ぴえん。
タマは泣いていた。ぴえんぴえんと泣いていた。
だって泣くしかない。ビンズを確保して勝ったと思ったら、その場にはなんとビンズしか居らず、他の獲物は全員が別の場所で潰れてると言う。
せっかくビンズを助け、治療し、残ったダプラも殴り殺し、そうしてやっと他の生徒はどこに居るのかと、その辺に隠れてるんだろうとビンズに聞けば、全然違う場所に居ると言う。
タマは悟った。もう手遅れだと。絶対にもう兄が確保してると流石に分かる。
だからタマは泣いた。ぴえんぴえんと泣くのである。
その様子を見たビンズは、まさか捨て置かれた者たちを想って泣いているのかと勘違いし、「…………て、天使さま」ときゅんきゅんしている。何とは言えないがナニカを量産し始めてる双子は中々に罪深い。
悲壮な顔で泣き続けるタマは、内心でお兄ちゃんのお嫁さんになりたかったと思ってる。だがビンズから見たタマは取り残され、下手したら死んでるかも知れない生徒を想って号泣してるようにしか見えなかった。
◆
ポチが生き残りを全て確保し、タマが負けを悟って号泣してる頃。
「…………え、エルム? 何してるんだい?」
「ん? あぁいや、トドメ刺しとこうかなって」
ノルドの問いに気のない返事を返すエルムは、森の入口で一本の木に手を付いて、目を瞑って集中してる。
「と、トドメ!? まっ、流石に殺人は……」
「バカかよ。そんな事したらポイント無くなったって双子が泣いちゃうだろ」
目を瞑ったまま返すエルムは、ノルドが自分にどんな想像を向けてるのかを理解して鼻で笑う。
「違くて、森の異変を生み出した元凶だよ。なんも無い森にいきなりダプラが徒党を組んで人を襲う訳無いだろうが」
ならば襲って食う事で更なる危険を呼び込むと理解出来る程度の知能がある魔物は、なるべく人を襲わない。ダンジョンの中は例外である。
「どういうことだい?」
「へいノルド、頭使ってこーぜ? まず課外授業に選ばれる村は基本的に安全なはずだろ。村人に化けた教師なんかも安全性を調整してるはず」
貴族や豪商の子が多く通う学校である。ある程度の危険を『実戦と実践』とする課外授業だが、それも命あっての話だ。
ダプラはその教養範囲から容易に足が出る危険な魔物であり、教師役の目を掻い潜って居たにせよ、それならずっと潜ってるべきである。なぜ突然、生徒が来た途端に徒党を組んで襲うのか。
「何が、言いたい?」
「つまり人為的って事だよ」
そも、サンズーガンやビンズ達が村から頼まれた駆除対象はダプラじゃない。
「容易に倒せそうな魔物を駆除してくれと頼まれて? それを倒しに森へ入ったら徒党を組んだダプラが居た? おいおい、まさかコレを偶然で片付ける気か?」
何をどう見ても怪しい。政争の余波で敵対貴族が相手の子供を秘密裏に殺そうと計画したと考えた方がしっくりくる。
エルムは自分の考えをノルドに語りながら、手を付けた樹木から樹法を使って森の中を調べている。
森とは樹法使いのテリトリーであり、公然とチートが出来るフィールドである。
立ち並ぶ木々にアクセスして索敵、攻撃は思いのまま。森に満ちる魔力を上手く使えば消費だって殆ど無い。
魔力量という制限が解除された今のエルムは、持ちうる技量に魔力量が追い付いた事で完全なる勇者スペックとなっている。
「………………見付けた」
そのスペックを遺憾無く発揮したエルムは、タマが居る場所よりももっと奥に居る怪しい集団を発見し、完全に捕捉した。
「何を見付けたんだい?」
「森の中に鉄の檻を用意してる集団がいる。檻は空で、魔除に使う香炉とかもあるな。人数は八人くらい」
恐らくは、檻の中にダプラが入っていたんだろう。
そして檻を解放し、魔除けを駆使してダプラの行動を誘導すれば、襲わせたい相手にダプラをぶつけるくらいは出来るだろう。
「単純だが確実で効果的な使い方だな。…………声を拾って見たが、狙いはビンズ? 弱り切ったブレイヴフィールにトドメを刺す気なのか?」
ブレイヴフィールは現在、エルムの策略で没落まで見えてる公爵家だ。存続させるには国王がエルムを呼び付けて契約の破棄を強要するのが最低条件であり、だがそれをすると王家の権威が失墜する。
悪魔の契約書は『絶対に履行される』契約である。それを権力をもって『破棄しろ』と強制すると何が起きるか?
絶対に履行される契約すらひっくり返す王族がそこに完成するのだ。
そんなレッテルを貼られたら、国同士のやり取りさえ「でもどうせお宅はひっくり返すよね?」と信用して貰えない。なにせ絶対に履行される契約を邪魔するような王家なのだから。どんな契約をしたって守る保証が無い。
要するに、ブレイヴフィールは現在とても危うい状況だった。
当主は悪魔の契約書によって毎日スピーチするロボットになっていて、仕事が出来ない。誰かが何かしらの手を打たないと、どうにもならない状況が出来上がってる。
確定した破綻を遅らせる為に、当主はスピーチの合間に持ち運べる仕事を馬車に積み込んで捌いてるが、結局は遅延行為でしかない。
早いところ代替わりして仕事を引き継ぐべきだが、嫡男の教育だってまだ終わってないのだ。
「そんな今の時点でビンズが事故死。うーん、ブレイヴフィール終わるよな」
次男を改めて教育する時間が、ブレイヴフィールにはあるのか? 当主が動けない状況で時間を作れるのか?
つまりそこに付け込みたい誰かが居るのだろう。
「だが俺のオモチャは殺させねぇよ。まだ遊び足りねぇんだから」
エルムは左手を木に添えて、右手をゆっくり前に出した。
そして開いた手のひらを徐々に閉じ、最後はキツく握り拳を作った。
────ぶちゅり。
森のどこかで、そんな音が響いた。だがその音は誰にも届かなかった。
森に握り潰された者たちの末路は、森と森の主以外に誰も知らない。
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