第28話 女の子にモテませんよ!
宿に戻り、ほっと息をつく。
ちなみにリスキンドは女の子に対してだけマメなのかと思っていたら、実は大の犬好きだったらしく、あのワンコの薄汚れた体を綺麗に洗い清めてやり、肉を与えて甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「名前つける権利をあげるよ」
リスキンドが気前良くそう言ってきたので、祐奈は重大任務を任されたことで大変誇らしい気持ちになり、拳を握りながら一生懸命に考えてみた。
そして。
「――ええと、じゃあ『ワンコロコロスケ』はどうでしょう」
満を持して口にしてみたところ、それを聞いて半目になったリスキンドから、
「却下」
と音速で全否定されてしまった。
え……さすがに酷くないでしょうか。名前つける権利をあげる、って言ったのに。祐奈は納得がいかない。
実は彼女、致命的にネーミングセンスがないくせに、本人にその自覚がまるでないというとても残念な人だった。
いつもは必要以上に謙虚であるのに、『ワンコロコロスケ』と言った時は、ちょっと顔にドヤ感まで出てしまっていたくらいだ。ヴェールのおかげで表情が誰にも見えていないから、祐奈にとっては幸いである。
とにかく祐奈本人はあくまでも大真面目であり、先の名前は『親しみやすくて、可愛くて、キャッチーで最高だよね』と信じていたのだ。
しかしリスキンドからの評価は低い。いつも祐奈を無条件にかばってくれるラング准将でさえ、このネーミングセンスにはフォローのしようもないようだった。ラング准将は賢く沈黙を守っている。
リスキンドが道徳の授業でもしているかのように、こんこんと諭してきた。
「あのね祐奈っち――人から『ワンコロコロスケ』とかクソダサイ名前で呼ばれる、こいつの気持ちを考えたことある? それってある意味もう、虐待だからね」
ぼ、ボロクソ言うなぁ……一生懸命考えたのにぃ。
「それじゃあリスキンドさん、ハイセンスな名づけ技を見せてくださいヨ」
祐奈はいっちょ前にむくれてそう言った。
リスキンドはしばらくの間視線を彷徨わせていたのだが、やがて「これがいい」と口元に笑みを浮かべた。
「――ルーク。光を運んで来るって意味がある」
な、なんて良い名前なのかしら! 祐奈は一本取られた心地だったが、どうしてだか意地を張ってしまい、「素敵ですね」とは言ってやらなかった。
祐奈の内心の葛藤を知ってか知らでか、リスキンドが意地悪な顔でラング准将を流し見る。
「ラング准将ー、名前を選んでください。『ルーク』か『ワンコロコロスケ』、どちらがいいか」
ラング准将はくつろいでソファに腰かけていたのだが、リスキンドに嫌な役割を振られて、ついと視線を逸らした。
「……俺を巻き込むな」
「ラング准将、逃げましたね。まぁいい――じゃあカルメリータは?」
「私は祐奈様の案が良いと思いますわ! だって響きが楽しいですもの」
カルメリータはおべっかのつもりはないらしく、キラキラした眼でそう言い放った。
これになぜかラング准将が『嘘だろ』みたいな目でカルメリータを眺めたので、祐奈はこの仕打ちに地味に傷ついてしまった。
うう、ラング准将……本当は『ルーク』派なんですね。断然『ルーク』派なんだ。
でもいいもん。味方はちゃんといる。
「カルメリータさん!」
もう好き! 祐奈がじぃんと感動していると、
「祐奈様がおっしゃった『コロコロコロスーケワンコロリン』は響きがとーっても可愛いですわ!」
とかトンチンカンなことを言い出したもので、祐奈は唇を噛み、涙を呑むこととなった。
なんなんですか、そのベタベタな前時代のコントみたいなノリ。字数も全然合っていないです。何回『コロ』を繰り返す気ですか。
あと耳コピ無理です。一回聞いたくらいじゃ、今のは覚えられないです。『もう一回言ってみて』とリクエストされたら、カルメリータさんだって絶対再現不可能ですよね。すべてを目分量で作った、偶然の煮込み料理、みたいな。
しかしカルメリータは大真面目で、絶対にボケたりしていないのだ。祐奈はやりきれなかった。
「もう祐奈っち、負けを認めなよー。ルークでいいよね?」
リスキンドが勝ち誇ってそう言うので、
「……いいですヨ」
祐奈は小声で負けを認めるに至った。それでもやっぱりムカムカが治まらなかったので、
「あの、最後にひとつだけ、いいでしょうか」
「うん、どうぞ」
「リスキンドさん――そういう上から目線、女の子にモテませんよ!」
祐奈は大人げない捨て台詞を投げつけた。拳をぎゅっと握って、前のめりになり、キッパリと迷いなく。
そうしたらリスキンドが目を見開き、想像以上にダメージを受けていたようなので、言った直後にすぐ後悔したのだけれども。
***
――ホットチョコレートをカルメリータが作ってくれたので、祐奈はカップを両手で包みながら、例の『不思議な玉』についてリスキンドとラング准将が語り合うのを聞いていた。
「あれって結局、新しい聖具なんですかね」
「なんらかの魔法効果は有していそうだと思ったが」
「からくり機械にしては、あんなの見たことがないですよね」
会話を聞いていた祐奈は、ちょっとした引っかかりを覚えていた。
元いた世界なら、あれは『機械』といわれてもなんら不思議な点はない。けれどこちらにはその概念がないのだろうか?
