て行け、このクソ女!」


 自分が一番偉い、自分が一番正しいと信じているグロリアとバーバラは、ヴェールの聖女に対してこれ以上ないほどの反感を覚えているようだ。


 祐奈は酒で血流が良くなっているせいもあり、魔力制御が難しくなってきていた。


 放電がひときわ大きくなる。そうなってやっとグロリアとバーバラは不安そうな顔付きになった。


 今や放電されたものが二人の頭上で不気味な音を立て続けており、グロリアもバーバラもそれを避けるために、段々と中腰になりつつあった。


 祐奈は背筋を伸ばし、童顔なグロリアを見つめた。人から『顔はいまいちだが、とびきり賢い娘』と呼ばれている彼女に告げる。


「グロリア――あなたは言われているほど醜くないけれど、天才ではない」


 次に祐奈は派手なバーバラのほうに視線を移した。人から『顔は美しいが、とびきり馬鹿な娘』と呼ばれている彼女に告げる。


「そしてバーバラ――あなたは確かに愚かだし、その上たいして美人でもない」


 しん、とその場が静まり返った。


「あなたたちには学びが必要です。どうかもっと謙虚になってください」


 祐奈の厳しい言葉が響き渡ると、暴力を振るわれた二名の修道女たちが、『溜飲が下がった』とばかりに、こっそりと口角を上げた。


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