第35話 ボードゲームと賢者のカード


 オーディション(?)を勝ち残ったのは、祐奈とリスキンドの二名のみだった。


 カルメリータとラング准将は落選で、『苦手克服の部屋』には入れないとのこと。


 ちなみにビューラがラング准将を毛嫌いしている理由だが、


「昔、あたしを振った男に似ている」


 のだそう。


 理不尽な気もするのだが、『じゃあ仕方ないね』と生温い目で許せてしまえるという、なんとも不思議な感覚。


 普通なら『そんな理由で噛みつくのはいかがなものか』となるのだろうけど、敵意を向けられた相手がラング准将なので、弱い者いじめの構図が成立しない。


 とはいえラング准将本人だけは、『それなら仕方ないですね』とはなっていなかったけれども。


 彼は祐奈の護衛なので「断固入室させてもらう」と主張していたのだが、ビューラのほうが断固拒否の構えだった。


 最終的にリスキンドが一緒に入るということと、連れてきたルークがツンと澄ました紳士顔で『番犬役は俺に任せときな』感を醸し出してきたので、ラング准将も折れることにしたようだ。とにかくルークは毛並みが黒と白でタキシードっぽいので、紳士ぶると本当に紳士っぽく見えてくるのである。


 そんな訳で、祐奈とリスキンドが連れ立って『苦手克服の部屋』に入った。


 それから外に並んでいたあの行列の中から、ビューラがふたりばかり見繕ってきたので、参加者は計四名となった。男性二名、女性二名という組み合わせだ。


 ビューラは「一日限定十名」と言っていたので、通常は一回五名編制なのだろうか。参加人数は多少の増減が可能なのかもしれない。


 ゆったりした円卓を囲み、着席する。


 初めに自己紹介する流れになった。祐奈の左隣に腰かけたリスキンドが口火を切った。


「リスキンドといいます。二十二歳です、よろしく」


 すると祐奈の対面に当たる席の男性が『あ』という顔になった。


「ヤングと、いいます。……お、俺も二十二」


 なんと彼ら、同い年だった。しかしヤング氏、どうにも二十二歳には見えない。祐奈は彼が三十八歳くらいかと思っていた。


 筋骨隆々の大男で、肌は浅黒く、顔立ちがものすごく濃い。眉はキリキリと吊り上がり、対し瞳はかなり垂れているので、両眉と両目のラインが引きで見た時にXみたいになっていた。


 映画で『蛮族の長』をキャスティングするとしたら、この人だな、ていうくらい野性味がすごい。肉とか生で貪りそうな感じだ。


 しかし実際に喋ったら少し訛っていて、朴訥としていて、なんとなく可愛い人だと思った。見た目のイメージは粗野だが、実は小鳥とか肩に乗せちゃう系のファンシー男子なのかもしれない。


「おおそうか! 仲良くしようぜ」


 なんとも馴れ馴れしい態度でリスキンドが握手を求めている。


 彼は女たらしでいい加減なところもあるけれども、こういう所は憎めないなと祐奈は思う。ターゲットの女の子にだけ親切にして、男には冷淡に接するというような裏表がないのだ。なんてこっそり感心していたのに、


「なぁこのあと一緒に飲みに行こうぜ。あんたみたいなタイプがいると、ナンパ成功率がぐっと上がるんだよー。俺が可愛い系だから、連れは正反対のタイプがいいのよ」


 とか最低なことを言い出したので、褒めて損した気分になった。


 円卓の前でホスト役として目を光らせていたビューラが、地の底から響いてくるような低い声を出した。


「――リスキンド、黙りな。摘まみ出すよ」


 注意されたリスキンドは利口な犬のようにピタリと悪さをやめた。怖い人に怒られると、良い子になれるらしい。


 ちなみにリスキンドよりも紳士なワンコのルークは、背筋を伸ばして、絨毯の上で気をつけの姿勢を保っている。可愛いから撫でてあげた。


 次に自己紹介したのは祐奈の隣席に着く女性だった。


「あ、私はアイヴィーです。……に、二十五歳、です」


 おどおどした口調。クリーム系の明るいブロンドで、可愛いらしい丸顔。目鼻立ちは普通に美人系であるのに、口がポカンと緩く開いていて、隙があるタイプだった。前歯二本が大きめで、常に上唇の下から覗いている。なんだかリスのような小動物系というか、愛嬌のある可愛らしい人だなと祐奈は思った。


 声の出し方がボリューム小さめから入る感じとか、ものすごく親近感が湧く。祐奈はアイヴィーのことがすぐに好きになった。


 彼女のほうも横目でチラ、とこちらを見てきた。ヴェールをしていても祐奈の雰囲気にどこか自分と同じ匂いを感じ取ったのかもしれない。アイヴィーが唇の端をぎこちなく持ち上げて、微笑んでくれた。


 祐奈はなんだか嬉しくなってしまい、モジモジして肩を丸めながらペコリと小さくお辞儀を返した。


「あの、私は祐奈です。じ、十九歳です」


 それで結局、緊張して噛んでしまった。でもアイヴィーも先程噛んだし、なんならリスキンド以外は皆オドオドして台詞を噛みがちだったので、失敗しても全然気が楽だった。


 自己紹介が終わって、ほうっと息を吐く。やはり自分が喋る当番だと緊張するなぁと思う。誰かと一対一で話すのは大丈夫なのだけれど、こうして初対面同士、複数いる中でのひとこと目はちょっとキツい。


 とりあえず『自己紹介』という緊張の瞬間が過ぎ去ったので、ひと仕事やり切った気分だった。


 ――仕切り役のビューラが目配せをし、若い女性が大きな木箱を運んでくる。


 ビューラの部下の女性は背がスラリと高く、綺麗な人だった。その女性が慣れた手つきで箱の中身をテーブルの上に取り出した。


 畳んで箱に仕舞われていた『それ』が広げられると、なんと木製のボードゲームだった。ボードには曲がりくねった道が描かれていて、その道は升目で細かく区切られている。


 別途、真鍮製のルーレットも並べられた。かなり年季が入った代物らしく、重厚な艶がある。 


 ルーレットで出た数だけ駒を進め、ゴールを目指すというオーソドックスなテーブルゲームのようだ。止まったマスにより資産が増えたり、減ったり――あるいは何かミッションをこなす必要があるらしい。どこかで見たような遊びだった。


 ……もしかするとこれが聖具なのだろうか? そうだとすると、どんな効果が秘められているのだろう?


 もしも聖具の力が桁外れで、神秘の力を使って都合良く精神を作り変えることが可能であるのなら、祐奈は抵抗を覚える。それはどうあっても受け入れがたい。


 精神作用系は本当に怖い。人間の枠組みを安易に破壊してしまうような感じがするからだ。


 精神書き換えは『AIを埋め込まれた人間』みたいな感じがする。それはもう『苦手を克服した自分』ではない。まったく別の『新しい誰か』だ。


 期間限定、短期的に感覚を錯誤させる、とかなら精神作用系でもまだ許容範囲なのだが、全国から届いた御礼の手紙を見るに、どうもそういった種類のものではないようだったから、実はちょっと心配していたのだ。洗脳に近い危険な何かがあるような気がして。


 しかしボードゲームを見て、少し認識が変わった。


 ふと思ったのは、現実世界で各人を悩ませている問題を、ボードゲーム上で克服させることで、本人の強固な『思い癖』を改めさせようとしているのだろうか? ということだった。


 それならば『セラピー』に近いアプローチなので、祐奈的に抵抗が少ない。


 聖具はあくまでも補助の役割であり、本人の力で『変化』のプロセスを正しく辿っていくからだ。


 しかしそれだと解決できないものもあるだろう。『高所恐怖症』だとかの、実地で克服する必要がある悩みだ。


 逆にいえば、このボード上で『どんな問題ならば克服できる』のか、祐奈には想像もつかなかった。


 ゲームを始めてみれば分かるのだろうか。聖具の魔法効果が加わって、見えている世界が変わる、とか? VRのゴーグルを装着したみたいな感じで、意識が仮想空間に飛ばされるとか?


 なんだかワクワクしてきた。


 いざとなったらリスキンドがいるので、不安はあまりなかった。彼はチャラい人だけれど、生存本能が常人離れしている気がするので、彼がいればなんとかなりそうな気がしていた。


 ラング准将もリスキンドに対する信頼があるからこそ、こうして中身のよく分かっていない怪しい『苦手克服の部屋』に祐奈を送り出したのだろう。


 ――ちなみにラング准将は、今は部屋の外の長椅子で待機しているはずだ。カルメリータは宿に戻っている。


 祐奈は「リスキンドさんがいてくれるから、ラング准将も戻ってしまって大丈夫ですよ」と言ってみたのだが、そこはきっぱりと拒否されてしまった。


 ラング准将はこういう時、妙に過保護だなぁと思う。祐奈を三つくらいの子供だと思っているのかもしれず、自分ってちょっと頼りないのかなとたまに複雑な気分になるくらいだ。


 手早くボードゲームのセッティングを済ませた綺麗なお姉さん(ビューラが「ジェシカ」と呼びかけていた)が、箱の中から追加で不可思議なものを取り出した。


 それは動物の耳を模した装飾品だった。カチューシャのような土台に、モコモコした動物耳の飾りがくっついている。それを円卓の周囲を回りながら各々に配っていく。


「アイヴィーさんには、猫耳です」


 猫耳を差し出されたアイヴィーはびくびくした態度で受け取り、背中を丸めながらギョロ目でジェシカの様子を窺っていた。


 怯える野生動物のような様子であったが、ジェシカは特に頓着することもなく、ふわりと微笑んでみせ、


「頭に着けてくださいね」


 と告げて、次はヤング青年の元へと向かった。


「ヤングさんは、フクロウ耳です」


 カチューシャに鳥の羽がツンツンと二か所立っている。


 それを眺めた祐奈は「でもあれ耳じゃないような?」と考えていた。フクロウの目の上の耳っぽいやつ、あれってただの羽なんじゃなかったっけ。


 ヤング青年は受け取る際にオドオドして、口を開いたり閉じたりしていた。頬が真っ赤に染まっていたので、美しいジェシカに話しかけられて緊張しているのかもしれなかった。


「リスキンドさんは狼です」


 耳飾りを手渡されたリスキンドは、にっこりと微笑んでジェシカを見つめた。


「ところでジェシカちゃん。仕事、何時終わり?」


 ジェシカは満更でもなさそうな流し目をくれて、あえて返事はせずに、悪戯な笑みだけを残してこちらにやって来た。


「祐奈さんはウサギさん」


 渡されたカチューシャには灰色のウサギ耳がついていた。


「ありがとうございます」


 こ、これを着けるのか。まったく嬉しくはなかったが、条件反射でお礼を口にしてしまう。するとこんなことで「ありがとうございます」と言われるとは思っていなかったらしく、ジェシカが素で驚いた顔をしてこちらを見つめてきた。


 祐奈は失敗を悟って恥ずかしくなった。ああん、失敗したぁ、「ありがとう」って変だよね。ノリノリで着けたがっていると思われたかな。


「耳を着けてください、皆さん」


 司教のビューラがキビキビした口調で促す。ビューラは椅子には座らず円卓のそばに立って、ディーラーのように振舞っている。


 リスキンドは基本恥知らずな人間なので装着を躊躇わなかったし、ヤング青年とアイヴィーは大人しくて他人に逆らうメンタリティを持っていないので、これまたすぐに装着した。


 困惑しているのは祐奈ひとりだった。というのも、すでにティアラつきのヴェールを着けているので、ウサギ耳が上手く乗っからなかったのだ。不器用な手つきで四苦八苦している祐奈を見かねて、ビューラが同情的な眼差しを向けてきた。


「……祐奈さん。あなたはいいわ。ワンコにでも着けてやって」


 言われるまま、傍らでお座りしているルークの頭に載せてみた。嫌がるかと思ったら、意外とノリノリで黒っ鼻を持ち上げて『いいぜ』な構えだった。大きいかと思いきや、意外にそうでもない。


 耳on耳……シュールだ。


 祐奈は色々推理を巡らせすぎていて、『実はボードゲームのほうはフェイクで、この耳のどれかが聖具?』とか疑っていたら、段々訳が分からなくなってきた。


 ビューラがパンと手を叩いて、「さぁ、ゲームを始めましょう!」と宣言した。


「――ルーレットを回して。ヤングさんから」


 ルーレットはカジノにあるような、玉を転がして数字のポケットに入れるタイプのものではなく、中央のダイヤルを回し、回転が止まった時に矢印が指し示した数字分進むというスタイルだった。大・小二枚の円盤が組み合わさり、上の小さいほうが回る仕組みだ。


 真鍮製の小盤は鈍く光りを放ち、それがクルクル回る様は幻想的で洒落ていた。祐奈は回る盤を眺めているうちに、光の筋が尾を引いているように感じられて、ぼうっと見入ってしまった。


 まるで夢の世界に迷い込んでしまったかのような、奇妙な酩酊感を覚える。


「ヤングさん、駒を四マス進めて。資産が一割増えました。――はい次はアイヴィーさんの番」


 というように滞りなくビューラが進めていく。


 ゲーム自体は楽しかった。想定していたVRなどとは違って、ごく普通のボードゲームだ。


 いかつい容貌のヤング青年が、領主の馬を百頭脱走させるという奇跡的なへまをやらかし、ものすごい額の借金を抱えてしまった時は、皆ちょっと笑ってしまった。本人がへどもどして、「え」とか「うわ」とか呻くので、余計に可笑しみを誘われる。見た目だけなら馬百頭くらい腕力だけでなぎ倒せそうなので、余計にだ。


 ボード上を眺めていた祐奈は、途中に奇妙な網掛けマスが存在することに気づいた。


 そこには大仰な飾り文字で『賢者のカードを引く』と指示が書かれていた。


 まだそこには誰も止まっていないので、謎のマスだった。


 一体何が起こるのだろう……祐奈はドキドキしてきた。


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