ビンビンかくほ。



 栄光ある人生を送るはずだった。


 選ばれし系統に恵まれ、そして才能と家柄にも恵まれた。まさに勝ち組と言うにふさわしい人生を歩むはずだった。


 それが今や、血を吐いて泥にまみれ、得体の知れない柱に貼り付けにされている。


 いったいどこで間違えたのだろうか?


 何を間違えたのだろうか?


 ビンズ・ブレイヴフィールの人生は、どこから歪んでしまったのか。


「げひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 両手を杭で貫かれ、怪しげな柱に打ち付けられたビンズにはもう関係の無い事かも知れないが、それでも考えざるを得なかった。


 ビンズも分かってる。全てが狂ったのはあの決闘の日であり、狂わせたのはエルム・プランターであると。


 だが今日この場で死にかけてる事に関しては、誰の責任でも無い。


 確かに多少の準備不足で森へ入ったのは落ち度だが、そもそもダプラは学生が手に終える様な雑魚では無い。強いて言うなら環境の確認を怠った教師が悪い。


 このダプラ達が儀式のために切り拓いたのか、森の中にある広場で血を出しながらビンズは思う。


 連れ去られたのは自分だけであり、あの場に残された他の生徒は助かっただろうかと。


 あの中にはビンズの弟も居た。思えばエルム・プランターとの確執を作った元凶にして、決闘騒ぎを自分に擦り付けた戦犯であると今更ながらに気が付くが、それでも可愛い弟である。


 弟がエルム・プランターに絡まなければ、ビンズの人生は終わらなかった。実家も壊れずに済んだし、刃法の地位を下げる演説を続ける様な不名誉も無かった。


 だが、それでも可愛い弟なのだ。


 せめて、犠牲は自分だけに。


「…………み、ちゅけぇ!」


 その願いは、届かない。


 切り拓かれた森の広間に、小さな獣が乱入した。


 その獣は手近な所にいたダプラの頭を殴り、爆散させた姿を最後に、その場から消える。


 否、消えた様にしか見えないだけで、ただ超加速しているだけだった。


 乱入者である柔牙族の少女、タマは全力で霊法を使って暴れ回る。


「びん、かくほ……!」


 タマは歓喜した。獲物を見付けたからだ。


 ビンズは五点で、他は一点。この場に見えるのはビンズだけだが、恐らくは近くに居るはず。離れる理由が無いのだから、この場を制圧すればポイントは総取りである。


 全くもって見当違いだが、今のタマにはそうとしか考えられず、凄まじいモチベーションは霊法の練度に直結している。


 タマが樹法のガントレットを振り抜けば、殴られたダプラの胴体が弾け飛ぶ。タマが樹法のグリーブで蹴り抜けば、ブチブチと嫌な音を立てて千切れた首が森の奥へと飛んでいく。


 そこには悪夢があった。純粋な暴力という原初の悪夢がそこにあった。


 ビンズは見た。メイド服を来た小さな女の子が、魔物を一匹ずつ鏖殺する様を。


「……………………きれぃ、だ」


 襲われてる魔物達からは見えなかっただろう。そう言う速度と位置取りだった。


 しかし広間の中央で磔にされたビンズからは、辛うじてその動きを見る事が出来た。


 血煙に紛れ、踊るように魔物を殺す小さな天使。


 それはダメージの末に朦朧とした意識が見せた錯覚なのか、本当にそうだったのかは分からない。しかしビンズ・ブレイヴフィールにって、今のタマが絶体絶命の状況に舞い降りた天使である事には変わり無かった。


「………………みゅ。びん、ぶじ?」


 粗方殺し終えたタマが、磔にされたビンズの元までやって来た。生き残ったダプラも足や腰を砕かれて逃げられない状況だ。まさに地獄絵図と呼ぶに相応しい有様。


 そんな場所に於いて、返り血で汚れたまま霊法を駆使してビンズの治療を始めたタマは、ビンズにとって本当に天使にしか見えなくなってた。


 霊法によって魂が回復を受け入れ、肉体にフィードバックする感覚は使い手の技量や相性によって変わる。


 痛みを感じる事もあれば、依存する程に気持ち良い事もある。双子が使う霊法はエルムに教えられ、エルムに向けて使う事が多かったので優しさに溢れている。


 痛みなど一切無いし、ただひたすら「お兄ちゃん大好き!」の気持ちで練り上げた技術である。そのお零れに預かったビンズは、命を諦めた事や恐怖、後悔など心理的な状況も相まって、どんどん落ちていく。


(………………あぁ、天使さま)


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