第59話 ラング准将の反応
ショーの口がよく動き、愛の言葉を垂れ流している。
要約すると、『祐奈のことを悶えるほど愛していて』『もうおかしくなりそうなほどの情熱を持て余しており』『息をするごとに愛が深まっていて胸が張り裂けそう』な上に――『一刻も早く君と触れ合いたいし』『君のほうも俺を近くに感じて欲しい』のだとか。
茫然自失でしばらく絶句していた祐奈であったが、こちらが黙っているとショーが恥知らずな主張をやめようとしないので、意を決してしどろもどろに口を開いた。
「で、でもあなた、私の顔を見たのに……」
「だからこそ、だ! 顔を見た上で言う――愛している! キスしたい! 結婚しよう‼」
――け、結婚!!!!????
三段跳びのホップ、ステップ、ジャンプ的な勢いで、とんでもないところに着地したな。どういうバランス感覚しているんだ。
祐奈は言葉もない。
自分が蛇と結婚式を挙げているさまを想像し、『やはりこんなことはありえない』と思った。祐奈が苦手な蛇を愛せそうにないのだから、ショーだって苦手な祐奈を愛せるようになったはずがない。
彼は腕を斬られただけじゃなくて、あの時に頭も殴られていたのかもしれない。それでショーはどうかしてしまったのだ。
――一方、リスキンドは『結婚』の二文字をショーが持ち出した瞬間、思わず天を仰いでいた。
……どうするよ、これ……血の雨が降るぞ、と頭の片隅で考えている自分がいる。
しかし当事者である祐奈は、脳味噌を吹っ飛ばされたみたいにポンコツと化しているし――(まぁこの超展開を前にしては無理もないが)――ここで事態を収拾させなければいけないのは、自分をおいてほかにないことも分かっていた。
ものすごく嫌だったが、体ごとショーに押し当てて、強制排除を試みることに。
リスキンドのこの強めの制止が効いたのか、近くにいたアリス隊の騎士数名が、ショーの腕を掴んでどこかへ運んでいってくれた。
助かったぜ……もう少しでやつの脳天に全力の回し蹴りを入れて殺してしまうところだった。
ショーのことは、馬鹿だ、馬鹿だと思ってはいたが、まさかあれほどまでとは……お願いだから、あいつを懲罰房とかにぶち込んで、一生外に出さないでくれ。
リスキンドは切にそれだけを願った。
* * *
一連の馬鹿げた騒動を目撃することとなったマクリーンは、しばらくのあいだ開いた口が塞がらなかった。
彼自身は、もうひとりの聖女である祐奈について、容姿をいじるような中傷に加わったことはなかった。
彼は貧しい家の出であり、そのことが原因で、あらゆる場面において差別を受けた経験がある。だからこそ誰かを理不尽に虐げる行為には嫌悪感を抱いていた。
それに『聖女には絶対服従せよ』というのは、護衛騎士として雇われた際に、一番初めに誓約させられた内容である。職務上一番上にくる優先事項を無視するやつは、社会人として失格だと思う。――嫌ならば護衛騎士になど、ならなければよかったのだ。
そういう主義主張を持っていたので、ヴェールの聖女を中傷する騒動とは距離を取るように心がけていたのだが、アリス隊に所属している以上は、嫌でも祐奈とショーの悶着は耳に入ってくる。
ショーは祐奈の容姿が恐ろしく醜いと口汚く罵っていたはずだし、あの聖女は『アバズレ』で『どうしようもなく低俗』な『色情狂』であるのだと断じていた。そして『たとえ命を取られようとも、あの女と寝るのはごめんだ』と主張していたはずだが?
