第85話 ……ラング准将は意地悪?
【前書き】
≪ローダー遺跡・大ホール≫
┌──────────■──┐
│ 緑の石板&銅板A│
│ │
│ ◎←円形ステージ(鳥)│
│ │
┃←赤い扉 ┃←鉄の扉
┃(←国外) ┃(→ローダー市中)
■←赤い石板&銅板A │
│ │
│ │
└─────────────┘
≪国内地図≫
※■:カナンルート
※□:ローダールート
※この縦のラインが国境線
↓
┬────────────────────
カナン
■
│
ローダー ベイヴィア
□ □ □ ■←交差地点:レップ
│ バノン
│
│ ③ソーヤ ガーナー
│ ■ □
│
│ ②ポッパーウェル リベカ
│ ■ ☆ □
│ 王都:シルヴァース
│
│ ■
│ ①モレット
└────────────────────
【本文】
祐奈は頭の中で状況を整理してみた。
まず、ローダー遺跡西側の壁面――国境を越えられるはずの『赤い扉』は閉ざされている。
石板の上に刻まれた古代文字がヒントになりそうだが、残念ながら現状では解読することはできない。ラング准将は記号のようなあれを暗記しているようなので、あとで解読できる機会が巡ってくるだろうか。
――祐奈は『古語解析』のスキルが必要だと感じていた。
確か以前アリスが言っていなかったか――『あなたはこの世界の言葉を、表面上でしか理解できていない。でも私は違う。言葉の成り立ちを知っているようなもので、それは全ての基礎になる』のだと。
石板の謎を解き明かすためという理由もあるけれど、祐奈は自身の魔力を強めるためには、別のアプローチを試してみることが必要だと考えるようになっていた。
もしも次に立ち寄った拠点で、魔法習得が選べるタイプの聖具に当たったならば、『古語解析』をオーダーしてみてもいいかもしれない。
それからホール中央の円台に突如現れた鳥の精霊――あれも何が何やらよく分からなかった。祝福めいた光を振りまいて、あっさりと消失してしまった。うたかたの夢のように……。
以降なんの気配も読み取れないので、また出てきてくれるとも思えない。そして出て来たとしても、言語を話せるのかどうかも不明である。
そうなると、あれに何かを期待しないほうがいいのかもしれなかった。『ちょっとしたアクシデントで意味はなかった』くらいに軽く捉えておいたほうが、混乱しないで済みそうだ。
そして北側の壁面――謎が多い緑の石板。ラング准将が筋の通った仮説を立ててくれたが、はっきりしたことは分かっていない。触れれば聖女のブレスレットに反応して、元地点のカナン遺跡に戻してくれるかもしれない。
しかしソーヤ大聖堂の女司教ビューラのアドバイスに従うなら、寄り道したほうが良いとのことだったから、石板に触れないほうがいいのか……。
――最後に残されたのは、東側の壁面にある開口部。外に出るための鉄の扉だ。
あちらに進めば、ローダーの町に出られる。国境を越えることを目指してこれまで前進して来たのに、後退する形だ。
けれど……
「――鉄の扉を開けて、陸路で戻りましょう」
あえて祐奈から告げた。ここで彼に決定させてはいけないと感じたためだ。
いざとなった時、ラング准将は全力で祐奈を護ってくれる。彼の肩に乗っているものはとてつもなく重い。
ここでルート選択をさせてしまうと、万が一それが『凶』と出た場合、彼は自分を責めることになるだろう。そんな思いをさせてはいけない。
彼がトップに立つ部隊のことならば、それも職務の範囲内なのだろうけれど、この旅ではあくまでも祐奈が責任者だ。だから選択の失敗は祐奈が負うべきだった。
「賛成です」
ラング准将が力付けるように頷いてくれる。祐奈はヴェールの下で小さく笑みを浮かべていた。
……この笑みは彼からは見えない。見られていたら、伝わってしまったかもしれない。やっぱり好きだなというこちらの想いが。
祐奈は胸の苦しさを自覚しながら、視線を彷徨わせ、口を開く。
「子供の頃にした、他愛ない遊びを思い出しました。――白線の上をただひたすら歩くんです。そこから決して外れないように。自分の中でルールを決めるの。白線以外の場所は危険で、足を踏み外すと真っ逆さまに落ちて死んでしまう、と」
「ずいぶん窮屈な遊びですね」
「そうですね。でも……今の状況って、なんだかそれに似ているなと思ったんです。私たちには、無限に選択肢が与えられているわけではない。誰かが決めた勝手なルールに、がんじがらめに縛られている」
「確かに、とても理不尽だ」
「……ラング准将は、この状況に怒りを覚えませんか?」
彼にはもっと素晴らしい未来が待っていたはずだ。けれど祐奈と一緒のチームになったばかりに、こんなところで苦労させられている。
そもそも彼のように素晴らしい人が、聖女隊の護衛をすべきではなかった。
――彼に『白線の上を歩け』と強要した大馬鹿者はどこにいるの? 出て来て、自分でしてみたらいい。あまりに勝手がすぎる。
「考えようによっては、私たちは自由ですよ」
「そうでしょうか?」
「誰であっても、我々の心を縛ることはできない」
彼が真っ直ぐにこちらを見つめてきた。瞳の色は深く、泰然としていて、祐奈は彼と相対していると、海の果てを眺めているような心地になった。
「どん詰まりのように見えますが、悪いことばかりじゃない。――私の隣には、あなたがいる」
「……それは良いこと?」
「この上なく」
曇りのない、綺麗な笑みだった。祐奈はしばし言葉を忘れ、彼の顔を見上げていた。
