第24話 ポッパーウェルの怪


 次に立ち寄るのは『ポッパーウェル』という町らしい。


 旅の目的上立ち寄りが必要な、聖具を祭ってある拠点ではないらしいのだが、割と大きな都市であるらしく、数日滞在予定とのことである。


「ポッパーウェルって最近、良い噂を聞かないんですよね」


 食後のお茶を飲みながら、リスキンドがそんなことを言い出した。


 彼は好奇心旺盛なところと、親しみやすい性格と、お喋り好きが高じて、王都にいた時はかなり顔が広かったらしい。様々な噂話に通じていて、そういった方面の強さはラング准将を上回るほどなのだとか。


 ラング准将は指揮官なので当然各都市の裏事情にも通じているのだが、下世話な噂話は事前に弾かれてしまうらしく、知識には少々偏りがあるようだ。


 その点リスキンドが扱う題材は、ワイドショー的なゴシップ・グルメ・ファッションなど流行そのもの。


 だからラング准将とリスキンドは、コンビとしてバランスがちょうど良いのかもしれなかった。


「ポッパーウェルは流通上便利な都市だが」


 ラング准将も含みのある表情を浮かべている。


「住民のアクが強いというか、なんにでも感情的に反応しすぎるきらいはあるようだな」


「あの風通しの良い立地にありながら、排他的ですしね。もうちょっとオープンな気質だったら、近隣都市はもっとずっとやりやすかったはず」


「あそこと睨み合いを続けているのは、西隣の都市『カーディン』か。――リスキンド、何か具体的に動きがあるのか」


「互いの緊張はかつてないほどに高まっていますね。カーディンは西海岸に面した都市ですが、内陸に行こうとした場合にポッパーウェルが邪魔なんですよね。目の上のたんこぶ的な。関係が良好なら互いに物流が活性化して良いのでしょうが、双方意固地になっていますから」


「気になるようなら、避けて通ることも可能だが。内陸寄りの別ルートで北上するか?」


「でもなぁ」リスキンドが少し躊躇ってから続ける。「ラング准将、聞いたことありません? ポッパーウェルの霊能者の話」


「知らないな」


「今、カルト的な人気があるらしいんですよ。不思議なアイテムを使って予言をするとかで」


「新しい聖具を持っている可能性があるのか?」


「ありますね」


 新しい聖具ってなんだろう? 祐奈が不思議に思っていると、ラング准将が説明してくれた。


「精霊アニエルカが自身の身の上について、『千年程前に生まれて、新しい聖具としてモレット大聖堂に迎えられた』と語っていたのを覚えていますか?」


「あ、はい」


 祐奈は頷いてみせた。新しいコレクションみたいな感じで、そんなふうに加えられたりすることもあるのか、と思ったものだ。


「ウトナへの旅の過程で、新しい聖具がどこかで誕生していないかを確認するのも、我々の仕事のひとつなのです。……とはいえ魔法効果を有するようなアイテムはそう簡単に出現したりしませんので、それらしい噂があったとしても、調べてみたら『違った』で終わることも多いようですが」


「ちなみに本当に新しい聖具だったとして、そのまま放っておいたらマズイのでしょうか?」


「魔法取得できるタイプの聖具だと、聖女の腕輪に読み込むことができるので、教会側は管理しておきたいようですね」


「発見した場合はどうするのですか?」


「旅を終えて王都に戻った際に、シルヴァース大聖堂に報告します。詳しい調査、回収は彼らの担当です。この仕事は『今回のため』というより、『次回のため』ですかね」


 聖具だった場合は発見地に近い大聖堂に祭り、次回の拠点に加えるということだろうか。全然関係ないのだけれど、聖具ってなんだかちょっと『御朱印』みたいだなと思った。


「私、ちゃんと調査できるかどうか」


「難しく考えなくても大丈夫ですよ。ざっと見てくる程度の気持ちで」


 そうはいっても、だ――それが聖女の旅の目的のひとつになっているということは、上層部としては『やるからにはちゃんとやってくれ』という考えなのだろう。新しい聖具の発見が重要というのは、なんとなく祐奈にも分かる。


 けれど少し引っかかる部分もあった。別に聖女一行が調査しなくとも、それらしい噂を耳にした時点で、シルヴァース大聖堂の関係者が都度調査に赴けばいいような気もする。なぜそうしないのだろう?


 シルヴァース大聖堂の方々、ちょっと楽しすぎじゃないかしら? フットワークが重すぎのような。


『ついでだから君たち、旅しながら調べておいてよ。それで戻った時に体裁良く報告書にまとめて提出してくれる? あとで時間がある時に目を通しておくからさぁ』みたいな温度感なのだろうか。


 ……正直なところ気が進まなかった。


 祐奈としては『面倒だから嫌』というわけではなくて、調査の精度が保証できないから気鬱なのかもしれない。自分が実物を見た時に、『聖具なのか否か』が判断できるか分からないから。


 これがもっと旅慣れたあと――たとえば数か月後とかならまだ気楽だったのかも。ところが祐奈は最近旅に出たばかりだし、まだ右も左も分かっていない状況だ。それでさらに聖具の調査任務まであるとなると、なんだか気が重くなってしまう。


 人は自分にできると分かっていることなら、それなりに前向きに取り組めるものかもしれないが、やり方が分からないことについては拒否感を覚えがちである。


 聖具かどうかの見分けに失敗し、もしもあとでその失態を咎められたりしたら――『ふたり目の聖女はやはり仕事もできない、使えないクズ』みたいに、後々ずっとしつこく責められても嫌だなと思ってしまった


 悄然と肩を落としたその佇まいから、祐奈が内心憂鬱になっているのを察したらしく、ラング准将が気遣わしげな顔つきになる。


「――祐奈」


 低音の綺麗な響きで、耳に心地良い声音だった。寄せては返す、海の波みたいな。呼ばれた瞬間、耳から脳まで、全部が痺れて揺さぶられたような感じがした。


 ああ、私は馬鹿だった――呼び捨てでいいだなんて、どうして言えたのか。


 全然よくない。これはよくない。これが続いたら、私は……――……になってしまうかもしれない。


 危うく魂がどこかに飛びかけた祐奈であるが、ハッと意識を取り戻した。ぼんやりしてしまったことに気まずさを覚え、頬を赤らめながら返事をする。


「は、はい」


「調査任務はついでのようなものだから、義務ではないのです。やはりポッパーウェルは避けましょう」


「あの、いえ」


 反射的にラング准将を制していた。退かれると途端に罪悪感を刺激されて申し訳なく感じてしまうのは、なんでだろう。


 ラング准将が心底気遣わしげな様子なので、祐奈は自分が我儘な態度を取りかけていたように思えて、胸が痛んだ。気が向かないとか、そんなことを言っていたらだめだ。


「ポッパーウェルに行きましょう。私、頑張ってみます」


 調査、ちゃんとできるといいな……やり方はよく分からないけれど、それも聖女の仕事なんだから、しっかりしなくちゃ。現地に行ったら関係者に頑張って話を聞いて、できる限りの努力はしてみよう。


 ラング准将に迷惑をかけたくない。この人に嫌われたくないと思ったら、どういうわけかじんわりと瞼の奥が熱くなる。


 なんだかとても心細い気持ちになって、しょんぼりと俯いてしまった。


 この時の祐奈は自分のことでいっぱいいっぱいになりすぎていて、ラング准将が後悔したように物思いに沈んでいることに気づけないでいた。




***




 翌日の午前中ポッパーウェルに辿り着いた。そこは奇妙な印象を受ける町だった。


 メインストリートは広く真っ直ぐに伸び、いくつかの大きな街道とクロスしている。交易に重点を置いているような都市計画であるのに、行き交う馬車の数は極端に少なく、意図的に制限がかけられているかのようだった。


 そして町の主要部分は妙に整然としていて殺風景に感じられるのに、通りを一本奥に入ってみると、途端に街路は曲がりくねり、建物もどこか歪曲していたりして、そこに立っているだけで目が回りそうになってくる。


 祐奈はマザーグースのあの一節を思い出していた――ひねくれおとこがおりまして ひねくれみちをあるいてた、という例の歌だ。


「――ようこそポッパーウェルへ!」


 一行はポッパーウェルの代表を務めるブロンデル総督からの熱烈歓迎を受けた。


 老齢にさしかかろうかという彼は口元が特徴的で、なんとなくマペットを連想させる。


 顔立ちには愛嬌があるのに、どういう訳か好人物という感じがしない。どうにも一癖あるのだ。それは彼の油断ない目つきのせいでそう感じるのかもしれなかった。


 彼は自分を大きく見せたい人であるらしく、妙に背筋を反り返らせて、顎を突き出して喋る癖があった。


「ブロンデル総督、初めまして」ラング准将が折り目正しく挨拶をする。「私は護衛責任者のエドワード・ラング准将です。――そしてこちらが聖女祐奈様となります」


「ようこそお越しくださいました、我が町へ」


 ブロンデル総督は『ヴェールの聖女』の悪評をまだ聞いていないのか、にっこり笑って手を差し出してきた。


 祐奈はそっと手を持ち上げて、彼と握手を交わした。――途端、グッと力を込められ、ヴェール越しにじっと見つめられる。


 祐奈は気後れしそうになったが、子供ではないのだからと自らを叱咤しつつ、挨拶を口にした。


「ブロンデル総督――茅野祐奈と申します。数日間、お世話になります」


「ぜひごゆっくり観光なさっていってください。一番上等な宿をご用意させていただきましたので」


「ご親切、感謝いたします」


 出会い頭で「醜い聖女め」と石を投げられるようなこともなく、ほっとした。まだここまでは悪評が届いていないのだろうか。


 そうなってくると、悪い評判が追い着いて来ないように、早め早めに移動して行くのもアリだなという気がしてきた。


 悪評が広まるスピードを在来線レベルだとすると、こちらは新幹線レベルの超速で走り抜けてしまう。その土地の人が『醜い聖女』について風の噂で聞く頃には、もう祐奈たちは遥か彼方先まで進んでいる――それは嫌な思いを回避できる、最高の解決策のように思われた。


 祐奈はいくらか気分が上向きになってきた。ここへ来る前は正直不安だったのだけれど、来てよかったと思った。


「さて、荷物は私の部下に運ばせますので、聖女様には一緒に来ていただきたい所があるのです」


「どちらでしょうか」


「これから集会場で、ちょっとした『神秘的な催し』があるのですよ。そこで会っていただきたい方がいるのです。早速ご案内しますね」


 こうして祐奈たち一行は、ポッパーウェルの集会場へと連れて行かれた。


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