第98話 異世界版ミスコン


 お喋り好きな司教であったが、いざ役務を伝えようという段階になったところで、『詳しい者からお話します』とあっさりその場から下がってしまった。仕事は部下に任せるタイプなのかもしれない。


 司教は意外性の塊だと祐奈は思っていた。


 実はああ見えて、ものすごくできる人だったりして……。のらりくらり振舞い、こちらをリラックスさせて了承を取り付けてしまったし、話をまとめた途端に、あとは合理的に進めようと、あっさり部下に仕事を振ってしまったのだから。


「あの司教は、実はすごいキレ者ですか?」


 担当者を待つあいだ二人きりになったので、こっそりとラング准将に尋ねてみると、彼からはシンプルな答えが返ってきた。


「いいえ、考えすぎです」


「でも、全てが彼の思いどおりに進んでいるような……」


「そんなキレ者なら、今彼らが頭を痛めているような面倒事は、はなから起こっていませんよ」


 ……なるほど。祐奈は疑問の余地なく納得することができた。


 言動の裏を読みすぎて、かえって複雑に考えてしまっていたようだ。ありのまま捉えれば、ことは驚くほど単純になる。


 司教は善良そうに見えて、実は少々口が悪い。そして繊細でもないので、アリスを敵に回すかもなどと深く考えることもなく、祐奈たちにこのオファーを出した。


 そして祐奈にさせたいことの説明を担当者に振ったのは、雑談は好きだけれど、仕事の話は嫌いだから。もしかすると詳細を把握していない可能性すらある。


 司教の人となりを頭の中で整理すると、なんだか彼自身に愛着が湧いてきた。ちょっと迂闊そうなところが憎めないというか、面白い人だなと感じられたからだ。


 しかし祐奈はこれから結構な面倒事に巻き込まれることになるので、時間経過と共に司教に対し、いいようのない苛立ちを覚えることになるのだが……今はまだ彼女はそれを知らない。



***



 説明に来てくれた修道士は、これまたギャップの塊のような人だった。


 話し方や物腰は生真面目そのもの。声も小さめで、とても大人しい人のそれである。


 しかし見た目はなんというか、ワイルドなのだ。


 濃い感じではなく、塩系の顔でちょっと悪そうというか、女性に満遍なくモテそうなタイプだった。


 鼻筋が通っていて唇も薄く、一重の切れ長な瞳をしている。体も意外とガッチリしているので、アメリカの薄暗いバーに馴染みそうというか、ライダースジャケットに咥え煙草なんかが似合いそうである。


 それなのに彼の物腰からは文系の匂いがして、とにかく折り目正しい。服装も禁欲的な修道士の服なので、余計に見た目とのギャップを感じる。


 ――彼はロッドと名乗った。


「典礼での『朗読係』を選定せねばならないのですが、この件でベイヴィア大聖堂が今、揉めに揉めておりまして。聖女様にお決めいただければ、争いを上手くおさめられるのではないかと、司教がおっしゃっております」


 話の入口だけで、なんだかロクなことにならなそうだという予感がする。もうすでに揉めてこじれているものを、どうすれば丸く収めることができるというのだろうか? 祐奈はこの町のしきたりも知らないのだ。


「――朗読係というのは、儀式で聖書を音読したりするのでしょうか?」


「さようです」


「重要視される条件はなんでしょう? 信心深さ? それとも声が通るとか、そういったことですか?」


「朗読係は、敬虔な信者の中から、司教が選定する――大聖堂規約に定められているのは、この一文のみです。元々は寄付が多い名家から司教が選んでいたのですが、ある時からちょっと様子が変わってきまして」


 ロッドが言い淀み、眉根を寄せて視線を俯けてしまった。彼は何かを恥じているのかもしれないし、あるいは心を痛めているのかもしれなかった。


 彼が少し時間を置いてから続ける。


「ここ最近、朗読係は女性からしか選ばれておりません。それも若い未婚の女性です。――いつの日からか、見目麗しい女性から朗読係を選定するようになり、そこから全てが変わってしまった。全てが娯楽めいた見世物になってしまったのです」


 いわゆる『ミスコン』のようになってしまったのだろうかと祐奈は推察した。


 本来は朗読係を決めたあと、何をしてもらうか、その活動が重要だったはず。しかし選定そのものが目玉になってしまったらしい。


「任期はどのくらいですか?」


「三年です」


 長いといえば長いし、短いといえば短い。これが十年とかになると、同世代で落選した女性は、次の選定で選ばれる可能性はほぼゼロになるだろう。しかし三年ならば、今回落ちても次で選ばれる可能性はある。だからまだマシな気はした。


「若い女性から選ぶという慣例は変えられないのですか? また元のように、寄付の多い名家から選ぶようにするとか……」


「しかしこの選定行事を信者も楽しみにしているので、方針転換が難しいのです。大昔は選考の詳細は公表せず、司教が朗読係を決め、決定後に周知するという流れでした。――しかし今では、候補が決まった段階から、大々的に公示し、お祭り騒ぎが始まります。期間中、候補者たちは、外部に対してアピールする機会を与えられる。綺麗な衣を纏って、歌ってみせたり、歩く姿の美しさを披露してみたりと、なんともおかしなことになってしまった」


「最終的な決定はどのように行うのですか?」


「規約通り司教が決定しますが、その際は、巷の評判も考慮します。人気が高いほうが選ばれることが多いですね」


「アンケートを取ったりするのですか?」


「さすがにそれをしてしまうと、アンケート結果を知らせろとか、あれこれ要求するやからが出てきて面倒事が増えますから、そこまではしていません。ただ評判を口コミで調べたりする程度ですね」


