第56話 お似合いの二人
許可していないのに部屋に乱入してきたオズボーンが、予備動作なく祐奈に飛びかかろうとしたので、リスキンドは度肝を抜かれた。
「――お前、イカレてんのか!」
リスキンドが誰かの奇行に目くじらを立てるのを、祐奈は目を丸くして眺めていた。
そもそも旅の一行でのリスキンドの立ち位置は、やんちゃな末っ子みたいな感じで、保護者枠では決してなかったはず。大抵リスキンドが悪戯をしかけてきて、祐奈がいいようにやられて、最終的にラング准将がたしなめる、というのが一連の流れだった。
ところがラング准将が不在の状況で、平素のリスキンド以上に悪辣なトリックスターが現れた。
一応リスキンドは護衛役なので、祐奈が襲われそうになっていれば、知らん顔もできない。口だけの制止ではなく、体を張って止めなくてはならない立場にある。
リスキンドは慌ててオズボーンの確保に入った。
ふたりが絡みながら視界から消えていったので――(勢いが良すぎて床に転がってしまったようだ)――祐奈はソファから立ち上がり、慌てて声をかけた。
「だ、大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃないよぉ。暴力的でひどい扱いだよぉ」
床に押し倒された形のオズボーンが、半目になりながら覆いかぶさっているリスキンドを見上げている。
「被害者ヅラすんじゃねぇ! てめーのせいで、無駄に肘打っただろうが! 痛ぇ、つーの!」
リスキンドはすっかりおかんむりだ。
いつも飄々としている彼がすっかり腹を立てているのが祐奈にも伝わってきて、リスキンドがこれほど振り回されているのも珍しいかもしれないなと感心してしまった。
「あの……オズボーンさん」
「何かな」
グレーの瞳がこちらを向く。
感情をどこかに捨ててきたかのような無機質な感じがする。オズボーンはふざけていても、気さくに振舞っていても、いつもどこかしら空虚だ。
「こう見えてリスキンドさんは優秀なので、私に飛びかかろうとすると、鉄拳制裁を受けることになりますよ」
「挨拶のちゅーすら邪魔してくるだなんて、無粋な男だよね」
「野性動物みたいな動きで祐奈っちに接近しようとしたくせに、お前に粋かどうかを語られたくはないね」
「分かった、分かった。さっきのは軽いジョークだから、もう悪ふざけはやめるよ。落ち着いて話をしたいから、どいてくれないかなぁ?」
というわけで、仕切り直しとなり――立ち上がって乱れた服を整えたオズボーンが、やれやれというように肩をすくめてみせた。
「てなわけで祐奈。部屋にずっと籠っているのも不健全だから、散歩しない?」
オズボーンが親指で扉のほうを指して誘ってくる。
祐奈はパチリと瞬きして、
「でもあの、部屋にいるように言われているのですが」
「そんなん大丈夫。僕が出ていいよ、って言ったら、それが法律だから。――単細胞リスキンドも、散歩をするのは止めやしないだろう?」
このふてぶてしい態度に、リスキンドが凶悪な顔つきで言い返す。
「このクソガキ、ラング准将が戻ってきたら、お前がした悪事を全部告げ口してやるからな!」
……あら、懐かしい会話。
祐奈は自分が少し前にされた仕打ちが、リスキンドにそのまま返っているような気がして、因果は巡ることもあるのだと考えていた。
* * *
正面から眺めたレップ大聖堂は要塞のように厳めしい佇まいであったのだが、内部に幻想的な空間を抱えていた。回廊がぐるりと緑の庭園を取り囲んでいる。
祐奈にあてがわれた部屋は西翼の三階部分。
部屋を出てすぐは中庭の全景を眺めることはできなかった。アーチ型の窓の外には立派な樫の木が生い茂っていて、それが視界を遮っていたためだ。
右手に階段室があり、
「下に降りよう」
と促される。
オズボーンが先導し、祐奈とリスキンドが並んでついていく。
リスキンドは先ほどの悶着がよほど強烈だったとみえ、祐奈にピッタリとくっついていた。普段はのらりくらりしていて、大抵のことは『たいしたこっちゃない』が口癖の彼にしては、珍しくピリピリしているようだ。
それでふと気づいた――リスキンドがああしてのびのびしていられたのって、近くにラング准将がいたからなんだなぁ、と。
別にそれでリスキンドが職務の手を抜いていたとかじゃなくて、『ラング准将がいるから大丈夫』という安心感があるのとないのでは、大違いということなのだろう。
今のリスキンドは『過保護な兄が、可愛がっている妹に変な虫がつかないか目を光らせている』というような様子だったので、祐奈は申し訳ないと思いつつも、そんな彼の慌てぶりを新鮮に感じて、少し感動してしまったくらいだった。
そんなことを考えながら歩いていて、オズボーンが二階フロアの方角に足を踏み出したのに気づいて、少し戸惑ってしまった。
散歩というから、てっきり中庭に出るのが目的だと思っていたのに。一階まで下りないのか……ということは、館内を案内してくれる気なのかな?
中庭のほうに視線を向け、回廊をのんびりと進む。例の樫の木のそばを通り過ぎたところで、急に視界が開けた。
知らず、足が止まってしまった。
――ラング准将だ。
中庭に彼がいた。こちらに背を向けて佇んでいる。
対面にいるのはアリスだった。
久しぶりに見た彼女はやっぱり素敵で、しっとりしていて、なんともいえない大人の色気があった。おそらく彼女は自分に自信があって、それが振舞いにも滲み出ているのだろう。堂々としている人は、やはり魅力がある。
祐奈みたいにちょっとしたことでオタオタしたりしないのだろうし、男性に口説かれることにも慣れているのだろう。好意を寄せられてもエレガントにあしらえるし、きっとそんなところも粋に映る。
視線も意味ありげだ。――あなたは私に気があるのでしょう? 私のためにあなたは何をしてくれるの? と無言で問うているかのような――どこか甘いのに、一筋縄ではいかない、夜の香りがする。
アリスは楽しそうな笑みを浮かべていた。彼女がラング准将に何か言って、せっかちに足を踏み出した。
何が起きたのか、この位置からではよく分からなかった。アリスの女性らしいしなやかな体がつんのめったように見えた。
転ぶ――と危ぶんだのは、ほんの一瞬。だけどそんなわけもない。だって近くには彼がいるのだから。
ラング准将がアリスの体を抱き留めた。ふたつのシルエットがひとつに溶け合う。――それはとても自然な光景に見えた。しっくりくる。
そういえば……と祐奈はぼんやりと考えていた。――ラング准将はアリスの護衛をしていたのだ。当然そのあいだは、ふたりだけの時間というものがあったはずだ。
もしも自分がアリスの立場だったら、『ふたり目の聖女』についてどう思っただろうか。
ラング准将という素晴らしい男性が護衛をしてくれていたのに、聖女がもうひとりやって来た。そしてその女性は、男好きで、護衛騎士に性的嫌がらせをするような、どうしようもない小娘という評判で。そんな取るに足らない相手に、ラング准将を取られてしまったとしたら。
きっとすごく嫌な気分になるだろう。……どうして? と心の中で繰り返し問うはずだ。
もうひとりの聖女を憎みたくなるかもしれない。簡単に割り切れるものではない。
そうか、私が奪ってしまったのだ……祐奈は不意にその事実を自覚した。
計算してそうしたわけではなかったけれど、あとから割り込んで、結果的にラング准将を彼女から引き離してしまった。
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