一体何がどうなったら『結婚しよう』になるのか。
マクリーンは下世話な興味を引かれたものの、賢くも、それについて発言するのはやめておいた。
今、近くにはエドワード・ラング准将がいる。彼は祐奈の護衛筆頭であり、彼女にもっとも近しい人物になるのだ。
この美しく気高い騎士が、史上もっとも醜く下劣な聖女と旅をしているというのが、どうにも信じられないというか、なんだか現実味がないように感じられる。苦労しているだろうかと、旅の途中でラング准将の身を案じたこともあった。
しかし――ロジャース家のそばで顔を合わせた時にも感じたのだが、彼の顔には暗い影のようなものがない。さすがに清廉な彼であっても、汚泥の中にあれば、その輝きが曇るものではないか、などと考えていたのだが、そんなことはなかった。
これはラング准将の非凡さを表しているのか、はたまた、ヴェールの聖女のほうに秘密があるのか。
そこでふと思ったのだが、評価者に問題がある場合、その人物が下した評価は適切と言えるのか?
――自己愛が強く、怒りに駆られた人間がいたとする。冷静さを欠いているので、当然、視野は狭くなる。そんな状態で果たして正しい判断が下せるのだろうか?
そんな人間がヴェールの聖女を見て、一方的に『クズ』と断じた。しかし彼女は本当にクズなのか?
――他者を評価するには、ショーはあまりにも未熟だったのではないか。マクリーンはそんなことを思った。
しかし何かのきっかけで、ショーは自らのあやまちに気づくこととなった。それが先ほどの馬鹿げた愛の告白に繋がっているのかも。
そうなると、ヴェールの聖女をずっと護り続け、仕え続けてきたラング准将は、今どんな気持ちでいるのだろうか。
ちらりとラング准将を見遣ったマクリーンは、驚きの光景を目の当たりにすることとなった。
ラング准将が虚を衝かれ、息を呑んでいたのだ。……こんなふうに無防備な姿をさらす彼を初めて見た。
初めて見たというのもあるし、完全無欠な超人であっても、こんなふうになることがあるのだと知って、とてつもない驚きを覚えた。
いつだって冷静沈着で、泰然と構えている人だと思っていた。命のやり取りをしている最中でさえ、ラング准将はクレバーだったから。そんな人が、このようなどうでもいいような事態に固まっている。これはどう捉えたものなのか。
ヴェールの聖女のことをどうでもいい、取るに足らない存在だと考えているのなら、こういうリアクションにはならなそうである。好意のない相手の身に何が起ころうが、突き放して眺められるものだろうから。
もしかしてラング准将なりに、祐奈のことを妹のように大切に想っているのか? 可愛がっている妹が男に口説かれているのを目の当たりにすれば、保護者として戸惑いを覚えるものかもしれない。
何しろ情の深い人だ。特に無力な目下の者に対しては、彼はより親身になる傾向がある。……そうなるとショーの告白は、ラング准将にとっては良いことずくめのような気もしてくる。ラング准将は忙しい身であるから、祐奈の面倒を見る役目をショーに代わってもらえるなら、肩の荷が下りるのでは?
なんだかラング准将をねぎらう気持ちが湧いてきて、マクリーンはつい余計なことを口にしていた。
「祐奈様はきっと嬉しいでしょうね。元々ショーのことがタイプだったようですし」
この発言は出しゃばりかもしれないという気もしたのだが、マクリーン自身も動揺していたのだろう。
――ラング准将のアンバーの瞳がこちらに向いた。虹彩の輝きはなんとも神秘的で、吸い込まれそうなほどに綺麗だった。
物思うように謎めいていて、男同士であるのに、対面していると驚きを覚えるほど。それでマクリーンは余計に平静さを失ってしまい、どうでもよい妄言を続けてしまった。
「リベカ教会まで迎えに来たショーに、祐奈様はひと目で恋に落ちたと聞いています。つまり外見がとてもタイプだったのでしょうね。確かにショーは、同年代の女の子に好かれるような甘い顔立ちをしている。ハンサムだけど親近感を覚えるというか。……その後やつに手ひどく傷つけられたわけだけれど、紆余曲折あって、想いが通じ合えたならよかった」
そう……これでよかったのだ。マクリーンは若い男女を遠目に眺め、瞳を細めていた。
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