「けれど評判を参考にしていることは、皆が知っているのですね」


「そうですね」


「では聴衆は自分が推している候補が選ばれることを、どうしても期待してしまいますよね?」


「そのとおりです。応援していた女性が選ばれないと、過激な行動に出る者もおりますし、選定時期になると治安が悪くなるといいますか、年々空気がピリついてきている気がします」


「傾向としては、より美しく、魅力的な女性が有利ですか?」


「それがそうとも言い切れず……」


「なぜですか?」


「やはり家柄の問題もあるので。――政治力が強ければ、それで押しとおせる場合もあります」


「そうなってくると、ちょっとややこしいですね……」


「そうなんです。純粋に人気投票だったらまだマシだったかもしれません。『圧力が有効に機能する』となれば、参加者たちの争いもより過激になっていきます。朗読係に選ばれることは大変な名誉となっており、その後のご本人の縁談にもかなり影響が出るのです。ワンランク上の家格と縁組できたりする。――そうなると暗黙の了解で、生まれがあまりに貧しい者は候補者になることすらできません。貧困層は貧困層と婚姻を結びますから、どのみち身分差を越えられないので、朗読係に選ばれても意味がないので。ただ――名家出身だとしても、見た目に難がある場合は、それはそれで立候補することができません。嫌な話になりますが、そういったご令嬢がステージで歌ったり飛び跳ねたりしても、観客は喜びませんから」


 シビアすぎる……。それでも見た目が地味であるが、本人の性格がポジティブだった場合、『立候補したい』という女性は一定数出てくるのではないだろうか。


 その場合は方々から圧力がかかって、立候補させないようにするのだろうか。それってなんだか居たたまれないと祐奈は思った。


 希望に胸を膨らませ、『次の朗読係になるわ! 頑張るわ!』と意気込んでいたら、親戚などが集まってきて小部屋に呼び出され、『朗読係になりたいそうだが、お前は駄目だ』とか叱られたりするのだろうか……。想像するだけで泣けてくる。


「あの……今回は特に揉めているのですか?」


「近年にないくらい揉めています」


「町での人気が二分しているということでしょうか」


「今回は観客が殺気立っているというよりも、二人の候補者が常に角突(つのつ)き合わせているので、聖堂の修道士たちは気の休まる暇もありません」


「仲が悪いのは分かりましたが、候補者二名はそんなに頻繁に聖堂を訪れるのですか?」


「訪れるのではなく、ずっといるのです。――選定期間中、候補者は聖堂に泊まり込む決まりですので」


「え、どうしてですか?」


「どうしてでしょう……これも慣例なのです。正直、もう帰って欲しいです」


 ロッド氏は悲壮感を漂わせ、肩を落としている。祐奈は気の毒になってしまった。


 ラング准将はずっと聞き手に徹してたのだが、なぜかこの時、こちらを意味ありげに流し見たようだった。ただ眺めただけではなく、なんとなく――含みがありそうな視線。


 こういった視線が祐奈に向けられることは滅多にないので、祐奈はなんだかソワソワしてしまった。緊張を強いられるような独特の圧がかけられている……ような気がするのは、なぜだろう……?


 今はロッドがいるので、ラング准将に理由を尋ねることはできなかったから、その違和感は喉に魚の小骨が刺さったかのようにあとに残った。


「あの、候補のお二人はどんな方々なのでしょう?」


「家柄的にはほぼ同格です。それが事態をややこしくさせています」


「なるほど……。一方が突き抜けて高い地位にあるなら、それで話は終わりそうですものね」


「そうなのです。あの……これから私が言うことは、もしかすると……聖女様は軽蔑なさるかもしれませんが」


「なんでしょうか。気を遣わずにおっしゃってくださって結構ですよ」


 ロッドは思慮深く、真面目な人であったので、祐奈は好感を抱いていた。


 別に、他に類を見ないほど心が清らかである必要はない。誰かに感銘を与えるほど善良である必要もない。しかし最低限の礼儀だけわきまえていてくれると、相手側からすると助かるものだ。


 『普通』でいい――特別良くなくても、普通の状態を保ってくれる常識さえ持っていてくれれば、それでもうありがたい。当たり前のようでいて、意外とそれがちゃんとできない人が多いから。


「問題を正しく把握していただくために、申し上げます。これは私の意見というよりも、ベイヴィア大聖堂の修道士たちの多くが言っていることなのです」


 前置きが妙に長いから、ロッドはかなり過激なことを告げるつもりなのかもしれなかった。そして事実、そのとおりだった。


「二名の候補者は、それぞれ陰でこう言われています――『顔はいまいちだが、とびきり賢い娘』と、『顔は美しいが、とびきり馬鹿な娘』と」


 なるほど、大変良く理解できました……そう思いながらも、面倒事の本質がさらけ出され、祐奈は一気にげんなりし、虚ろな瞳になってしまった。


 ロッドが続ける。


「今回聖女様にお願いしたいのは、朗読係を決めて、本人たちに結果を納得させることです」


「私が決めてしまうのは、『司教が定める』という規約に違反しませんか?」


「最終的な任命は司教が行います。ですから……今回に関しては、司教の役割は形式的なものになりますね」


 これだとかなりの責任が祐奈にかかってくる。選ばれなかったほうの不満は、実質の選定者である祐奈に向くだろう。――これは本来アリスが解決していくべき問題だった。そして彼女ほどの権力を持ってすれば、比較的容易に解決できたはずの問題でもあった。


「……分かりました」


 希望的観測も持てなかったが、祐奈は覚悟を決めて頷いていた。


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