「あの」祐奈は思い切って意見を言ってみることにした。「私の元いた世界には、音声をそのまま記録して残せる機械がありました。――録音して、あとで再生できるものが」
「そうなの? それって便利だね」リスキンドがへぇと目を丸くしている。「声を残せるのかぁ。好きな子に誕生日のメッセージを吹き込んで送ったりとか――もうちょっとで落とせそうな子に、ロマンチックな口説き文句を吹き込んで送りつけたりとか」
すごい、発想がすべて女性関連。――職業柄、『陰謀を暴くツールとして使える』という方面に思考が行きそうなものだが、そうはならないところが逆に清々しい。
なんというかリスキンドはエネルギッシュだと思う。彼の三大欲求は『女子欲』『ギャル欲』『ナンパ欲』の三分割で占められているんじゃないか――(もう『性欲』とか飛び越えて新ジャンルを独自に作っちゃったんじゃないか)――とまで疑ってしまうレベルだ。
まぁ彼のよこしまな動機は一旦置いておくとして、この世界に『録音機械』が存在する理由を考えてみよう。
「前回聖女が来訪した三十四年前も、私の世界には録音機械が当たり前に存在したので、こちらに来た聖女が機械の構造を技術者に伝えて、作らせた可能性はないでしょうか?」
祐奈の場合は、録音機械の構造を誰かに説明しろと言われたら無理だが、前の聖女も同じように機械音痴だったとは限らない。それに再現を請け負った技術者が優秀であれば、部分的な説明だけであっても、あとは技術者自身のアイディアで補い、完成させることができたかも。
「それならば、あれ一台だけしか録音機械が存在しないのも頷けますね。聖女が個人的に作らせた代物で、量産はしなかった。そしてそれが回り回ってポッパーウェルへ辿り着いた」
ラング准将的はしばし考えを巡らせていたようだが、不意に何かが引っかかったらしい。軽く眉を顰めている。
「――録音装置だと仮定すると、音声を吹き込んだのが下働きの『バッド』だというのはどういう訳だろう?」
「あ」
確かにそうだわ、と祐奈も思った。
あの玉は預言者フリンの手で持ち込まれ、詐欺行為に利用されているようだ。ならば録音は当然、フリン自らが行うはずである。
フリンが個人的にバッドを信頼しているという可能性もゼロではなかったが、少年のあのみすぼらしい風体を見るに、それはないような気もした。
各々の関係性がよく分からない。
うーん、でも……複雑に考えないのが正解で、実情はとてもシンプルなのだろうか?
不思議な玉が集会場に持ち込まれ→下働きのバッド少年が掃除を言いつけられる→触れているうちにそれが録音装置であることに気づいた、というような。
音声が再生されたのは、正午の鐘のあとだった。再生はタイマー式で、正午に自動で行われるとか? 前の玉の持ち主である聖女がそのようにセットしたので、その設定がそのまま継続されている?
バッド少年はからくりの詳細までは分かっていないけれど、語った内容が録音され、自動で正午に発表される仕組みであるということを知った。その内容を大勢の大人たちがありがたがって聞き、右往左往するさまが愉快で、こっそり続けているのでは?
「判断を下すには、材料があまりにも少ない」
「――お任せあれ、ラング准将」
リスキンドが彼独特の人を食ったような笑みを浮かべてみせる。
「俺が明日の朝もう一度集会場に出向いて、調査してきますよ」
「ブロンデル総督に頼んで中に入れてもらうのか?」
「彼を叩き起こすのも気が引けますねぇ」
遠慮なんてしているはずもないのに、そんなふうに小首を傾げるリスキンド。
ラング准将のほうも彼の計画が分かっているようで、どこか悪戯な笑みを口元に乗せている。
「ならばどうする?」
「鍵開けは得意なんですよ。内部を探検したもんで、平面図はここにインプットされていますし」
リスキンドが指でトントンと自身のこめかみを叩いてみせる。
ラング准将は洗練された仕草で紅茶の入ったティーカップを持ちながら、
「本当にお前が付いてきてくれてよかったよ」
と褒め言葉を口にした。それが大袈裟な言い方ではなく、信頼を寄せている感じの落ち着いた声音であったので、本心からの物言いなのだなと祐奈にも分かった。
それで祐奈はリスキンドに対し、さっきは『モテないですよ!』とか最低な暴言吐いてごめんなさいねと心の中で謝っておいた。
何かを察したのか、『ワンコロコロスケ』改め『ルーク』が、可愛い黒っ鼻を持ち上げ、「くぅん」と喉を鳴らした。
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