***
「ローダーからカナンへ戻るには、どんな道筋になるのでしょう?」
祐奈は地理に疎い。旅をしながら少し勉強したものの、学んだことは、カナンルートの周辺に限られている。ローダー近辺はチンプンカンプンだった。
「アリスが辿って来たローダールートを逆に辿って行く形ですね。――なぜそうするかというと、カナンに戻ったあと、我々は赤い扉を突破しなくてはなりません。しかしそれには材料が足りない。ローダールートの拠点でヒントを探すしかない」
「ローダールートのほうが、本来、聖女が辿るべき正規のルートですものね」
「スタート地点まで戻っている時間的余裕はさすがにないので、途中まで。――『バノン』、『ベイヴィア』を経由して、『カナン』に戻ります。それらは交差地点だった『レップ大聖堂』以降、アリスが通過したはずのルートです」
「レップ大聖堂までは戻らないのですね」
あの拠点はヴェールの聖女に対して非協力的だった。良い思い出がないし、あまり戻りたい場所でもなかったから、寄らないで済むならそうしたい。
しかし立ち寄りが必要なことなら、我慢しなくてはならないだろう。
「レップ大聖堂で取りこぼした魔法が気になっているので、状況により判断しましょう。そこで何を習得するはずだったのか……」
確かにそうだった。祐奈は改めて考えを巡らせる。
今のこの状況は……好転している? それともさらにどん詰まりに向かっているのだろうか? 渦中にあるとよく分からなかった。
しかしカナン遺跡で、あのまま赤い扉をくぐって進んでいたら、破滅しか待っていなかったはずだから、プラスに捉えてみてもいいかもしれない。
――遠回りが吉――それを何度か頭の中で繰り返してみる。そうすると幸運が引き寄せられてくるような、暗雲が晴れていくような心地になるのだった。
「リスキンドさんとカルメリータさんは、とても心配しているでしょうね」
突然消失したので訳が分かっていないだろう。混乱して探し回っていなければ良いのだが……。
「リスキンドはああ見えて優秀なので、冷静に判断を下すはずです」
ラング准将はなんだかんだいって、リスキンドのことをとても買っている。彼の口調からは部下への信頼が強く伝わって来た。
この傑物からこう評されているリスキンドは、実はかなりの大物だよなぁと祐奈は羨ましく感じた。普段ふざけているのも、なんというか、『能ある鷹は爪を隠す』という感じがするではないか。
彼がさらに詳しく説明してくれた。
「不測の事態ではぐれた場合は、直前まで一緒にいた拠点でじっと待つというのを、リスキンドと取り決めています。だから我々を探して赤い扉を開けたりはしないはずなので、それを心配するのはやめましょう。――あれこれ気を回すよりも、目標を定めて行動して行ったほうがいい。ローダー遺跡を出たら、速達でカナンの宿に手紙を出しておきましょう。それで問題はない」
やはりラング准将の判断は的確で、無駄がない。
「ええと……立ち寄る拠点は『バノン』と『ベイヴィア』……でしたっけ」
「そうです」
長い道程になるので、もちろんそのあいだに町をいくつも抜けて行くことになるが、聖女のお勤めとしての拠点がその二都市ということになるのだろう。聖具があるか――もしくはそれに準ずる重要都市という意味で。
「分かりました。あの……頑張りますね」
「何をです?」
初めてラング准将の顔に微かな驚きが浮かんだ。
「カルメリータさんがいない旅は初めてです。その……初期にリベカ教会から王都へ護送されたのは抜きにして、ですが」
「そうですね」
「ラング准将に迷惑をかけないようにします」
「迷惑をかけてくれて構いませんよ」
「そういうわけには……」
「私も気をつけなければなりませんね」
「何をですか?」
「あなたに対しての、適切な距離感を心がけます」
う……と祐奈は呻き声を上げそうになった。もしも心がけないとしたら、一体どうなるというのだろう? ふとそう思ったけれど、口にすることはできなかった。なんだか、はしたない気がして。
「ラング准将は、いつも適切だと思います」
「嘘はいけない」
「嘘なんて」
「だけど、あなたは私を警戒しているでしょう?」
「していません!」
びっくりしすぎて声が細くなり、引っくり返ってしまった。ひどい誤解だった。
「――私が肌に触れていると、魔法を使えないのに?」
まさかその件を蒸し返されるとは。想定外の指摘にどぎまぎしてしまう。ラング准将だって、祐奈がどういう状態になるか、分かっているはずなのに……
「それは……だって……」
「だって、なんですか」
瞳は穏やかだし、彼の端正な佇まいは相変わらずではあるのだけれど、これはたぶん……
「ら、ラング准将は……もしかして、ちょっと意地悪ですか?」
からかわれているように感じて、ついそんなことを言ってしまった。そうしたら彼が淡い笑みを浮かべて、
「もしかして、今まで気付いていなかったのですか?」
と尋ね返してきた。
低くて耳に心地よい声。瞳の淡い光。羽目を外しているわけでもないのに、なんだかすごく悪戯で。
彼は罪な人だと思う。祐奈がドキドキして目を回すと分かっていて、こういう態度を取るのだから。
もう息も絶え絶えなので……お願いだから許して欲しい。
どうあっても彼に勝てる気がしないと祐奈は感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます