5.苦手克服の部屋

第33話 甘々しりとりの巻


 正午をすぎて、次の拠点である大都市『ソーヤ』に辿り着いた。


 大聖堂を訪ねる前に、町の食堂で昼を済ませることにする。一階東端の個室が空いていたので、そこを借りる算段をラング准将がつけてくれた。


 ちなみにポッパーウェルで気ままな野良生活を満喫していた『ワンコロコロスケ』改め『ルーク』は、『俺もいい加減フラフラしてもいられねぇ年だな』と考えたかどうかは定かではないのだが、割とノリノリで馬車に同乗してきて、今に至る。


 そうなると困るのが『昼の食事時にルークをどうするか問題』であった。


 祐奈的に『食堂に犬帯同はだめでしょう。盲導犬でもないのだし』と思うのだが、この世界は食品衛生的な観念が緩いのか、「あ、ワンちゃんもどうぞー」みたいな感じの店が多い。ちょっと適当すぎないだろうか、とは思う。


 それはもしかするとラング准将を始めとして一行の身なりが良く、またルークがここぞとばかりなキリリ男前ふう顔(※元がペチャ顔なので頑張ってもシュッとはならない)をサービスするもので、まぁ入れても大丈夫そうだな、との印象を与えるのかもしれなかった。


 それにルークはとても利口な犬で、悪戯や粗相もしないので、お店に迷惑をかけることもなかったのだ。


 とはいえさすがに個室が取れない時は、相手が「どうぞ」と言ってくれていても、遠慮して外の木陰でルークは休ませてもらうようにしていた。隣席の人が犬嫌いだと申し訳ないからだ。


 今回のお店も「あ、ワンちゃんもどうぞー」と緩い感じで許可が下りたので、個室もあることだし、一緒に入れさせてもらうことになった。


 ルークには肉を無味で煮たものを出してくれるそうで、言葉は分かっていないはずなのだが、本人(本犬?)はなんだか妙にはしゃいでいるというか、先ほどから『いつ肉が来るんだ』とソワついているようだった。ウェイトレスが入ってくるたびに、びくぅ! となって機敏に顔を上げるので、お店の人もしまいには苦笑を浮かべていた。


 ――とそんなことより、何を頼むか、である。


 こちらのお店の一番人気はバンズに魚のフライを挟んだものらしい。元の世界でいうところのフィッシュバーガー的なやつだ。


 これならヴェールを着けていても食べられそうだったので、衝立を借りるのはやめて、皆で食卓を囲うことになった。


 メニューの飲み物欄に目をやると、ソフトドリンクばかりがズラリと並んでいる。フルーツ系が八種に、お茶系が七種、野菜ジュース、ソーダ系、とにかくものすごい品数だ。


 祐奈はテンションが上がってしまい、あれこれ悩んでしまったのだが、結局ミックスフルーツジュースを頼むことにした。


 祐奈たち一行は、日中は職務中というのもあって酒を飲む人がいないから問題はないけれど、『バーガー類のお供には絶対にアルコール』みたいな人も世の中には一定数存在するだろう。これだけソフトドリンクが充実していても、酒類がないことでがっかりする客もいるかもしれないなぁと祐奈は考えていた。


 料理が来るまで時間を潰そうとなって、


「ねぇ祐奈っち。手軽に楽しめる遊び、元の世界で何かなかった?」


 とリスキンドが尋ねてきた。


 祐奈はイケてるゲームのたぐいはまるで知らなかったので、頭を捻って絞り出した答えが、


「『しりとり』というのがありました」


 という少々残念なものだった。


 しりとりが異世界標準――大人も子供も楽しめる国民的ゲーム、みたいな誤解をされたらえらいことである。しかしお子ちゃま祐奈に提供できるのは、この辺りのラインが精一杯だったのだ。


「それってどんな?」


「順番に単語を言っていく遊びなのですが、ルールがあって。前の人が口にした言葉の最後の文字――つまり『お尻』の部分ですね――それを一字取って、その文字から始まる単語を考えるんです。たとえば、リンゴ――ゴリラ――ラッパ――みたいな要領で」


「勝ち負けってどう決まるの?」


「最後に『ん』がついてしまったら負けです。ゴリラ――ラッパ――パン――最後『ん』がついちゃったので、その人は失格になります。あとはそうですね、前に出たのと同じ単語を言っても失格です」


「ふぅん、アレンジしたら面白くなりそう。ちょっとやってみようよ」


 リスキンドが何か悪いことを思いついた顔になった。


 皆この時少しだけ嫌な予感を覚えたのだが、こういう時のリスキンドは悪戯妖精そのもので、ぬかりなく巧みに悪事を押し進めてしまうので、周囲は止めようがない。


「単語じゃつまらないから、文章にしよう。――こんなのはどう? しりとり形式で、次の人の『良い所』を挙げていくんだ。互いの親交を深める目的で」


 聞いていた祐奈は警戒を解き、リスキンド発案にしては素敵なゲームであると考えを改めた。それで珍しく前のめりになり頷いていた。


「なんだか楽しそうですね!」


 祐奈が乗ってくれば、リスキンドの思う壺である。


 ふふん、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』なのだよ。リスキンドは少々失礼なことを考えていた。祐奈(馬)を射ることに成功したので、これでラング准将は落としたも同然。


 案の定ラング准将は祐奈がやる気になっているので大人な対応を見せ、一緒に参加してくれることになった。


 ちなみに今日の席順は、奥に祐奈、隣にカルメリータ、祐奈の対面がラング准将、その隣がリスキンドといった具合であった。


「じゃあ時計回りで進む感じね。俺スタート→次ラング准将→祐奈ちゃん→カルメリータ→俺に戻る、ていう順番。皆さんいいですかぁ、次の人の良い所を挙げるんですよ!」


「はーい」


 祐奈が子供のように無邪気に返事をする。


 カルメリータはいつもどおりのニコニコ顔。


 ラング准将は呆れたような視線をリスキンドに向けていた。


 しかしリスキンドの心臓は鋼鉄でできているので、ちょっとやそっと冷たい目で見られたくらいじゃ、まったくヘコたれたりはしないのである。


「じゃあ俺から。そうねぇ、ラング准将の良い所はぁ、『格好良い』! はい、ラング准将は『い』始まりで、祐奈っちの良い所、言ったげて」


 ここに至り、祐奈はリスキンドが仕かけた巧妙な罠にやっと気づいた。


 わ、どうしよう、と血の気が引いてくる。――やだこれ、『接待強要』みたいな構図になっていない?


 聖女という強い立場を利用して、護衛役の端正な騎士様相手に「ほらほら、しりとり遊びだよぉ、私の素敵な所、言ってごらんなさいよぉ」みたいな。ひぃ、怖すぎる!


「あ、あの、やっぱりやめませんか、このゲーム」


「却下」


 リスキンドの返答はにべもなかった。


 ……くぅ‼ 祐奈が悔しさにドレスの布地を握り締めると、ラング准将が穏やかな声で告げた。


「――『いつも可愛い』」


 え? 今のは空耳でしょうか。祐奈が茫然として正面を見遣ると、ラング准将がしっかりとこちらを見つめていた。


 ちゃんと上品なのに、どこか悪戯な表情を浮かべていて、なんだか妙にセクシーだと思った。なんていうか、高級なお酒みたいな。


 祐奈は未成年なのでこれまで飲酒した経験がないのだが、ラング准将は熟成されたワインみたいな豊饒な感じを出してきたなと、ぼんやりと考える。


 喉が焼けるみたいにかぁっと熱くなってきて、一瞬意識が飛びかけたほどだ。


 するとそれに気づいたらしいリスキンドが、斜め向かいから「おーい、戻って来い! 祐奈っち!」と声をかけ、祐奈に正気を取り戻させた。


「それからラング准将、女子をトキメかせて一撃で殺そうとするのやめてください」


「馬鹿馬鹿しい」


「え、天然なんですか? 自覚ないんですか、もしかして。何それ、怖いんですけど」


 ほんとだよ、と珍しくリスキンドにおおむね同意な祐奈。


 ラング准将の殺し文句って、文字通り殺しにかかってきてるよね。表情と声でもって、相乗効果で台詞に何倍もの破壊力を生み出す。すごいスキルだな。


 ラング准将の魅力をひと振りしますと、普通の台詞があら不思議――別次元にレベルアップ、みたいな。このエッセンス的なやつをスパイスにして『妙薬』として売り出すことができたなら、異常なほどバカ売れしそうだ。地球で言うところの『カレー粉』を超える、世紀の大発明になる可能性があるよ。


 なんだか遠い目になる祐奈。


 リスキンドはリスキンドで、女殺しのラング准将のやり口にすっかり恐れをなしたようである。


「じゃあもういいや――次、祐奈っち。ラング准将から『いつも可愛い』のお言葉をいただきましたので、『い』始まりで、カルメリータの良い所を」


 祐奈は少し息苦しくなっていたのだが、慌てて意識を切り替えることにした。


 げ、ゲームに集中するのだ。ここで取り乱したら、リスキンドの思う壺になる。


「えっと、『いつも笑顔が素敵』」


 左隣のカルメリータのほうに体を向け、心を込めて語りかける。


 カルメリータは丸い瞳をさらに丸くして、キラキラした笑顔を返してくれた。


「嬉しいです、祐奈様! とっても感激です!」


 喜んでくれたー。よかったー。祐奈は顔がふやけて「えへへ」と笑ってしまった。


 カルメリータのほうに意識が移ったので、祐奈は少し落ち着くことができた。


「素敵の『き』始まりで、カルメリータ、俺の素敵な所をどうぞ~」


 リスキンドはなんというか、七五三の晴れ舞台を迎えたワンパク坊主みたいな顔をしていた。彼は自分に自信があるので、『ほれほれ言ってごらん』的な心境なのだろう。女性に嫌悪を抱かれるわけがないと、はなから信じ込んでいる。


 カルメリータは確か三十七歳だったから、二十二歳のリスキンドとはかなり年齢が離れている。そのせいかふたりは変に意識をすることもなく、互いに上手くやっているようだった。にこやかなカルメリータと基本陽気なリスキンドは、グルメなどの共通点もあるので、祐奈的には『仲良しなふたり』というイメージがあった。


 カルメリータはリスキンドのことをなんて褒めるのかなぁ。祐奈は何気に興味を引かれた。


 カルメリータは彼女独特のポジティブな笑顔を浮かべてこう言った。


「――キャッツ!」


「え?」


 おそらくその場にいたカルメリータ以外の全員が「え?」と呟いたと思う。


 耳がおかしくなったのかな、と祐奈は思った。こちらの言語は転移後理解できるようになっていたのだが、それでも流行りすたりの言葉――たとえばご当地一発ギャグ的なものがあるとするなら、そういったものは把握できていない可能性がある。


 あるのかな? 「キャッツ!」ていうギャグが。猫を見つけたら、両手の人差し指で差してそう叫ぶ、みたいな。それが転じて、猫的な悪戯ボーイに向けて「キャッツ!」て叫ぶとウケる、みたいな? あなた猫みたいに気まぐれで可愛いわねぇ~、みたいなこと?


 チラとリスキンドの様子を窺うと、口をポカンと開けてカルメリータを凝視している。


 あれ? この感じだと、流行りのギャグってわけではないのかな? 彼、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。


「あ、あのー、カルメリータさん? 俺の良い所を挙げてほしいのですが?」


「――キャッツ!」


 なんということでしょう。カルメリータが勢いでゴリ押しして、乗り切ろうとしている。


 いつもどおりの満面の笑みなのだが、なぜかそこはかとない闇を感じてしまい、リスキンドがゴクリと唾を飲む。


 気まずい沈黙が流れた。今この面子の中でニコニコしているのは、カルメリータただひとりである。


「つ――つ、ね」


 リスキンドは追及を諦め、ラング准将のほうに顔を向けた。心なしか、少し元気がなくなっていた。


「――『強い』」


 パスが回ってきたラング准将は、粛々とゲームをこなす。ふたたび祐奈の方を向き、


「――『いつ見ても和む』」


 あ、もうなんか普通に言ってきましたよ。天気の話みたいに言ってきましたよ。


 祐奈は撃沈した。


 テーブルに突っ伏し、肘のあたりに額を押しつけながら、自分はもうだめだと考えていた。


 ラング准将がこちらを殺しにかかっている。もうこんな責め苦には耐えられそうにない。


 祐奈はすっかり弱気になっていた。一方のリスキンドは恐れおののいていた。


「凄腕のハンターかよ……もう仕留めにかかっているだろ」


 祐奈が回復するまで長い時間がかかった。やがて起き上がった祐奈は、熱病に侵されたかのように頭がフラフラしていて危険な状態にあった。


 それでもゲームをやり遂げようという強い意志で、カルメリータに告げた。


「む――『無理せず自然体』」


 カルメリータがニコニコ顔で頷く。なんだかとても嬉しそうだ。頬が紅潮しているので、嘘偽りなく心の底から喜んでいるのが皆にも伝わった。


「い、ですね――じゃあ『いっちょ前』で」


 笑顔のままカルメリータがバトンを渡すのだが、リスキンドの顔色は優れない。……え、何? 俺、もしかしてカルメリータに嫌われてるの? 


 こうなるともう、魚の小骨が喉に刺さったような心地である。助けを求めるようにチラリとラング准将を見れば、腕組みをして興味深そうにカルメリータを眺めているではないか。――なんなのラング准将、楽しんでない? 酷くない?


「え――え、ね――『ええ? そんなふうにされたら、好きになっちゃう』」


 リスキンドはやけっぱちになって言い放った。もう自分でも何を言っているのか分からない。正直もうこのゲームをやめたくなっていた。


 しかしラング准将はやめる気がないらしく、スマートにそれを受け継いで、祐奈に向かって告げる。


「――『うちに連れて帰りたい』」


 告げられた祐奈はふたたびノックダウン。今度こそどうあっても起き上がれそうになかった。


 この時リスキンドは心の中で叫んでいた――それもう相手の好きなとこじゃねぇだろー‼


「……隊長、祐奈さんがもう限界だそうです」


 リスキンドが祐奈に代わって白旗を上げ、ゲームオーバーとなった。


 そして以降、この危険極まりない遊びは封印されることになったのだとか。


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